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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
206/385

三ノ宮未希

 全国大会、準決勝。

 怪物1年生・綾野五十鈴を引き連れた黒永は全国大会を勝ち上がり、ベスト4まで駒を進めていた。

 私もレギュラーではなかったけれど、2回戦と3回戦ではシングルス3として試合に出場し、3回戦では全国大会で初の勝利。自分としても納得の出来る結果を残してその日を迎えた。


 ―――1勝2敗、後の無くなった黒永のコートに立つのはシングルス2の五十鈴


 いつもはどんな時でも動揺なんてしない五十鈴が、この日ばかりは緊張の色を濃くしていた。

 彼女のあんな姿、初めて見た。その衝撃があまりに大きかったのだろう。


 この日のことはよく、覚えている。


 この試合で、五十鈴は中学に入って初めて、対外試合で黒星を付けることになる―――


 試合後のチームの様子は酷かった。

 ロッカールームに戻ると、そこにあったのは大泣きする3年生の先輩たちと、居た堪れない表情で下を俯く1,2年生。


(五十鈴っ・・・)


 こんな時こそ、私たちだけでも上を向こう。

 そう言いかけて彼女の方を見ると。


「・・・ッ!?」


 まるで歯が砕けるんじゃないかってくらい歯を食いしばって、眉間にしわを寄せ、彼女はどこを見るでもなく、何をするでもなく、ただそこに立ち尽くしていた。


 ただ、黙って。

 『私に一切話しかけるな』と。

 彼女は無言で語っていたのだ。


(なに、この深刻な雰囲気・・・!?)


 ダメだ。

 ここに居たら、私は何かに押し潰されてダメになってしまう。

 そう思ってロッカールームを飛び出した。


「あんなの良くないよ。あんな思い詰めてたら、いつか誰かおかしくなっちゃうよ・・・!」


 大会会場の選手専用通路を走る私の様子は、まさに"敗走"、そのものだったのだろう。


 ―――私はそれ以降、"あの時の光景"をたびたび思い出すようになっていた


 3年生の先輩が引退し、新チームが発足すると、監督は五十鈴をエースとして扱い始めた。

 シングルス1を2年生の先輩を差し置いて任せ、五十鈴をとことんまでに追い込むようになったのだ。


「昨日の練習試合、綾野さんまた負けたって・・・」

「相手は全国大会準優勝の2年生エースでしょ? 綾野さんがいくら天才だって言っても、まだ入学して半年も経ってないのに」


 シングルス1(エース)が負けるということは、チームが負けると言うこと。

 いつからかチームの雰囲気自体が悪くなり、みんな厳しい表情をすることが多くなっていた。


「ねえ、五十鈴」


 私はまたいつかのようにふざけあえたらなって思って、彼女に声をかけたけれど。


「何? 未希。悪いけどもうちょっと練習したいんだ。後にしてくれるかな」


 あっ・・・。


「うん、ごめんねなんか」


 やだ。

 なんか、すごいイヤだった。


 突き刺さるような拒否の反応と、拒絶の意志。あんなに楽しそうだった五十鈴の目が、今は怖かったのだ。

 どうして。どうして変わっちゃったの? また楽しくテニスしようよ。

 私はそのために、黒永まで五十鈴に着いてきたのに―――


「そうなんだ。そんな事が・・・」


 弱音じゃないけど、私はそんな戸惑いを志麻子ちゃんに話すようになっていた。

 彼女は五十鈴が声をかけて連れてきた1年生の1人。夏の大会は登録メンバーに選ばれなかったけれど、新チームが発足して以降は1軍で頭角を現してきている期待の新戦力になっていて、話す機会も増えていたのだ。


「私はただ、おもしろおかしく、楽しくテニスをやれればよかったのに、なんかみんなシリアスになっちゃってさ・・・」

「テニスに対して真剣なんだよ。そこでふざけたいっていうのは違うんじゃない?」

「ふざけたいわけじゃないんだ。なんか、こう・・・。雰囲気を明るくっていうか」


 上手く、言葉に出来ない。

 それを汲んでくれたのか、志麻子ちゃんが。


「だったら、未希ちゃんが明るくすればいいんだよ」

「え・・・」


 そう言いながら、高くなり始めている初秋の空を見上げる。


「明るくなって欲しいとか、楽しくなって欲しいじゃなくて、未希自身が明るく楽しくなってみたらどう? そしたら何かが変わるかもしれないよ」

「私、自身が・・・」

「私もね、今のチームはちょっと雰囲気悪いなって思ってたの。だからね、私たちで黒永を明るくしてみない?」


 志麻子ちゃんはそう言って微笑みながら、こちらを覗き込むように首を傾けた。

 その笑顔を見ているだけで、少しだけ気分が癒されると思ったのだ。

 ・・・これは、ただの気のせいだろうか?


