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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
195/385

VS 黒永 ダブルス2 月下・日下生ペア 9 "真(ほんとう)のダブルスペア"

 わたしの目つきが変わったのを、誰より早く察知してくれのはこのみ先輩だった。


「良い目になりましたね」

「おかげで目が覚めました」


 それを言うと、先輩はそうですか、と嬉しそうに軽く微笑んで。


「藍原、次のゲームですけど」


 余計な事は言わずに、ただ作戦だけを簡潔に説明する。


「私のサービスゲーム・・・。だけど、なるべくならお前の体力を温存させて次のゲームにいきたい」

「はい」


 それを否定はしない。

 先輩がそういう作戦を執ってくれるのなら、それに越したことはないのは自分自身が1番理解していた。


「このゲーム、私はサーブを内側ギリギリに打ちます。すると敵のレシーブコースは大きく2パターンに絞り込めるでしょう。遠くの(コース)を狙うか、近めの真正面にパワーショットを叩き込んでくるか」


 このみ先輩がいつもそうであるように、作戦中にピンと人差し指を1本、立てる。


「後ろに来た打球は全部私が拾います。だから藍原、お前はネットから少し距離を取って、相手の強いレシーブに対応できるようにしておけ、です。出来ることなら、その"強打してきたレシーブ"を狙って敵のフォーメーションを崩し、ラリー戦になる前にポイントを取りたい―――」


 もとより先輩の作戦に異議を唱えるつもりはサラサラ無かった。

 ここまでわたしの為に考えてくれたんだ―――わたしはそれを、今の自分に残っている限りの力で応えたい!


 作戦を伝え終わると、先輩は駆け足でサーブ位置へと下がっていく。


「いきます!」

「こい!!」


 先輩の掛け声に、お腹から声を出して答える。

 不思議と、空だったエンジンに何かが入って再びまわりだしたのだ。

 この最後の底力とも言える状態を維持して、試合を決めたい。


(焦るな)


 一つずつ、確認するように。


(わたしは―――)


 先輩がサーブを、本当に内側ギリギリのところに決めてくれた。

 ネットから少し離れていたわたしは、腰を落として両手で握ったラケットに力を込める。


(わたしに出来ることを!)


 作戦通り、本当に敵レシーバーである縦ロールツインテの人は、正面のわたしに力いっぱいレシーブをしてきた。

 力強いショットが、わたしに向かって直進してくる。


(逃げない!)


 ラケットを構え、速く鋭いそのショットを。


 ―――返す!


「でぇやぁあ!」


 自然と、声が出た。


 雨の線を割って、ボールが飛んでいく。

 それは雨にあっても威力が死ぬことは無く、そして、ぬかるんだコートで跳ねてもなおその勢力を保って。


「15-0」


 敵ペアの間を縫い、コートを対角線に突き進んでいった。

 敵選手の驚いた顔が印象的で。


 ―――やった!


 作戦が上手くいった充実感と、その喜びが身体を突き抜けた。


『おおおおお!』


 雨の中でも応援してくれる応援団、観客が湧く。


「それッスよ! それをウチらは見に来てるんス!!」

「なの~」


 頼もしい、仲間の声も。


「藍原っ」


 このみ先輩が、興奮した様子でぎゅうっと自らの手を握り、それをぱっと開いて。


「ナイスです! それをもう一発、食らわせてやれっ」


 ぱん、とハイタッチを交わす。


「はいっ・・・!」


 自然と、自信が湧いてくる。

 今まで見失っていたものが、今はしっかりと見えているんだ。


(わたしにだって、自信や誇りが、ある!)


 決勝(ここ)まで、真剣勝負で都内の猛者(もさ)たちに勝ってきたんだ。

 あの地獄みたいな練習をやり通してきたんだ。


 わたしには、わたしの中には―――


 次のサーブも、あの冷静そうな敵レシーバーにしては珍しく、強引にわたしの方へと打ってきた。

 敵ペアも、疲れているんだ。出来ることなら打ち合い(ラリー)になる前に決めたいのだろう。


(でも、こっちに来るのは完全に想定内!!)


 狙いすまして、わたしは力いっぱいそのレシーブを打ち落し敵コートに叩き込んでいく。


「30-0」


 ―――白桜に入学してからの"総て"がある!


