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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
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VS 黒永 ダブルス2 月下・日下生ペア 10 "わかり始めた"

「雨・・・止みませんね」


 しとしとと振り続ける雨。

 高いんだか低いんだかよく分からないところにある雨雲を、とても届かない地上から見上げる。


「だから身体が冷えないように準備運動(ウォーミングアップ)しておくのでしょう?」

「あ、はい・・・」


 準備を手伝ってくれている仁科先輩の正論に、頷くことしか出来ない。


「水鳥さん。貴女は白桜のシングルス3なのですから、もっと堂々としてて良いのですわよ?」


 そんな畏れ多い、と謙遜しながら手を振って否定してしまう。


 私は試合をしている選手と違って、試合開始を待つ身。

 試合をせず、延々と準備運動(ウォーミングアップ)を繰り返して身体を温め、ひたすら出番を待ち続ける―――この天候(コンディション)だと、一度温まった身体は勿論、士気(モチベーション)を維持することすら難しくもあった。それに。


「なかなかダブルスが終わりませんね」


 試合時間はもう相当長くなっているはずだ。

 それなのに、まだ終わったという報告が来ない。

 私たちが準備をしているのは試合を行っているコートから少し離れたところにあるコート。ここからじゃ向こうの様子をうかがい知ることは出来ない。雨音が向こうからの声援を遮っている今の状況なら尚更だ。


「確かに長いですわね」

(有紀・・・)


 あの子、大丈夫かな。

 そんな心配が頭を掠める。


 急成長したとはいえ、有紀はプレイヤーとしての基礎がしっかりしている選手ではない。少し前まではサーブもロクに入らなかったし、体力だって入部の時を考えると普通の小学生に毛が生えた程度だった。


「藍原が心配ですの?」

「えっ」


 そんな言葉を投げかけられながら、軽く短いストロークのラリーを続ける。

 10回往復が終わると、休憩。


「心配じゃないと言えば嘘になります」


 タオルで濡れた顔を拭きながら、先輩からスポーツドリンクのペットボトルを受け取って。


「あの子、一見何も考えてない風に見えるけど、ホントは色んなことで悩んでるんです」

「部屋だとそんな感じですの?」

「滅多にそういう様子は見せないんです。でも、ふとした瞬間の表情とか、ちゃんとよく見てみると・・・」


 この数か月間、寝食を共にしているから分かる。分かってしまう。

 絶対に部屋の外ではこんな風な様子は見せないんだろうなぁって瞬間を、何度も見てきているから。


「いいですわね、そういうの」


 ふふっと笑みをこぼす仁科先輩。

 意外な反応に、びっくりしてしまった。


「同世代のライバルって感じがして、羨ましいですわ」


 ライバル・・・とも少し違うんだけどね。

 なんて事をいちいち訂正するようなことは出来ない。する必要もないと思う。


「仁科先輩にはライバル、とか、いらっしゃらないんですか? 燐先輩とか」

「ふふ、お上手だこと」


 先輩は上品に笑った後。


「そう言ってくれるのは嬉しいのですけれど、新倉さんと(わたくし)では実力が違いすぎますわ」

「じゃあ、河内先輩ですか?」

「河内さん・・・は、山雲先輩以外と積極的にコミュニケーションをとっているところ、あまり見たことがありませんわね。それこそ藍原さんと長谷川さんくらいですわね」

「海老名先輩はどうですか?」

「あの子が誰かと張り合うタイプとお思い?」

「いえ」


 仁科先輩とこんなにいっぱい話したの、初めてだったけど―――


(話しやすい感じの人だったんだ)


 いつも有紀に怒ってるイメージがあったから、なんか全然違うんだ。


「仁科先輩って後輩に慕われるタイプですよね」

「ぶっ」


 そう言ったところで、飲んでいた水を噴き出してしまう先輩。


「けほっ、けほっ・・・」

「す、すみません大丈夫ですか?」

「お気になさらず・・・」


 しばらく(むせ)ていたけど、本当に大丈夫なのかな・・・。


「なんというか、イメージ的にも女王様みたいに後輩を従えてそうな」

「3年生の先輩方がいらっしゃる中で、そんな事できませんわっ」

「姉御肌というか、仕切るのとか得意そうというか」


 私がそう続けようとすると、先輩は。

 こちらに顔を見せずに、ばっと立ち上がると、そのまま顔を背け。


「休憩終わり! さぁウォーミングアップ続けますわよ」


 と、そう言って走って行ってしまった。


(なんだか、少しわかるな)


 今、仁科先輩、きっと顔を真っ赤にしてたんだろうなって事を。





 月下がサーブを打つ。

 それがインに入ったことを確認した、その瞬間に―――


(あたしは、(クロス)へ走る!)


