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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
21/385

万理眼 2

 翌日、お昼前。

 短距離走り込みの練習が一区切りした時の頃だった。


「おい、1年」


 鬼畜ピンk・・・このみ先輩がテニス部の専用ジャンパーのお腹ポケットに手を突っ込みながら、けだるそうに。


「これから練習試合の応援があるんですけど、行きますか? 一応自由参加ですよ」

「・・・行きません」


 わたしがそう返し、再び練習に戻ろうとすると。


「ひたすら練習すりゃあ上手くなるとは限りませんよ。上手い人のプレーを見れば参考になることや刺激を受けることも」

「先輩」

「ん?」

「そこに行けば、ラケット握らせてくれますか?」


 ひたすらパワーとスタミナをつけるための練習をやり続けて2週間。

 その間、一度もラケットを握ったことは無い。このみ先輩に強く止められているからだ。


「それとこれとは話が別です」

「じゃあ、わたしは走ります!」


 ここまでやってきたんだ。中途半端な事はしたくない。


「監督には私が言っておいてやりますよー」


 先輩の大声が聞こえなくなるまで、わたしは全力で走り続けた。

 いつ終わるかも分からない・・・無限に続くような、そんな先の見えない道を。





「うひゃー。良い練習場ッスねえ」


 白桜(うち)に勝るとも劣らない練習環境。

 バスに乗ってやってきたのは鷹野浦中学だった。都内でも屈指の強豪校として有名な、都大会上位常連校。テニス部も伝統があり、白桜と同じくらいの部員数を抱える大所帯である。


 整備された綺麗なコート。

 そこの入り口付近で、監督をベンチ入りメンバーが囲んでいる。


(面白そうッスねえ)


 ちょっと近づいて、なに話してんのか聞いてみよう。


「シングルス3、水鳥。シングルス2、新倉。シングルス1、久我」


 監督がシングルスのメンバーを告げた途端、場の空気が引き締まる。


「この時期に鷹野浦と練習試合を組んだのは、春の大会からお前たちがどれほど成長したのかを見るためだ」


 ―――春季都大会、準決勝で鷹野浦と戦って3-2で勝ってるんスけどねえ


 恐らく試合内容が良くなかったことが、先輩たちの表情から伺える。

 そのギリギリ勝利した相手との練習試合にシングルス3を任されるなんて・・・。


(文香姐さんにかかる期待は大きいってわけッスか)


 いや、逆かもしれない。

 ダブルス1の河内先輩と山雲先輩、シングルス2の新倉先輩、シングルス1の久我キャプテンで確実に勝てるという公算があるからこそ、シングルス3に1年生を起用したという見方も出来る。

 ダブルス2も2年生ペアが出ている。3年生を使っていないのは信頼の表れか、それとも・・・という懸念はあるけれど、新戦力のテストをしているのは間違いなさそうだ。


「水鳥。特にお前は練習の成果を見せてくれ。変に勝とうと意識するな。今、お前の力が強豪チームにどれほど通用するのかを見ておきたい」

「はい」


 監督の言葉に、姐さんは淡々と帰す。


(姐さん、燃えてますねえ)


 目が脅えてなんかいない。それは戦う者の目。

 中学入って初めての対外試合なのに、よくその目が出来るものだ。

 でも・・・。


(山雲先輩が文香姐さんはナーバスになってるとかナントカ言ってましたけど、そんな感じは全然しないッスね)


 むしろ、いつもより自信満々でやる気に満ちている。

 どう考えても精神的に不安定になってる子の顔じゃない。先輩の杞憂だったのだろうか。


(対する鷹野浦は・・・)


 3年生エース真壁さんを中心とした総合力の高いチーム。

 真壁さんは東京都を代表するシングルスプレイヤーだ。埼玉のウチんとこにも名前が聞こえてくるくらいには有名な人。

 チームの主将を務め、後輩からも尊敬されるタイプだと思う。


(ああいう爽やかお姉さまタイプは、姉御のドストライクだったでしょうに、応援を蹴ってランニングメニューこなすとか)


 勿体無いことをしたなあ、と思う。

 それと同時に、その"練習に対するどん欲さ"は見習わなければ、とも。


(ホントの苦境にさらされたとき、強いのはああいう人かもしれんッスねえ)