(だから、負けない。負けてたまるか)


 作戦意図に気づかれたのか、今度は敵が後衛へボールを返す。

 先輩は右の隅に来るのか左の隅に来るのか、その二択が分からないまま返球を待つことになる。だけど、そんな辛い状況を感じさせず、隅に来たショットを拾い―――敵コートの隅にそれを返す。


「藍原、正面任せました!」


 先輩の声と同時に、敵が正面のわたしめがけてショットを放ってきた。

 勿論、抜かれたら正反対に居る先輩はカバーできない。


 わたしはもう一度力を籠め、無心でラケットを振る。


「40-0」


 また、ショットが決まり始めた。

 試合の流れを手繰り寄せたのと同時に、わたし自身の調子が回復してきたのが目に見えて分かるよう。


 ―――そして

 ―――その掴んだ"感覚"は、


「ゲーム」


 ネットに引っかかったレシーブが、相手側に落ち、雨でぬかるんだコートには跳ねることなく。


「菊池・藍原ペア。6-5!」


 ―――間違っていなかった


 瞬時に自然と出た、ガッツポーズ。 


「このゲーム、1ポイントも落とさずに取った!」

「すげえッス姉御!!」

「この2人(ペア)、ここにきてエンジン全開だー!」


 苦しかったここまでの展開を跳ねのけるように、わたしの中から力が湧きでてくる。

 最後の最後―――自分の奥底にある『それ』が、わたしに力をくれる。


「先輩、ナイスサーブです!」


 今度はわたしの方から、手を差し出して。


「ふう。本当、この1週間徹底的にサーブ練習してきた甲斐がありましたよ」


 少しだけ力の抜けた先輩の手のひらと、ぱちんと合わせる。


「ようやく、ここまで来た―――」


 今度こそ、次のゲームを取って、試合を終わらせる!!





「藍原選手が息を吹き返したなどと考えてはいけませんよ」


 ベンチに座る監督の前で後ろ手を組むと、彼女は開口一番そう言った。


「確かにショットの威力は戻ったかもしれない。しかし、あれは蝋燭が消える寸前の最後の輝き・・・彼女にもう走る体力も気力も、残されてはいません」

「でも・・・」

「よく聞きなさい」


 月下が何かを言おうとしたが、監督はそれを遮るように語気を強め。


「このゲーム、絶対に取りなさい。タイブレークになれば・・・必ず黒永(ウチ)が勝ちます」

「!」


 雨で濡れているせいもあるのだろう。

 暗くてそう見えてしまったというのもあるのだろう。

 あたしには監督が、少しだけ焦っているように見えた。滴り落ちる雨の雫が、焦った時の汗であるかのような錯覚に陥ったのだ。


「日下生。次は私たちのサービスゲームだ。キープすれば、タイブレークに持ち込める」

「うん・・・」

「私たちはまだ走れる。体力は敵ペアよりは残ってる。絶対に取れるはずだ」


 月下のその自信はどこから来るのだろう。

 さっきのゲーム・・・1点も取れなかったのに、もう頭を切り替えたとでも言うのだろうか。その精神(メンタル)コントロール・・・あたしにも出来たのならどんなに楽なことだろう。


 だが、次のゲームのサーバーがその精神が安定している月下だったのは不幸中の幸いだった。あたしだったら、この状況で淡々とサーブを決めるなんて不可能だっただろうから。

 サーブは月下が決めてくれる―――


(あたしは、あたしに出来ることを!)


 全力でやるしかない。

 監督曰く、敵1年の体力はもうとっくに底を尽きているということだった。

 だったら、あいつを重点的に狙う作戦は継続すべきだろう。月下が3年生の方を揺さぶって・・・あたしが、あいつを叩く。


(出来るか? ううん)


 やるんだ。


 月下がサーブを打ち、あたしの脇を抜けていく。

 あの1年生は当然のように返してくる。あの顔つきを見ていると、完全に立ち直ったようにも見えるけれど―――ボールは後衛の月下へ。

 長いストロークでそれを更に敵後衛(いちねんせい)へと返す。1年生狙いの作戦を、着実に実行するんだ。

 敵1年生はそれにもすぐに反応して、ボールを追いかけるが―――


 ―――がくん


 ある"一点"を過ぎたところで、1年生(あいつ)の動きが急激に鈍くなった。止まったと言っても過言じゃないほど。

 結局ボールには追いつけず、前衛からカバーに回っていた3年生がなんとか、強引にそれを処理する。


「あたしに任せて!」


 絵に描いたようなチャンスボールだ。

 これを仕留めなきゃ―――あたしが、攻撃役(アタッカー)なんだから!


「やいっ!!」


 強打したショットがリーチの短い3年生の遥か左を抜けていく。


「15-0」


 サービスゲームの最初の(ポイント)を取れた。しかし、この1点以上に―――


「やっぱりあの1年、もうロクに動けないね」


 それを確認できたことが、何より大きかった。


「これで迷うことなく、プレーすることが出来るのです」


 ここさえ取れば、圧倒的にあたし達が有利になるのは揺るがない事実となったのだから。


「ああ。ここが分水嶺(ぶんすいれい)だ」


 月下も力強く頷く。

 長い長いこの試合も―――ようやく終着点が見えてきたようだった。

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