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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第6部 都大会編 4
201/385

その後の彼女たち 前編



『都大会決勝戦、黒永学院対白桜女子中等部の試合は予定の時間を延長してお送りします』


 テレビから流れてくるのは白桜が有利に試合を進める都大会決勝戦の様子。


「へへ。さすが、あたし達を倒しただけの事はあるじゃねーか!」


 紗希の何故だか少しだけ嬉しそうな台詞と、能天気そうな笑い声が聞こえてくる。


「白桜ダブルス」

「恐るべし」


 礼と朋美は自分たちと戦った彼女たちの躍進を見て、戦慄を覚えているようだった。


「私たち、あの子たちと戦ったんだよね・・・」


 関東ローカルとはいえ、テレビで試合が中継されているのを見ていると、遥か遠い世界の話のように感じられて、不思議な気分になる。


「どうした、柚希? お前らしくねーじゃん」

「うん、ちょっとね・・・。あの時はもうあと一歩で勝てそうな気がしてたけど、やっぱり白桜に勝とうなんて途方もない話だったんじゃないかなって」


 言った瞬間、しまったと思った。

 紗希も礼も朋美も、黙ってしまって"しん・・・"とした沈黙が私の部屋を包み込んだのだ。

 わざわざ、みんなを誘って白桜の試合を見ようなんて言ったのは、私なのに。


「ち、違うのそういう変な意味じゃなくて!」

「や。違わねェ。柚希の言う通りだ。確かに途方もねー話だった。結局、柚希が1年生に勝つのがやっとだったわけだしな」


 いつも強気な紗希にそうも易々と認められると、私までしゅんとしてしまう。

 私たちのやってた事って、やっぱり―――


「ばーか。落ち込むような話じゃねーよ」


 でもその私の頭をくしゃっと撫でて、紗希はテレビ画面の方を見つめる。


「あたし達が無理でも、あたし達の自慢の妹が、白桜を倒してくれる。あたし達はその種を撒いたんだ」

「紗希・・・」

「花が咲くまで、もうちっと時間がかかる。ただ、それだけのことだろ。な?」


 そして私の方を見て、にひっと悪戯っぽく笑うのだ。


「紗希がポエム読んでるー」

「らしくないー」

「うるせえ! ちょっと良いこと言っただけだろ! ポエムじゃねえーし!」


 それをからかってケラケラと笑う礼と朋美。


「うん、そうだよね」


 私たちは、守ったんだ。

 葛西第二中学のテニス部を。そして、やりたいことをやり切った。

 少なくとも私は自分の3年間に悔いも無ければ、あの白桜との試合も誇れる結果だと思ってる。


「そんであいつらには、ぜってーリベンジする!」


 あれからしばらく経って、私たちはテニス部を引退―――中学卒業後の進路を決めた。


「みんなで葛西高校に進学して、今度こそ白桜を倒すんだもんね」


 柚希(わたし)、紗希、礼、朋美。この場には居ないけど千鶴の5人は葛西高校へ進学。

 そして―――


「三枝子が居ないのは、ちょっと寂しいけど」


 あの日の宣言通り、三枝子は白桜女子高等部への進学の意志を固めた。


「いいじゃねぇか」


 だけど、それぞれ選んだ道に、後悔はない。


「白桜でレギュラー獲った三枝子もまとめてぶっ倒す! それだけだろ」

「その為にまず、受験勉強頑張んないとねー」

「1番ヤバいの、紗希だからねー」

「う゛ぐッ・・・!」


 言われた紗希は何かがお腹に刺さったようなリアクションを見せて、その場にばたんと倒れ込む。


(三枝子。こうしてる間にも、貴女は夏期講習・・・頑張ってるんだよね)


 今頃どこかの合宿所で勉強漬けの毎日を送っているであろう友人に、想いを耽る。


 中学3年間で、最高の結果が「地区予選準優勝」。これでは白桜女子高等部の推薦はもらえない。

 だから三枝子は普通入学で白桜の受験を受ける。その為には、勉強は必要不可欠―――白桜はスポーツエリートを育成する学校であると同時に、高等部からは普通に進学校としての一面も持ち合わせているから。


 ―――高い壁に挑む三枝子を、私は葛西第二テニス部の誇りに思う


(千鶴も、愛依に付きっきりで練習見てあげてるんだもん)


