VS 黒永 ダブルス1 山雲・河内 対 那木・微風 6 "おたがいさま" / GGG
◆
―――2年生の頃
今日の試合は、銀華のせいで負けた。
そういう日が、あった。
試合後、お互い黙ってコートから引き揚げていく。
私は何も言わず、ただ銀華と目を合わせないことだけに神経を使っていた。
(私のせいで負ける日もあるし)
おたがいさま。
そう思うようにしている。
こういう時、どっちかがどっちかを追求するとそれが重なっていって、やがてはぐっちゃぐちゃになって修復不可能なほど拗れてしまうから。
だけど、黙っているのにも限界がある。
(寮の同部屋なわけだからなぁ)
1日中、寝るまでダンマリはさすがにしんどい。
どっちかが口を開くのを待つ作業。
だけど、結局、私から切り出すしかない。
―――普段なら、そうなのに
「弥生」
この日は、銀華から口を開いた。
「あたしに付き合うの、やじゃろ」
何を言い出すかと思えば。
「私以外の誰が、銀華みたいな変なヤツと付き合えんのさ」
まあ、この台詞も―――
銀華の肩を包み込むように抱いて、ぎゅっと私の身体の方に引き寄せる。
("おたがいさま"、だけどね)
◆
子供の頃、私は正直、あんまり友達に好かれてなかったと思う。
理由は"態度がデカい"とか"偉そう"とか、そんな感じだった。
でも、ガキだった私は自分を曲げるのが嫌で嫌で、絶対に態度を変えたくなかった。
そんな時に、ぽつんと砂場で寂しそうにしてた銀華に、命令したんだ。
「私のともだちになれ!!」
と。
「いいの・・・?」
即答だった。
「あたしで、いいの・・・?」
潤んだ瞳でこちらを見上げる銀髪の美少女を見て、あたしは全身に違う鼓動で出来た血が巡ったのを確信した。
「そう! 銀華、アンタは今日から私のともだちね!」
「うん」
銀華はこくんと小さく頷く。
「ぜったい、何があっても、地球がめつぼうしたって、一生、あたしの傍に居なさい!」
「うん、うん」
力強く、二度。銀華は頷く。
「今日から私たちは、日本で1番すごいともだちなんだから!」
「うん、うん、うん!」
さっきまで沈んでいたのが嘘のように、銀華はぱあっと咲くような笑顔を向けてくれた。
私だって、1人だった。
こんな笑顔を向けてくれる友達は、1人も居なかった。
私は―――銀華となら、何だって出来る。
二人でなら、きっと"日本で1番すごい"ものにだって、なれるんだって―――
◆
銀華がスマッシュを跳ね返す。
―――すごい
今のはコース的にも厳しかった。正直、終わったと思った。
だけど。
(銀華、諦めてないんだ)
だったら、私だって―――
痺れて感覚がなくなり始めている手に、なんとか力を入れてぱっと前を向く。
(来い・・・!)
銀華の笑顔を曇らせようとするもの全部と、私は戦う。
この試合に勝って―――ちらりと横を見る―――この子が笑ってくれるなら、私に出来ないことなんてない!
(来い!)
私のところに、打ってこい!
(来た!!)
咄嗟に身体が反応していた。
両手で握ったラケットを、スマッシュの跳ね際に合わせて振り抜く。
―――その瞬間、わかってしまった
ボールを打ちあげた、瞬間に。
「・・・っ!」
この手の痺れ方で。
―――私の僅か後方で、ボールの跳ねる音がした
恐る恐る後ろを見ると、バウンドしなくなったボールが、勢い無く転がっている。
それを見て、ようやく実感する。
(ああ)
「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ山雲・河内ペア! 7-6!」
(また、負けたんだ)
同じペアに、3度目の敗北―――
長い中学テニス生活の中でも、こんな事は今まで一度だってなかった。
銀華と私がずっと日本で1番だって思っていた、そんな私にとって、この結果は。
「―――」
耐えられない事だった。
頬をボロボロと涙が流れ落ちていく。
―――私と銀華が、"最強"じゃない
その事実を認めることが、どうしてもできなかったから。
呆然としている私の肩を。
「弥生」
抱き寄せてくれる温かいもの。
小さく囁きかけてくれる優しい人。
「整列じゃ」
ずるいよ、銀華は。
こういう時にだけ強いの、ずるい。
「うん゛・・・」
ロクに前もむけない私を、転ばないようにゆっくりと前に進めてくれる。
"おたがいさま"だ。
私にとっては銀華だけ。この気持ちを理解して、共有しあえるのは、この先もずっと。
◆
「雨も止んだし、良い調整が出来たでしょう?」
仁科先輩の笑顔がはじける。
「はい。ありがとうございます」
「・・・」
「仁科先輩?」
私の返答に、仁科先輩は少しだけ何かを考えるように口元を抑えた。
「やっぱり、私、口数は少ない方がタイプなのかもしれませんわ・・・」
「へ、え? なんですか?」
急に好みの話・・・!?
