VS 黒永 シングルス3 水鳥文香 対 三ノ宮未希 2 "あの子はおもしろい"
「ゲーム、三ノ宮未希。1-0」
1つ取ったのと同時に、大きな声援が黒永側の応援団から沸き立つ。
「ひひ。みんなちょっと気合入り過ぎ」
追い詰められたからか、明らかに声量がダブルスの試合とは違っている。
(応援団にも"喝"が入ったのかな。あそこもテニス部に負けず劣らずのスパルタだからなー)
ふと、思い立つが。
「―――ま、カンケー無いけどね♪」
私は現在の試合を楽しめれば、それでいい。
目を瞑りながら髪留めに触れて志麻ちゃん成分を補給すると、駆け足で監督の下へと寄って行った。
「どうかしら。水鳥選手は」
黒中監督が笑顔を浮かべてこちらに問いかけてくる。
―――あ、
やべえ。真面目に答えないとなんかヤバい時の顔だ。
「1年生とは思えないですけど、シングルスプレイヤーとしては所詮1年生って感じですね。悪い意味で若さがあるっていうか、青いです彼女」
「ふふ。貴女らしい表現ね」
「このままゴリ押せば時間はかかりますけど勝てます。でも、ちょっち不安なんだよなぁ・・・」
「不安?」
不安っていうか、不穏。
「この雰囲気・・・ですかねぇ」
私は監督から顔を背けて、会場全体を見回しながら言った。
白桜優勝への期待、そして僅かだけどする黒永サイドの"追い込まれた感"。
そういうものが確かにある。これはまだ小さな種火だけど、くすぶり続けて大きな炎になったら私も巻き込まれて焼死しかねない。
「どうしますか?」
思ってる事全部が伝わってるとは思えないけれど、監督はそう問い返して来た。
「"2パターン目"を試してみますよ」
だから、私も一言で返す。
監督はそれに黙って頷いてくれた。こういう時、根掘り葉掘り聞くような人じゃないから、私は自由にのんびりとプレーできる。
(ま、それが苦痛って子も居るけどね)
もうちょっと具体的にこうしろとかああしろって言ってくれた方が楽な場合もある。
黒永はそういう学校じゃないから、言われないと分からない子にはキツイ環境かもしれない。
「ヘイみんな! お待たせ。もうちょっと声抑えてくれた方が私はやり易いかもしんないにゃー♪」
フェンスの向こうの観衆たちに対してそう言って手を振る。
―――次は、水鳥さんのサービスゲーム
(サーブの味はどんなもんかな・・・)
綺麗な構えから、1球目のサーブ。
確かに速くて、鋭い。ズバッて感じじゃなくてシュパッて感じ。
(ホント、1年生らしくないよ!)
それを思い切り左に向かって打ち返す。
普通の1年生ならこれで終わり。でも―――
(返してくるんだよなあ!)
コーナーに集めてくるコントロールもある。
本当にイヤな1年生だよ。こんなのが2つも後輩だと思うと・・・。
「アウト。0-15」
審判のコールを聞いて、足を止める。
「やった。ラッキー。儲け儲け♪」
・・・そうでもないか。1年生って普通こんなもんだよね。
どれだけプレーが凄くても、いつも余裕が無くて表情強張ってて、周りのプレッシャーから押し潰されないようにすることに必死で。
(こういう時に笑える強さ)
ニッコリと口角を上げ、ひひっと笑って見せる。
―――それを手に入れるのが、本当は1番難しかったりする
笑うっていうのは諸刃の剣。
ヘラヘラしてるとか、負けたのにニヤついてるとか、ふざけてるとか、いい加減とか、"なに考えてるか分からない"とか。
そんな風に取られることの方が圧倒的に多い。
―――だけど、私はこの道を往くと決めたんだ
「だって、面白いじゃん!」
面白い方が、楽しいじゃん。
水鳥さんのサーブに角度のついたレシーブをしながら、私はちょっとばかり昔の事を思い出していた。
◆
「未希ちゃん・・・か。じゃあ未希未希だね」
五十鈴に初めて会った日に、そんな事を言われた。
「未希未希?」
「うん。かわいいじゃん☆」
不思議な子だと思った。
真面目な進路の話をしている時に、突然そんな事を言われたからだ。
「未希未希と一緒に中学でテニスしたいなーって、そう思うんだけど、どうかな?」