(でも、明るくって、どうしたら・・・)


 その時、頭に過ぎったのが。


(五十鈴が、やってたみたいに)


 あの子は何かテニスに対するスイッチみたいなものが入ると止めちゃうけど、普段はおちゃらけた感じのキャラだった。

 あの、五十鈴を。


(私が、演じてみたら・・・)


 もしかしたら。

 何か変わるかもしれない。


 思い立った私は、その日から―――演じることにした。

 『綾野五十鈴』の"キャラ"を。


「おはよーございまーすっ!」


 最初は声も震えていたし、急にどうしたのって目でも見られた。


「いー天気だねー♪ あ、ほらあの雲! 綿あめみたい」

「未希、お前とうとうイカれたんか?」

「もーっ。銀ちゃん、私は未希じゃなくて未希未希♪」


 言って、左手でしたピースを目元にあてる。


「ぎ、銀ちゃ・・・」


 那木さんはドン引きするように言葉を詰まらせていた。


「今日も練習、張り切っていこー! おー!」


 スベることだって、一度や二度じゃなかった。


「私は、グレート・ジーニアス・ガール。略してGGGの未希未希だから♪」

「はぁ?」

「うぐぐ。ひ、一言でシンプルに否定されるの、未希未希しんどいよ・・・」


 心が折れかけたことなんて、数えるのをやめたくらいだ。

 それでも。


「ふふっ。何ソレおかしい」


 志麻子ちゃんが我慢しきれず、噴き出すように笑う。


 ―――やり通した。やり続けた。やめなかった


 そうしたら。


「おいアホぉ。次、お前の番じゃ。負けたら承知せんぞ」

「ふふーん。GGGに不可能はないのだ! いってくるよー」

「頑張れー。未希未希ー」


 五十鈴も。

 チームのみんなも。


 "私の演じる五十鈴"を、認めてくれるようになっていた。

 笑ってくれるように、なっていた。


「もう、1回負けたくらいで落ち込み過ぎ! はい2秒で切り替えて! 1・2」

「未希未希の立ち直りが早過ぎるよぉ」

「2秒て」

「アホは負けてもダメージ食らわんのか?」

「GGGは無敵だからね♪」


 嬉しかった。

 みんなが笑ってくれることが、暗い雰囲気で自分が前に出れば、みんなが私の方を見てくれることが。


「未希。お前はもう少し自己分析を・・・」

「そーゆーの、未希未希分かんなーい♪ みーちゃん代わりにやって?」

「殴るぞ」

「きゃー、こわーい!」


 道化(ピエロ)を演じている自覚はある。

 だけど、いいじゃないか。それでみんなが笑ってくれるなら、私は喜んで道化(ピエロ)になろう。


 それが、GGG・未希未希という"演者(キャラ)"に与えられた役割だから。


「ねえ、未希」


 ―――必死にやってきたから、気づかなかった


「私ね、時々未希がわからなくなることがあるの」


 2人きりの夕食後、志麻っちはそう切り出した。


「どれが本当の未希なの?」

「え―――」

「未希未希? "それを演じようとしてる"未希? それとも、素の未希? どれが本物なの?」


 1番近くで私を見てきた志麻っちだから、言えること。

 事実、その問いは核心を射ていた。射ぬいていたとも言えるだろう。

 図星・・・、考えたことも無かった。


 そして、改めて考えると。


「自分でも、わからない―――」


 最初は五十鈴を模して演じていた未希未希。だけど、今はもう完全にそれは私の一部だ。

 あれをやっている時、安心に近いものを感じるようになっている。かといって素の自分が自分じゃないわけがない。演じようと頑張っている私だって、私には違いない。


 じゃあ、どれが本当―――?

 考えれば考えるほど、自分の中がぐちゃぐちゃに解けて行って混ざっていく感覚。


「全部が私だし、全部が私じゃない気もする」

「うん」

「気持ち悪いよね。なんか変なんだ」


 その時、初めて覚えた感情―――


「本当の自分が分からないのが、こんなに・・・!」


 それは、恐怖。


 身震いして鳥肌が立った。

 その感情を抱いている自分すら、どこにあるか分からなくて―――


「ごめんね」


 志麻っちは両腕を抱えてしまった私を、温めるように。


「未希は未希だよ。あとね、」


 優しく抱きしめて、頬を寄せてくれた。


「たとえどんな未希だったとしても、私は貴女が好き」


 私はその温かさに、しばらくの間溺れていたかった。

 そうしないと、どうにかなっちゃいそうで。


「頑張り屋な貴女が、大好き」


 また明日から、再び未希未希を演じられるように―――


 私のどこにあるか分からないココロを、全身まるごと温めて、癒してくれる志麻っちの存在が。

 疲れた時、"好きな自分"で接する事の出来る志麻っちの存在が。

 私にとっての"未希未希"になっていて、必要不可欠になっていたことに、気づかされたんだ。



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