VS 黒永 シングルス3 水鳥文香 対 三ノ宮未希 3 "レベチ"
「ゲーム、水鳥文香。3-2」
やっとのことで三ノ宮選手のサービスゲームをブレイクする。
「ちぃー。ちょっち、あのレシーブに戸惑ったかにゃあ」
彼女はそう吐き捨てながら左手で後頭部をがりがりと掻き毟るが。
「警戒ランクを1つ上に設定しよ♪」
軽い足取りで、ベンチへと戻っていく。
(何なの・・・)
今まで戦ってきた、誰とも違う。
実際にプレーしてみて分かった。あの人は決してふざけているわけじゃないってこと。
それは1つ1つのプレーを通じて、1つ1つのショットを実際に受けてみて、肌身で感じられた。
―――だけど
言動は"ふざけてる"としか言いようのないものだ。
表情も明るいし、やっぱりあの何も宿ってない瞳は怖い。
(どっちが本当のあの人なんだろう)
真剣にテニスをプレーしている彼女? 変な言動で人をおちょくっているような彼女?
「暗い表情をしているな」
そんな事を考えながらスポーツドリンクを飲んでいると、監督に話しかけられた。
「何か気になる事があるのか?」
「え、あの・・・」
言おうかどうか、迷ったけれど。
「三ノ宮選手、が、私にはどうしてもふざけているように見えてしまって」
ここで自分の中に溜めこんでもしょうがないことだ。
そう割り切って口に出してみた。
「・・・黒永のシングルスは黒永学院という『チーム』の色が濃く出ている」
すると監督は、向こうのベンチを見据えながら、こんな話を始めた。
「シングルス1の綾野五十鈴はどこまでもテニスを極めることだけを追求した求道者。シングルス2の穂高美憂は強烈な個性を持つ黒永という『チーム』をまとめる為に徹底的に自分を追い込んだ支配者。そしてシングルス3、三ノ宮未希は常人とは違う発想を持ち、自分のやり方でしか己を表現できない奔放主義者」
"その光景"を見る彼女は、どこか遠くを見ているようで。
「三ノ宮を好き勝手にやらせているのは黒永というチームだから・・・黒中監督の放任主義だからこそ出来たことだ」
監督の視線を、辿ってみると。
「私だったら、少なくとも試合中はああいうような言動はしないようにとキツく言い聞かせていただろうな」
彼女が"誰"を見ているのかが、ようやく分かった。
「あれはふざけてるわけじゃない。彼女なりに真面目にテニスと向き合った結果だ」
黒中ゆかり監督―――黒永学院の総監督。
この人は、向こうのベンチで足を組んで笑っている彼女を、見ていたんだ。
「テニスと向き合った結果・・・ですか」
それならばあの言動には説明がつく。
だけど、瞳の中に何も見えなかったのは・・・。今の説明じゃ、納得が出来ない。
(ダメだダメだ)
何考えこんじゃってるの。
こういうところ、私の悪い癖だと思う。頭でっかちで、最初に理由や理屈を考えてしまう。
ぶんぶんと顔を横に振って、ぱんと両頬を叩く。
「全国でも屈指のシングルスプレイヤーである三ノ宮にお前は十分ついていっている。自信を持ってプレーしてこい!」
「はい!」
監督の強い言葉に背中を押され、もう一度コートへと戻る。
そうだ。相手が何者だろうと、関係ない。
三ノ宮選手が何を考えていようと、そんな事はこのコートの中では意味を持たない。私は私のプレーをして、チームに勝利を。この都大会の優勝と言う結果を掴み取るのが役目なんだ。
―――幸いなことに、私のサービスゲーム
(少しでも、試合を有利に!)
サーブを敵コートへと打ち込む。
サービスゲームをキープするのは試合メイクにおいて基本中の基本だ。ここをキープして、早いうちに追いつく。それが―――
「!?」
その瞬間、唖然とした。
さっきショットを打ったのに、もうボールがこちらに戻ってきている。
(速いッ・・・!)