 交代でテニス部の練習を見るようにしている私たちだけど、今日は誰の当番でもない。

 でもそんなの関係なく、千鶴は毎日のようにテニス部に顔を出し続けて愛依の練習に付き合っているんだ。


(あの千鶴が、1番妹想いの良いお姉ちゃんになるなんてね)


 3年前の彼女からしたら、想像できない成長だ。

 愛依との邂逅が、千鶴をあんなにも成長させたんだ。そう思うと、運命的なものを感じる。

 まあ、ちょっと妹離れ出来るかどうか、心配ではあるけれど―――


「この試合を見終わったら、私たちも勉強・・・だね」

「「「うえ゛ー」」」

「うえー、じゃありません。元部長として、勉強もちゃんと教えてあげるから」


 私は、長女。

 それぞれの道を歩き始めたみんながちゃんとその道を歩けるように、ずっと見守る義務がある。


(そうだよね、マム)


 雲の切れ目から青空が少しだけ覗きはじめた空を、窓越しに見上げ、私はもう一度、改めてこの"家族"でテニスに没頭できた日々を、誇りに思った。





 "あの日"。

 試合が終わった後、私たちは3年生の先輩2人の引退式を行い、その後、監督も含めテニス部全員でお疲れ様会を開いた。


 私たちが部から追い出してしまったから、部長と副部長しか居ない3年生―――

 そのことも含めて、いろんなことをお話し出来たのは、私個人としても嬉しかった。


 翌日からは元テニス部員の3年生と2年生への謝罪行脚が続いた。

 1人残らず、全員にテニス部員全員で頭を下げてまわったのだ。私たちはそこからやり直さないと、ダメになってしまうと思ったから。


 ただ―――その中に、葵さまの姿は無かった。

 葵さまはお疲れ様会の時も出席はしていたけど何も言わずずっと無言で俯いていたし、何より驚いたのは翌日、朝一番で部室に入った2年生の先輩が見つけた"それ"だった。


 『退部届』―――


 そこにはそう書かれた用紙が1枚、置かれていた。

 脳裏に過ぎったのは、3年生や2年生の先輩たちが部を辞めて行った時の光景。

 あの時と同じように、私たちはまたテニス部から誰かを排除する道を辿ってしまう―――誰もが、そう思って思わず下を向いてしまった。


 ―――だけど、


「葵さまと、直接話がしたい」


 私は、どうしても認められなかった。


「このテニス部には、葵さまが必要だもん・・・」


 だけど今の私には、それとは別の気持ちもある。


「あんな好き勝手にやっておいて、今更ハイさようならなんて出ていくような、そんな無責任なこと―――」


 今の私は、葵さまの下僕じゃない。

 命令を聞いて実行するだけの、都合の良よさはもう捨てた。


「絶対に認められないっ」


 私は、葵さまに救われた。

 それはこのテニス部の1年生なら、ううん・・・一緒に夏の大会を勝ち抜いた部員なら全員がそうだったはずだ。


 あの人のプレーを一度見た者なら、絶対に抱くはずだ。

 葵さまとなら、『全国』だって狙えるんだって!


 だから今度は、私たちがあの人を救う番なんだって思う。

 私は絶対に、あの人を見捨てない―――見捨てるもんか。誰がなんと言おうと、どれだけの時間がかかっても、私は葵さまをここに連れてくる。


「岩村さんがそう言うなら、私は止めないわ」


 あんな出来事があったのに、監督はそう言って頷いてくれた。


「彼女の真意が分かるまで、この退部届は私の方で預かっておきます」

「監督、あたしもっ!」

「ええ」


 鹿取も、きっと私と同じことを考えていたのだろう。

 そしてそれは監督も分かっている。だから、頷くだけで何も言わなかったのだ。


 ―――今現在、

 鷺山中学女子テニス部は2年生を中心にした新しい体制が始まっている。

 和解した2年生の先輩が部長・副部長を務め、それを1年生と監督が補助するという、新しい形でまわりはじめている。


 だけど、そこに鷺山のエースの姿は無い。


 葵さまはあの日以来、家の自室からもロクに出てこないような生活を送っているという。

 毎日様子を見に行っている私と鹿取ですら、顔すらも見たことは無い。


(でも、私は信じてる・・・!)


 いつか葵さまが自分との戦いに勝って、戻ってきてくれることを。

 今を乗り越えて、次の目標へ迎える強い人だってことを。


 私たちは彼女の戻って来られる居場所を用意して、待つしかない。

 "エースの帰還"が実現するその日まで。

 絶対にその日が来ることを、信じて―――

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