 そんな事を考えながら文香姐さんの方をちらりと見る。


 1年生ながら入部即1軍に迎えられ、対外試合にも出場。まさに大理石の階段を昇り続ける姐さん。

 一方、地の底を駆けずり回る姉御。

 姉御があそこまでいくのに、どれくらいの時間がかかるのだろう。


(どこまでも対照的な2人ッス)


 ウチはそんな思いを、心の奥底に押し込んで、蓋をする。


「姐さーん! ウチが見てますからねー! 頑張れッスー!」


 5試合全てが同時に行われる為、各々好きな試合を応援することになっている。

 勿論1番人気はシングルス1のキャプテン対決だけれど・・・文香姐さんの試合にも、なかなか多くのギャラリーが集まっていた。


 コーチ席に座っているのは3年生の先輩。


(1軍に在籍できれば、あそこに座れるんスかねえ)


 ―――ああいうとこに座ってアドバイスするの、メチャクチャ得意なんだけどなぁ。


 サーブ権は対戦相手からだ。

 さっきオーダーを見せてもらったけど、あの人は前村選手というらしい。ちなみに3年生。


(相手さん、ガチガチのガチメンバーじゃないッスかあ)


 出場選手7人中6人が3年生。2年生はシングス2の1人のみ。

 強豪校にはありがちな事だ。どうしても3年生の割合が多くなる。レギュラーは全員3年生なんてチームも少なくは無い。

 それは選手育成が上手い証拠でもある。同じようなレベルの選手が集まる強豪校では、3年間練習してきた3年生が実力的に上位に来るのは当たり前のこと。


(でも、1年生や2年生がレギュラーのチームって)


 ウチは姐さんを見て思う。


(燃えるじゃないッスか)


 名門の白桜で下級生ながらレギュラーを獲る。

 それはもう確実に。

 "天才"であることの証明だ。


「0-15」


 コールと共に場が歓声で湧く。

 姐さんのリターンエース。強い打球が、前村選手の脇を抜けたのだ。


「さすがッス姐さん! よっ、レシーブの鬼!」


 ガヤを飛ばすが当然のことながらスルーされる。

 ・・・姉御だったらなあ。ノリノリで返してくれるのになあ。


 文香姐さんのレシーブが次々と決まり、このゲームをブレイクする。

 鷹野浦の応援は度肝を抜かれているようだった。そりゃあ、1年生にこのプレーやられたら驚くわな。


 0-1で2ゲーム目。今度は姐さんがサーブ権を持つ。

 姐さんは無難なサーブを打った。コースは良いところをついているが、それほどスピードや球威があるわけではない。あくまで総合的に見れば、無難としか言いようがないのだ。


(オールラウンダーの常でもあるんスが)


 なんでも出来てしまうあまり、何かが少しでも出来ていないとそこが劣っているように見えてしまう。

 別に姐さんもサーブが苦手なわけではない。ただ、あの圧倒的なリターンを決めた後では見劣りするのも事実だ。


 それでも。


「30-15」


 球際の強さ、ラリーに負けないあの決定力。

 それは純粋にすごいと思う。確かに1年生のプレーではない。

 さっきも言ったけれど、この人は天才なんだと実感させられる。


 前村選手の球が浮いた。チャンスボールだ。

 姐さんはスマッシュに・・・いくかと思いきや、軽いボレーを相手コートの前面に返す。

 当然相手は追いつけず、ボールはぽんぽんと転がっていく。


「ゲーム水鳥。0-2」

(あ~、あんな技術もあるのかー)


 攻め一辺倒しかできないと思ってたけど、プレー内容は実にクレバーだ。

 中学入っての初戦でこの冷静さ・・・いやはや、場馴れしている人間は違うな。


(全国レベルのプレイヤーとの対戦経験。それは貴重で代えがたい財産ッスからね)


 経験は練習をしていても身につかない。

 特に全国の代表チームに参加するなんてのは限られた選手にしかできないこと。その自信と、裏打ちされた経験と実績・・・。こりゃあ。


(強いな)


 相手のコースにボレーが突き刺さるのを見て、確信した。

 ウチはもしかして、この人の実力を見誤っていたかもしれない。

 それとも、入部した時からものすごいスピードで成長し続けているか。多分、両方だ。


 入部初日、もしかしたらウチでも勝てるかも・・・と思えた弱弱しい姐さんの姿は、今はどこにも無かった。

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