打球スピード自体は変わっていない。
それなのにこのテンポの速さ。次の三ノ宮選手のフォームを見た瞬間、それは確信に変わった。
(ライジングショット!)
ショットを打つ際、バウンドしたボールが軌道の頂点を通過した後、威力を失って落下してくるタイミングを狙うようにして叩くのが通常のショットだとするのなら、バウンド際、"軌道の上がってくる途中"にボールを叩くのがライジングショット。
要するに地面に近い、低位置から放たれるショットのことだ。
地面から跳ね上がってくる打球を低い打点で叩くため、速いテンポでショットを放てるようになる半面、敵ショットの威力に負けないパワーと、より精確なコントロールが要求されるのだが、それを三ノ宮選手は楽々とやってのけている―――それだけじゃない!
(この人のライジング、ただのライジングじゃない・・・!)
通常ライジングショットはコントロールを安定させるため地面と平行にラケットを振る"レベルスイング"で行われることが多いのだが、三ノ宮選手は違う。
ボールがバウンドした直後を狙って、ラケットを下から上へ・・・まるで掬い上げるような形でラケットを振っている。
「0-15」
その速いテンポに、対応できなかった。
一度体勢を崩されると、あのライジングショットに着いていくのは難しい。
(どうして、あんな打ち方でコントロールがつくの・・・!?)
インパクトの位置を低くすれば、当然プレイヤー自身の視線も低くなる。
あの低さでライジングをしようものなら、視界には地面と、ほぼギリギリ、ネットが見えるくらいで、相手コートなど映らなくなるはずだ。
それなのに―――
(全然コントロールがブレない!)
今まで普通に打っていたのとまったく同じショットが飛んでくる。
それもライジングショットのテンポで、だ。
『1・2の3』で返していたショットを、『123』の速さで返しているような気分。
違う。気分じゃない。それで打たされているんだ。
―――焦れば気も逸る
「アウト。0-30」
ライジングを使っている敵ではなく、私の方にミスが出た。
絶対に返されないようなコースを狙って打ったショットが、ラインの外側にまで飛んでしまう。
「にゃはは。焦ってるねえ1年生。顔が怖い怖い」
三ノ宮選手は軽口を叩きながら右手のリストバンドで額の汗を拭うと。
「言っとくけど、未希未希コントロールには自信あ・る・か・ら♪」
満面の笑顔でそう言い放った。
(―――強い!)
今まであの人の内面ばかりを探ろうとしていたけれど、そんな必要がなくなってきた。
見れば分かる。あれほどのライジング使いは全国にだってそうは居ないだろう。
ぱっと一目で見て、全国レベルの強さを持つプレイヤーだと分かる、圧倒的な技術―――
("天才"、三ノ宮未希・・・!)
何故、彼女がそう呼ばれているのかようやく理解できた。
確かにあのライジングショットは天才と呼ばれるほどの技術やセンスが無ければ出来るものじゃない。
だが、あれを打ち破らなければこの試合に勝利することなんて出来るはずもないんだ。
(なんとか突破口を!)
まずはサーブで揺さぶりを・・・スライス回転を強くかけたサーブを打ち込む。
―――とにかく、あの人にフォアハンドで打たせちゃダメだ
バックハンドならあのライジングショットは使えない。
身体の逆位置で打たせるには、とにかく揺さぶって体勢を崩し、厳しいコースにボールを集めて・・・。
そう思って狙ったボールを、まさにバックハンドで返される。
それも、威力のあるショットで。
「しまっ・・・!」
予想の上をいく対応に、こちら側が追いつけない。
ショットが上ずり、緩い軌道のボールを。
「へい一丁!!」
コートの端を狙った強打が、見事に決まる。
簡単にスマッシュを打たれ、私は反応することすら許されなかった。
「悪いね、さいきょー1年生ちゃん」
ネット際で、天才が笑う。
「これが中学テニスの全国レベルなのだよ♪」
お前はまだ、私と戦うにはLvが違い過ぎると―――