「なんでもありませんの。さぁシングルス3のコートへ向かいましょう。貴女が白桜の都大会優勝を掴むのですわ!」
「はい」
ダブルスの2勝―――
これは大きい。途轍もなく大きい。
黒永のシングルスのレベルを考えると、ダブルスを1勝1敗でも心もとないくらいだ。
いや、私が負ける気は毛頭ないのだけれど、それくらい黒永のシングルスが強力だということ。
特に、私の対戦相手は黒永の中でも綾野選手が唯一、その才能を認めたという―――
「あー♪ 君、次の相手だよね!?」
急に背中を叩かれ、びくんと身体が竦む。
「な、なんなんですの貴女!?」
私とその人の間に、ずいっと仁科先輩が入ってくれて、引き離してくれたのが幸いだった。
「何って、私私! あ、これじゃ詐欺みたいか。黒永の三ノ宮未希だよー」
「この人が・・・!?」
身長は私より少し、小さいくらい。
3年生には見えなかったので、油断してしまった。よく顔を見れば、ビデオで何度も見た三ノ宮選手だ。
「次、私負けたらこの試合終わっちゃうだよねー? うぇー、プレッシャーかけられるんだろうなー。みーちゃんにさー」
おどけた様子で舌を出す三ノ宮選手を見ていて、何とも言えない気持ちがこみ上げてくる。
「私あの体育会系のノリあんま好きじゃないのよぉ。君、代わりにみーちゃんのありがたーいお話、聞いてくれる?」
「は、はあ!? 私は白桜の選手ですわよ!?」
「だよねー。無理かー」
がくっと手を伸ばして項垂れる。
その仕草の一つ一つが、どうも私には受け入れがたかった。
何故なら。
(この人、ふざけてる?)
直感的にそう思ってしまったからだ。
まさか大事な試合前にそんなワケないんだろうけど、この人の言動はそうとしか思えない。
エキセントリック。規格外。理解不能。そんな言葉が並ぶ。
「君でしょ? スーパー1年生ちゃん」
そんな三ノ宮選手が、私の方を見て言うのだ。
「聞いてるよ~? 都大会でさいきょーの1年生が君だって。ま、ウチは1年がベンチに入ってないからそーゆーことになるんだろうけど」
口に人差し指を付けながら、それでも私の方をしっかりと見据えて。
「スーパールーキーの鼻、へし折って中学テニスの恐ろしさを教えてあげちゃおっかなぁ?」
そう言った時の彼女の目の奥が―――
「あ、貴女ね!」
仁科先輩が慌てて私と三ノ宮選手を再び引き離す。
しかし彼女は全く動じず、そのままの調子で。
「うっそうっそ。ただの脅しだからビックリしないでね? 私さっきも言ったけど体育会系のノリが好きじゃないの」
ぺろっと舌を出してこつん、と自らの頭を小突いて見せると。
「グレート・ジーニアス・ガール、略してGGGの未希未希だよー♪ よろしくね、スーパールーキーちゃん♪」
楽しそうにステップを踏んで、立ち去って行った。
「なんなんですのあの人・・・」
唖然とした様子の仁科先輩。
無理もない。私だってちょっと面食らってしまった。
―――あの時、あの人の瞳の中に見えたもの
「何も、無かった」
「え?」
「あの人、目の中に何も見えなかったんです」
"無"。
そこには強い意志も、かと言って邪念も感じなかった。
あの人の中には、何もない―――少なくとも瞳の奥を覗き込んだ時、そこには輝くような白も、全てを呑みこむ黒も。
何も無かったんだ―――
白桜女子中等部、春の大会全国準優勝の黒永学院に対し、ダブルスを2勝0敗で終了。
試合は、シングルスへと移行しようとしていた。
『東京都大会決勝戦・途中経過』
ダブルス2 ○菊池(3年)・藍原(1年)ペア 7 - 6 月下(2年)・日下生(2年)ペア●
ダブルス1 ○山雲(3年)・河内(2年)ペア 7 - 6 那木(3年)・微風(3年)ペア●
シングルス3 水鳥文香(1年) - 三ノ宮未希(3年)
シングルス2 新倉燐(2年) - 穂高美憂(3年)
シングルス1 久我まりか(3年) - 綾野五十鈴(3年)
白桜女子中等部 2 - 0 黒永学院
第5部 完
第6部へ続く
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200話です!
第5部の区切りの話ではありますが、200という数字はほとんど意識せず書きました。
100話の時のあとがきを読み返してみるとその時にも同じような事を言っている・・・。
区切りとかは結構どうでもいい人間みたいです。
第6部も何卒よろしくお願いします!!




