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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
211/385

VS 黒永 シングルス2 新倉燐 対 穂高美憂 1 "誰が率いてきたのかを"

「礼」


 ネットを挟んで、一瞬の間だけ相手選手の目を見ると、そこで視線がぶつかった。


「「よろしくお願いします」」


 ―――言葉に出さなくても、分かる


("絶対にぶっ倒してやる")


 あの人は、そう叫んでいるのだと。

 恐らく、口数の多い人ではない。それは私も同じ。試合前に相手プレイヤーと何か言い合うようなことは、あまりしない。


 だって、そうでしょう。

 試合をする目的は、ただ1つ。


 敵を倒して、勝利すること―――そこに余計な言葉は必要ない。


("東京四天王"、穂高美憂)


 相手プレイヤーの情報を復唱する。

 過去2度対戦して、2勝0敗。だが、その結果が余裕を生むことは無い。

 元々、2度の対戦も紙一重の勝利だった。1戦目はタイブレークまでもつれこむ熱戦だったのだ。


(この試合も、サーブ権は黒永から)


 白桜が1勝2敗のためだ。

 ビハインドのチームのプレイヤーにサーブ権が与えられる。


(来る・・・!)


 ピンと張った糸に、何かが触れて少しだけ震えた感覚。

 この人のサーブの特徴はただ一点―――


 右腕から放たれたサーブが、私のコートで跳ねる。そのサーブに、しっかりと両手で握ったラケットで合わせにいく。


(重いッ!)


 レシーブが苦手なプレイヤーなら相手コートまで返すことすらままならないほどの"重さ"。

 藍原さんのような芯を外してくるタイプでも、最上さんのように角度をつけてくるタイプでもないのに、この威力は尋常じゃない。

 そこから見えてくるのは、何十万と繰り返されてきたであろうサーブ練習の跡。


 そして、穂高選手はサーブだけじゃない。

 普通のショットの1本1本にも。


(ッ・・・!)


 サーブほどではないにしろ、同じような系統の"重さ"を感じる。

 ショットをラケットで捉えた際、もう一度ぐんと何かに押し込まれるような、腕に疲れが残るタイプの重さが彼女のショット1つ1つにはあるのだ。


 私の最大の武器は、"持久力"だと自負している。


 単純にパワーをぶつけてくる穂高選手に対して、ひたすら粘ってショットを返し続け、摩耗させる。

 過去2度の対戦―――その戦術で、私は勝利を収めてきた。


(だから、今回も!)


 最初はその作戦を踏襲しようと思う。

 2度目もあれが通用したということは、戦術として偶然の勝利ではなかったということ。


 穂高選手が対策を講じてこないのであれば―――そんなはずはないにしろ、まずは真正面から同じ戦い方をしてみるのは序盤の戦術として間違っていないはずだ。


(氷上に閉じ込める!)


 まずは穂高選手の体力を削って削って、そこから攻めはじめれば良い。

 ショットを拾い、ラリーを続ける。こんなに重いショット、1本1本に使われる体力は決して少なくはないだろう。ある程度、ショットの威力が弱まるまで―――


「!?」


 その一球を返した時、おかしな感覚がした。

 ぐんと押し込まれた後、もう一段階押し込まれたような圧迫感。


 手元が狂い、チャンスボールを上げてしまう。


(でも、ここは下がって・・・!)