「私は・・・」
別に、どうでもよかった。
これは悪い意味に取られるかもしれないけれど、そう言うことではない。自分の中でテニスにそれほど強い想いもなければ、辞めよう(辞めたい)と言ったマイナスな感情も無かったのだ。
中学に行ってもテニスは続けるだろう。
公立の学校へ行って趣味程度に続けても良い。でも―――
「綾野さんと一緒に、行きたい」
「わあ。じゃあ今日から未希未希とは仲間だね! 私のことは五十鈴でいーから」
どうせやるなら、究めてみたい。
「い、五十鈴・・・」
そんな少しの野心が―――あるいは、このときの五十鈴から感じた人間性や、"面白さ"―――それが、私の首を縦に振らせたんだと思う。
私は、黒永学院に進学した。
そして、その事を後悔する日々が始まった。
「は゛あ、は゛あ・・・」
汗が泉みたいにあふれ出てきて流れ落ちていく。
身体中がだるいししんどい。もう一歩も動けない。
「三ノ宮! いくぞー」
「こーい」
「声が小さい!」
「はーい!」
何この体育会系のノリ。無理無理。先輩たち怖すぎ。
「これ、全部食べるんですか・・・!?」
「今食べて体力つけないと、夏場しんどいよ」
御椀に山盛りにされたご飯を見て、食欲が一気に無くなっていく。
「それでは夏のレギュラーを発表する」
毎日毎日、練習についていくだけで精一杯だった。良いことなんて何一つとしてなかった。
「―――三ノ宮未希!」
だけど、私には。
「すごーい、三ノ宮さん!」
「綾野さんと一緒だよ! やっぱり」
「「天才だね!」」
才能があったようだ。
それも、人並み外れた才能だ。
「未希未希、すごいじゃーん☆ 夏の大会がんばろーね!」
「う、うん」
「? あんま嬉しそーじゃないけど、どしたの?」
五十鈴は唇に人差し指をつけて、ぽかんと首を傾ける。
「どう喜んだらいいのか、分からなくて・・・」
今まで練習しかしてこなかったから、どういうリアクションを取ったらいいのかも分からなかった。
そもそも、落ちた先輩たちのことを考えると喜んでいいのかも・・・。
「あはは。こーゆー時は、大喜びしていーんだよ! いえーい、よっしゃーってね!」
「い、いえーい!」
「甘い甘い、もっとこう・・・ピースを目の横に引っ付けて、いえーい☆」
「いえーい!!」
五十鈴は面白い子だ。
先輩たちからも好奇な目で見られて、"なんか変な子"って認識をされているのに、それを何とも思わない。それどころかそれすらも可愛げに変えて、先輩たちの輪にも溶け込みつつある。
(すごいなあ)
五十鈴を見るたびにそう思う。
この頃から五十鈴と比較されることも増えてきたけど、最初から五十鈴には勝てると思っていない。
(私も、五十鈴みたいになれたらなぁ・・・)
彼女に感じるもの―――それは『強い憧れ』だった。
手の届かないものを尊いと思う気持ち、羨ましいという純粋な羨望を向けられるほど距離の離れた相手。
「綾野五十鈴ー! 勝負しろっ」
「みーちゃん、今日も? ふふ、何度でもかかってくるといいよ。負けるつもりは全くないから☆」
「その余裕もここまで! 私には秘策があるんだ!」
「何それ何それ? 面白そうだねえ。楽しみだよ☆」
穂高さんが、今日も五十鈴に"勝負"を挑んでいる。
(あの子も懲りないなあ)
1年生にしてレギュラーを掴んだ五十鈴と、未だ2軍の穂高さん。どちらが優れているかは一目瞭然だ。
その証拠に、穂高さんは今日までほとんど毎日五十鈴と"勝負"して、未だ一度も勝てていない。
五十鈴への『強い対抗意識』。
それが彼女をああまでに駆り立てているのだろう。
―――私にそれは、まったく無い
追いつこうとも思わないし、追いつけるとも思えない存在。
それが三ノ宮未希の"綾野五十鈴像"だった。
(五十鈴みたいに)
それって、何をすればなれるんだろう。
私はこの頃―――1年生の夏辺りから、そんな事を頻繁に考えるようになっていた。
そして、その問いへの答えは、結構早い時期に見つかったのだ。




