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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
209/385

VS 黒永 シングルス3 水鳥文香 対 三ノ宮未希 5 "それだけでいい"

 レシーブと同時に、全力で前衛へダッシュ―――ネット前に陣取る。


「おもしろいね!」


 三ノ宮の口元から白い歯が零れた。


(来たかっ・・・)


 私が水鳥に出した指示。

 それは地面(コート)に近い位置で球のバウンド際を叩くライジングに対して、前衛でボールを迎撃して、高速ラリーに持ち込むというものだった。


 敵がライジングによって手に入れている速さ・時間的優位を、前衛に上がる事で"距離"を使い同じ条件に戻す―――


(あの位置からラリーを続ければ、ライジングショット使いの三ノ宮とほぼ同じテンポでラリーをすることが出来る)


 だが、当然これはデメリットを孕んだ戦術だ。

 高速ラリーに水鳥の反応速度が付いていけるのかどうかもそうだが、敵がライジング一本ではなくロブや緩急を使って攻めてきたら対応に追われるのは距離を詰めているこちら側。


 だが―――


 目の前で展開されるのは、目で追うことがやっとになるほどの高速ラリー。

 強いライジングショットをネットのすぐ後ろで叩き落とそうとする水鳥、それに一切逃げることなくライジングだけで返していく三ノ宮。


 ボールが4度ほど、両者の間を往復した後。


「ッ!」


 彼女が、速すぎるボールに反応できず、そのまま見送ってしまう。


「ゲーム」


 そう。


「水鳥文香。5-3!」


 三ノ宮の方が、取りこぼしたのだ。


「「おおお~~!」」


 周りのギャラリーが感嘆や感心に似たざわめきを起こすほどに、今のゲームは見どころがあった。


(真正面からライジングと勝負しに来た水鳥に対して、一歩も逃げず勝負に乗った三ノ宮もすごい)


 "天才"と呼ばれる三ノ宮の、何かが水鳥を感じ取ったのだろう。

 水鳥の、あの強気な表情を。あるいはその類いまれなる天賦の才能を。

 自分と同じ何かを感じたから、真正面からこちらの土俵に乗ってきたのだ。


 ―――やはり、水鳥文香の持っているものは一流だ


 白桜は東京都内、もっと言えば日本全国から選手をかき集めているような学校。

 毎年、その中には偶然にも1人、"その領域"の才能を持つ選手が紛れている。特にここ4,5年はずっとそうだ。


 久我まりか、新倉燐。彼女たちも1年生のこの都大会で、その周りとはかけ離れた才能を私に見せてくれていた。

 今年、そのずば抜けたセンスを見せたのは、やはり水鳥文香・・・彼女だった。


 それに加え。


(あの負けん気の強さ)


 三ノ宮に真正面から高速ラリーを受けて立たれて、一瞬たりとも怯まないあの精神力。

 都大会前、特に葛西第二との地区予選決勝戦以来、少し不安定になって弱さを露呈していた水鳥の精神が、今はウソのように強くなっている。


 やはり、準々決勝―――宮本葵との激闘、あれが契機になったと見るべきか。


 誰が相手だろうが、一歩も退かない。チームの為に勝つ。

 今の水鳥の目は、そう思えている選手の目だ。

 基本的で簡単なことに思えるが、この腹の括り方を出来る選手というのは本当に一握り。特に―――


(未熟で場数も踏んでいない1年生がそこに足を踏み入れられるとはな)


 強大な敵に怯まない不屈の闘志。

 それを手にした彼女は、この先どこまでも走っていくことができるだろう。


 1年生の夏にその段階まで進めたその理由は、才能ゆえか、それともかつての友との因縁にケリをつけ、過去と決別した結果か。

 それとも、"また何か違う要因"が、水鳥をそこまで強くさせたのか―――一度、聞いてみるのも良いだろうと、選手の内面に深く立ち入ろうとしない私にしては珍しく、そう素直に思えた。





「デュース」


 4度目のデュースに、思わず頬を伝った汗を手の甲で拭う。


「ちっくしょう」


 4度、マッチポイントを迎えながらも全て切り返されていることに、苦しさや苛立ちを超えて笑いが込み上げてきた。


「やるね1年生(ルーキー)


 苦しいを通り越した時、もしくは通り過ぎた時。思わず笑いがお腹の奥から押しあがってくる感覚がするけれど、この試合ではもうそれが出てきた。

 ・・・違うな。これはいつものアレじゃない。似てるけど、違う何かだ。


 なんだろう。


(・・・)