 スマッシュでも、返せる場合はある。プレー途中であきらめてはいけない―――


 そう、頭では分かっていたが。


「15-0」


 あの上から振り下ろすようなスマッシュが真正面から飛んできたら、思わず手を出すことを躊躇してしまった。


「貴様の氷はもう効かん」

「・・・!」


 ネット際で、穂高選手は表情一つ変えず、少しだけ息を吐いて。


「氷を焼き切る『炎』を、私は手に入れた」


 右手のラケットを担ぐように肩に乗せると。


「新倉燐、恐るるに足らず!!」


 まるで宣言でもするような大声で、私に向かって叫んだのだ。

 その瞬間―――


『わあああああぁ!!』


 黒永の応援団が、そのボルテージを1つ上に上げた。

 すぐに黒永学院校歌のショートverが歌われはじめ、終わったらすかさず『黒永』と『穂高』の連呼が始まったのだ。


(うるさい・・・)


 集中するのが難しくなるほどの声量と音量。

 それ以前に―――この圧倒的な応援が、全て私を否定する声に聞こえてきて仕方がない。スポーツにおいてアウェー環境が不利だと言われる理由の1つが、観客の応援であることは説明するまでもないだろう。


(押し潰されそう!)


 だけど、潰されるわけにはいかない。

 それこそ敵の術中だ。私は私のテニスをして、少しずつだけどこの応援を黙らせていくしかないのだ。


「!!」


 そこに、あの『もう一段階押されるようなショット』が飛んでくる。

 今度は何とか普通に返したものの、威力が弱い。穂高選手はそれを更に強打してくる。


 ―――また、さっきと同じになってしまう


 直感した私は、ロブショットを相手コートの奥へ放つ。押す押されるだけがテニスの駆け引きではない。これなら―――


 それすらも、穂高選手は強打してきた。


「ッ!」


 敵コートの奥から、こちらのコートの奥へ。一番長いストロークのショットが、(ライン)上で跳ねる。


「40-15」


 思わず、生唾を呑みこむ。


「対策してあると分かった上で、あえてそれを仕掛けてきたその意気や良し」


 今の彼女には、一片の隙も無い。


「だが、思い知らせる必要があるようだ」


 その気迫は例えるなら―――そう、"鬼"だ。


「一体"誰が"この最強黒永を率いてきたのかを・・・!」


 彼女の今纏っている雰囲気、オーラ、覚悟と言われるもの。

 それらを統合して表すなら"鬼"こそが最も相応しい。


 黒永の"鬼"軍曹―――彼女はシングルスプレイヤーと言うだけではなく、部長として、リーダーとしてあの軍団を従えてきた。


(その経験すら、力に変えて)


 この戦いに挑んできている。

 彼女をそれほどまでに駆り立てている"何か"、それが私には理解できなかった。

 勿論、一歩も退く気はないし負けるつもりもない。


 だけど―――


(この人、)


 1球1球のショット、1つ1つのプレーに懸ける想いが、今まで対戦してきた2度の戦いとは段違いだ。


(強い!!)


 何度ボールを敵コートに返しても、すぐに拾われて強いショットを返される。

 その走るスピードも、集中力も、明らかに違っている。今までと―――これまでと、今、このコートに立っている穂高美憂は、まるで―――


「くっ!」


 芯を外した弱いショットが、コート上から逸れていった。


「ゲーム、穂高美憂。1-0」


 ―――別人の、ようだ


『わあああああ』


 湧き上がる歓声。左腕を掲げて、その釣果を示す穂高選手。

 そして応援は更に加熱する。


「「みーゆ!」」

「「みーゆ!!」」

「「みーゆ!!!」」


 『美憂』の大合唱。

 声の出方が、さっきのシングルス3までとは全然違う。


 どうして、ここまでの声援を、あの人はもらえるの―――


(私、だったら)


 ここまで熱烈な応援を、してもらえるだろうか。


(・・・!)


 そんな変な考えを、すぐに頭から振り払う。


(まずは、あの人の体力を削る・・・。この戦い方に、変更はない)


 強力なショットは、体力が有り余っている何よりもの証明だ。

 走ることに精いっぱいになれば、強いショットも打てなくなる。サーブの威力も弱まる。すべては身体があってのこと。そこを削って、反撃のチャンスを待つ。


(少なくとも、今は)


 全てにおいて乗りに乗っているあの人の攻撃をかわすことに、頭を切り替えよう。

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