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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
197/385

VS 黒永 ダブルス2 月下・日下生ペア 11 "限界なんて、とうの昔に過ぎている"

 そのとき木霊(こだま)したのは悲鳴にも似た沈黙だった。


「藍原さん・・・」

「ぐすっ。姉御ぉ」


 タイブレークの準備の為、ベンチへ戻ろうとした藍原が、その場で転んだのだ。


 ―――それはもう、"彼女には歩く力も残ってない"のだという事実を突きつけられたようで


(ここまで、か・・・)


 私は直感的にそう思った。


 ここで棄権するとか、そう言う話ではない。

 だが現実として、タイブレークを戦い抜く力が今の藍原には残っていない。きっと、形だけのタイブレークになる。藍原が動けない分をすべてカバーするだけの力は、私にだって残されていないのだから。


 ベンチで頭にタオルを被って前のめりに座り込んでいる藍原の姿は、気絶しているんじゃないかとすら思えた。それほどまでに、今の藍原からは気力を感じられない。


(こんな時に)


 何もできない―――


 こいつが、藍原が今まで私に何をしてくれた?

 それを考えると、あまりに情けない。


 私とのダブルスを買ってでた時も、大会前も、試合中だって。いつでも藍原は私と一緒にダブルスで1番になりたいと言ってくれていた。それなのに。


 こんな時に何もできないで。


「・・・何が」


 気づくと。


「何がパートナーですかッ!!」


 私はそう叫んでいた。


「藍原!」


 返事はしなくて良いからそのままで聞け。

 その言葉すら口にする余裕も無く。


「お前の取れんボールは全部私が拾うです!!」


 しっかり足を揃えると。


「だから―――」


 私は、


「最後まで、私に着いてきてください!」


 藍原に向かって頭を下げた。

 元々小さな身長だけれど、気持ちだけなら頭が膝に付くような、それくらいの下げ方で。


 ―――私が先輩として出来ること


 それは現状に悲観して負け方を見つけることじゃない。


「・・・ッ!」


 最後の最後まで勝つ道を模索して、もがくことだ。

 みっともなくても良い。文字通り汚泥をすする覚悟もある。


 それが、藍原をダブルスの道へと誘った私の、道理(ケジメ)だ―――!


「先輩」


 掠れて消えそうな声が、確かに鼓膜を揺する。


「当たり前、ですよ」


 そして彼女は、にっこりと笑うのだ。


「わたしと先輩の仲じゃないですか」


 水臭いこと言わないでくださいよ、というように。


「よろしくお願いします」


 彼女もまた、少しだけ頭を下げて、そう言ってくれた。

 その藍原の姿を見て、私は誓った。


(勝つ―――!)


 勝てる根拠はどこにもない。理由も無い。

 だけど、最後まで諦めない。諦めてなるものか。

 私はそう強く覚悟して、腹を括った。


(絶対に、勝つ・・・!)


 それが私をあの灯りの無い、仄暗い場所から引き上げてくれた、藍原への―――





0-0(ラブオール)


 タイブレークは7ポイントを先取するか、6-6で同点になった場合は先に2ポイント連取した方が勝ち。


(わたしの、サーブから―――)


 サーブ権は1ポイント毎に移っていくが、この試合での順番に則って最初にサーブを打つのはわたしだ。


(ここでの1点は重い・・・!)


 走ることなく、ポイントを取れる可能性のあるこのサーブ。

 ここで点を取れればすっとゲームに入っていける。もし、万が一。ダブルフォルトなど叩こうものなら―――


(そんな事無い。いける!)


 サーブを打つのがこんなに怖いのは初めてだ。

 ここでミスをしたらそれはもう致命的。イコール敗北に結びつく決定的な命取りになるだろう。

 プレッシャーで手が震える。

 おかしいな、こんな事無かったのに・・・。


「ふう」


 一旦、構えを崩してボールを地面(コート)にバウンドさせる。

 ばしゃ。

 水の音がして、弱めのバウンドが返ってきた。


「姉御、いったれッス!」

「藍原さん、ファイトなの!」

「1本サーブ決めて、楽になろう藍原さん!」


 みんなの声が聞こえてくる。

 この応援、声援、視線、観衆の一喜一憂。すべてを受け止めていたらそれに呑みこまれてしまいそうな人の渦。

 わたしの田舎には無かった。

 この―――"熱"は、無かった。


 だから。


(わたしは、東京に来ようって決めたんだ!)