 数秒、考えても答えが出ない。


「あ、」


 だけど、そこで気が付いた。

 ルーキーちゃんがサーブを放ったその瞬間に。


(そっか)


 ライジングで切り返すそのラケットを振る間にも。


(これが他人を認めるってコトなのか)


 その事が頭を突き抜けて、不思議と変な力が抜けた。


 ―――あの子は、すごい


 素直にそう認めることができる。

 上から見下ろすのではなく、どこか遠くを見るような・・・街の夜景を見るような感覚で、彼女の中にある輝く才能を、その光を理解することができる。


 1人のテニスプレイヤーとして、新しい才能を祝福できるような、そんな―――


(なんてね!)


 それは全部、私と関係ないところでやっててくれればっていう脚注が付く。


「君、やっぱ生意気だよ!」


 いつもより更に良いリズムでライジングが打てる。

 腕に偏っていた力が解放されて、全身に廻っていくようなふわっとした感覚。


 それが、生意気なルーキーちゃんの反応速度を上回ってコートを抜けていくのだ。


「チャンスとーらい・・・。5度目の正直にしなきゃねえ」


 右腕をぐるぐるとまわしながら、またフフッと笑いが込み上げてきた。


「生意気ちゃんへのお仕置きの時間だよ♪」


 そして、私は声を張り上げ叫ぶ。


「GGGの意味はチョー天才ガールってコトなんだ」


 自分と同じくらい凄いものを認める気持ち。

 それを、恐ろしく感じる気持ち。


 今の私には、その2つが同居している。

 いつものように、自分の中に2人の自分と、それを演じている3人目の自分が居る。じゃあ、それを考えている自分は何人目の自分?


 そんなの、分かんない―――分かるわけないじゃん。

 だから私は"いつものように"お道化た言葉を出すのだ。


この二つ名(てんさいのしょうごう)は、君にはあげないんだからねっ!」


 未希未希、GGG、道化(ピエロ)、天才。

 私が作り上げた私を、もっと完璧なものにするために。


「そんなもの・・・」


 ルーキーちゃんが、サーブの動作に入りながら。


「要らない!!」


 返してくれた。

 私の言葉に、気持ちに。


 ―――嬉しいなあ

 ―――楽しいなあ


(私がテニスをやる理由は、それだけでいい!!)


 楽しいから、面白いから。

 ボールを追いかけていると、ラケットを振っていると楽しいから。


 ―――たった、それだけのことで良いんだ


 それだけのことで良いから、私は私でいられる。

 自分を決められるたった1つの指標は、こんな簡単なことだから。


(辛い、悲しい、重い・・・。そんな気持ち、私には必要ない!)


 さすが生意気ちゃん。ライジングを打たせないようにバックハンドを続けさせる戦法に戦い方をシフトさせてきた。こっちのライジングの調子が上がってきたのを感じ取ったんだね。


 勝負をかぎ分ける天性の嗅覚。

 相手の調子が上がったと、ギアを入れてきたと認識できるその"目"。


 君にも分かるんだね。私を感じるんだね。全国区のシングルスプレイヤーである、三ノ宮未希を―――


(その守りに入った姿勢が、命取りだよ!!)


 バックハンドで彼女の厳しいコースへのショットを返し続ける。

 コントロールの精確性を気にして、集中力をすり減らしてるのはそっちだ。私は、ただそれを返しているだけ。どっちが先に根負けするか・・・"目"に見えてるでしょ、君には。


(来た!)


 バックハンドで打たなくても良いコースへ、速い打球が跳ねる。

 その跳ね際を、掬い上げるように、バウンドと一緒にボールを上へライジングするように。


「未希未希ビーム!」


 敵コートに、叩き込んだ―――


(よしっ)


 刹那の悦びと。

 自分の中で少しだけあった静かな時間。


『わああああああ!!』


 それをかき消すように観客たちが盛り上がってくれた。


「ゲームアンドマッチ。ウォンバイ、三ノ宮未希。6-3」


 みんな落ち着いて。


「審判ちゃんの声がかき消されちゃって聞こえないからーっ」


 このつぶやきも、当然かき消されていく。


 うん。

 今日もテニスが楽しい。

 勝利の感覚が身体に馴染む。


 だから、私はこれからもずっと、テニスを続けていくんだろうな。

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