 ペアとは対角線になるように。なるべく"隙"や"空いたコース"が生まれないように。

 ようやく分かってきた。

 理論と、実践。

 月下の動きや考え方なんかを少しだけ分かってきたから、次に何をするかが読めてくる。


 この感覚を突き詰めて行ったら―――月下(あいつ)が考えていることも、分かるようになるのかな。


 敵1年生の返して来たレシーブはあまりに弱い。

 これならこの早い時間からでも攻撃に転ずることができる。


 ―――食らえ!


(あたしの強打は、強い!!)


 1つ1つのショットの強さ。

 これには自信があった。あたしが1番自信のあるところだと言っても良いかもしれない。

 コントロールや体力、基本的な技術を褒められることもいっぱいあったけど、強いショットを褒められた時が1番嬉しかった。


 これが、あたしが攻撃にこだわる理由―――


「日下生!」


 小さい3年生が返して来たショットを見て、その声が次に聞こえてきた。


 ああ、こういうことなんだ。

 『わかる』って。


 "日下生"、その一言で理解できた。

 月下があたしに何を要求しているのかも、どうすれば良いのかも。


 ―――ラケットを両手で握る


「でぇあぃ!!」


 全力のショットを、振り切る。

 それが真っ直ぐに飛んで行って、自分でも驚くくらいの速さで敵1年生の脇を抜けていった。


 ―――月下


 すぐそばに居た、彼女の表情を見る。

 あたしは何も言わないまま、左手を掲げて、力強く―――


 バチンッ


 互いの手のひらと手のひらを、叩くように合わせる。


「「っしゃあ!!」」


 声が合った。ピッタリと。


 確かに、監督の言うとおりだった。

 今のあたし達に迷いはない。

 そして、タイブレークに持ち込めば負けない自信が沸々と湧き上がってくるのだ。


(このゲームさえ取れば―――)


 高いモチベーションがプレーにも繋がる。


「「おおっ」」


 月下が横っ飛びで抜けそうな打球を拾ったのだ。

 低い弾道が敵前衛へと向かい、それを打ち返してきた1年生の打球を。


「通すかぁ!」


 少しだけ下がって、片手で拾う。

 今の藍原(あいつ)のショットなら、片手で拾える。そのおかげでリーチも伸びた。

 高い高いロブが後衛の3年生にまわり、彼女はそれを長いストロークで返してくる。


 月下はそれを、いつものように緻密なコントロールで敵の嫌なところ、厳しいところへ返す。

 それが、疲れ切った敵のミスを誘った。


「アウト」


 回転(スピン)したショットがそのあまり、横へと逸れていく。


「やった」


 ギリギリ、アウト。そして―――


「ゲーム、月下・日下生ペア。6-6!」


 黒永応援団の大声援と、ギャラリーの声と。

 白桜応援団の悲鳴にも似た声が聞こえてきた。


 取った―――


「タイブレークだ!」


 そこに、辿りついた。


「っふふ」


 敵ペアは疲労困憊でもうロクに走る事も出来ない状態。

 それに比べれば、あたし達は気力もモチベーションも満ち足りている。体力にだって少しは余裕がある。


(白桜に、タイブレークを戦う体力は無いのです!)


 勿論、それがイコールで勝ちに繋がるわけではない。

 だがこの状況、どう見てもあたし達が有利なのは揺るがない事実だ。


 今の、あたしと月下(あいつ)なら―――


 高揚した気分で、チラッと敵コートのネット際で膝をついている藍原(いちねんせい)を見下げるように見ると。


「・・・ッ!」


 ―――身が引き締まる、とはこういう事を言うのだろう


(あの1年生―――!)


 彼女の、目を見た。


 ―――まだ諦めてない


 あの光の灯った、強く、上を向く。

 視線を―――その輝く瞳を見た。


(何を自分の身勝手な判断で勝った気でいたのです・・・!)


 試合はまだ、終わっていない。

 少なくともあいつは―――最後の1ポイントを取るまで、食らいついてくる。


 そんな執念を、あたしはあいつの強い"目の中"に見たのだ。

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