 ここで臆病風に吹かれて何も出来なかったら、何のためにわたしはここに来たのか分からない。

 みんなに見てもらうために、みんなに応援してもらうために―――


 ―――わたしは、


 トスを上げ、目いっぱいに、ギリギリまで引き付けて。

 背伸びするほど身体を伸ばし、それでも足は地面に踏ん張ったままで。


 ―――この舞台(ステージ)に上がったんだ!


 芯が、球を捉える。


 自分でも驚くほど真っ直ぐにボールが飛んでいったのが見えた。

 まるで砲台から放たれた鉛の球。一直線に突き進んだそれは、敵コートで跳ねて、敵のレシーブにもその威力で負けず。


 審判席を超え、明後日の方向へと逸れて行った。


「1-0」


 軽く、拳を握るだけ。

 大きな喜び方はしない。まだ、たかが1点取っただけ。


 それでも―――


(サーブが決まった)


 その事実だけで、今は十分だった。

 わたしのサーブは、まだ死んでない。まだ通用するんだ。次のサーブ権が回ってきたときも、そういう気分で打つことができる。次に繋がったんだ。


「藍原、ナイスサーブです!」


 先輩といつものようにハイタッチを交わして。


「次、レシーブお願いしますね」

「任せとけです」


 一言二言話し、交差するようにすれ違い、前衛と後衛を交代する。


 ―――だけど


 限界を超えている体力が悲鳴を上げ始めた。

 もう、一歩走るのも辛い。太ももが上がらず、万全な状態なら簡単に追いつけるであろうボレーにも追いつけないのだ。


「任せろですッ!」


 このみ先輩がそれをどうにか拾って相手コートに返すが。


「1-1」


 逆クロスの隅にショットを決められ、簡単に追いつかれてしまう。


「・・・ッ!」


 このままじゃ、まずい―――


「なんで」


 なんとかしないと、このみ先輩の体力だってもうかなりきているはずなのに。


「なんで走れないのっ!!」


 あんなに練習したのに、あんなに走り込んだのに。

 死ぬほどやっても、まだ体力が足りない! もう無理だっていうの!?


(まだだ・・・!)


 絶対にまだチャンスはある。

 諦めずに攻め続ければ、突破口を拓くチャンスは絶対に来るはずなんだ。


 ―――真正面に、威力の弱いボレーが来る


 これを決めなきゃ、頭で判断する前に、ラケットが出ていた。

 叩きつけるように相手コート前衛にボールを落とす。


「2-1」


 サービス権を持っていたこのみ先輩が、上手く誘導してくれたんだ。

 わたしが走らなくても良いようなコースに。

 そして、今のショットを見れば分かる。


(黒永だって、相当疲れてる!)


 ショットに威力が足りていなかった。

 向こうも万全とは程遠い状態でやっているんだ。ここまでやってきて、疲れていないわけがない。


 だが。


「2-2」


 敵のサービスをブレイクできない。


(反応すらできなかった・・・!)


 レシーブを正反対のコースに返されて、走り出そうとしたものの最初の一歩を踏み出すことすらできなかった。

 もうわたしの脚は瞬発力を生み出すことすら出来ないのか。


「サーブ、お願いしますよ」

「はい」


 先輩からボールを受け取り、すぐにフォームへ入る。

 もう1秒という時間すら惜しい。こういう時に有効なサーブが―――


(クイックサーブ!)


 速いリズムで敵を翻弄する球種!


「3-2」


 また、会場が湧いた。


「ここに来てもサーブの威力は死んでないね!」

「プレッシャーもあるはずなのに、連続サービスエース・・・!」

「すごいすごい! 藍原さん!!」


 声援もしっかり届いている。

 それに対して嬉しい気持ちだってちゃんとまだ持ててる。


 わたしはまだ、戦えるんだ―――


「3-3」


 その直後、また敵のショットに追いつけなかった。

 わたしが集中的に狙われてる。そんな事は分かってる。

 でも、どうしようもない。


 先輩もギリギリまでカバーしてくれてるけど、それもそろそろ限界だ。


 ―――このみ先輩のサービスゲーム


「はあ、はあ・・・」


 肩で息をして、なんとか意識を保つ。

 しっかり前を見て。まだ集中は切れてない。


 このポイントだ。

 ここをキープさえすれば、ようやく見えてくる。


(勝利への、光明が―――)

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