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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
194/385

VS 黒永 ダブルス2 月下・日下生ペア 8 "あの日から、今日へ"

「藍原」


 ふらふらと歩いていると、後ろから背中にぴたっと手を当てられ、小さく上下にさすられる。


「あと1ゲームです。しんどいでしょうけど、ここで終わらせてゆっくり休みましょう」


 耳元で語り掛けてくれる先輩の口調はしっかりとしていて。


「はい・・・!」


 わたしも、それに負けないくらいちゃんとした、強い返事をしたつもりだった。


「藍原。お前本当に大丈夫ですか?」


 ―――え


「何言ってるんですか。全然いけますよ。ラスト1ゲーム、頑張りましょう」


 しかし、何を言ってもこのみ先輩の顔は曇るばかりだった。

 心配そうに口を閉じて、少しだけう~んと何かを考えるようにしていたけれど、先輩は何かを思い切るようにカッと目を開き。


「そうです。ここが最後のゲームです。絶対取りましょう!」


 言って、自分の所定位置へと走っていく。

 わたしはそれをぼうっと見送って、ゆっくり相手コートの方へと向き直った。


(どうしたんだろう。先輩、様子がちょっと変だったな)


 息を整えて、なんとか目の焦点を合わせる。


(まずはわたしのレシーブ・・・)


 この状態でまともな返球が出来るだろうか。

 サーバーは、背の低い方の選手―――力強いサーブを打ってくる方の選手だ。パワーとスピードで押し切ってくるタイプのサーブ。わたしは、それを―――


「ッ!」


 全く、力の無い打球が飛んでいく。

 相手サーバーはこの状況でも厳しいコースにサーブを叩き込んできた。


「15-0」


 雨の音がうるさく聞こえてくる。その向こうから声援、応援、ボールの音・・・。ラケットの音だって。


「藍原、上がった!」


 気づくと、頭の上にボールがあった。

 チャンスボールだ。これを叩けば、1点入る。わたしは瞬間的にそう思って、スマッシュの姿勢に入る。


(いけ!!)


 ―――まずは、1点


 前衛の後ろ辺りでボールは跳ねたが。


『威力が足りない!』


 誰かの声が聞こえてきた。

 その言葉の通り、スマッシュのバウンドが足りないのだ。敵後衛に拾われて、ボールはこのみ先輩の方へ。


「くっ!」


 このみ先輩の返したショットが、今度は浅い。短いストロークになってしまっていた。

 敵前衛はそれを狙いすましたかのように、強打してくる。


(返せる!)


 だが、それもコースが甘い。

 これなら返せる。わたしはそう思って、踏み込んで両手でそのショットを返す。


 ―――今度こそ!


 さっきは上手くいかなかったけど、これならどうだ。


「ナメるなあ!!」


 そう思った瞬間、前衛の選手が放ったショットがわたしの真横を抜けていく。

 速く、強く、何より彼女の気迫に押されて、全く反応が出来なかった。


「よっし、どうだなのです!」

「凄いよ天才」


 敵の選手2人がそう言ってハイタッチを交わしている。

 あの人たち、試合前半は全然息もあってなくて、仲悪い感じだったのに。


(今は・・・)


 すごく、活き活きとプレーしている。

 2人の間にあった壁みたいなものも、無くなったように感じた。


 あれ、おかしいな。

 わたし達が勝ってるはずなのに―――


(向こうの方が、雰囲気が良い・・・)


 どうして?

 さっき、心配そうにこちらを見上げていた先輩の顔を思い出す。

 原因は、わたし?

 今の一連のプレーは、明らかにわたしが足を引っ張っていた。スマッシュは決めきれない、ボレーも上手く処理できない。それどころか。


(身体に、力が入らない・・・)


 なんだ。

 なんなんだこの状態。

 おかしいよ。全身から力がどんどん抜けていく。

 まるで身体に穴が空いて、そこからエネルギーがどばどばと抜け落ちている感覚。もう、体力は愚か気力まで、今のわたしにはほとんど残されてない。その証拠に―――


「・・・っ」


 声が、出ない・・・!


 何かを叫ぼうとしても、喉から空気だけが漏れて音として伝わらない。


 まずい―――

 5-5にされたら(このゲームをとれなきゃ)、7ゲームを取らなければならなくなる。わたしには、それを戦い抜くだけの体力は残されていない。

 ここで絶対に試合を決める・・・。その心づもりで臨まなきゃならないのに。


 ―――このみ先輩がコート隅ギリギリのボールをどうにか拾う


「藍原、頼んだですっ!」


 勿論、"次"には戻って来られそうにない。

 正面に打たれたら、わたしが処理しなきゃならないのだ。それも、背が低い方である縦ロールツインテの女の子・・・あっちの、強いショットを打つ方の人のボレーを。


「返せるもんなら!」


 わたしは右手をラケットに添えて、強打に備える。

 前衛のこの位置からでも、返さなきゃならない。今のわたしに一歩、後ろに下がるだけの体力も余裕もない。この位置で―――


 飛んできたボレーの強さに、逃げそうになるのを必死で我慢。


「返してみるのです!!」


 ショットを全力で叩くが―――打球が、上がらない。

 ネットにボールは引っ掛かり。


「40-15」


 審判のコールが聞こえた瞬間、黒永の応援団が沸き立つ。

 しばらく選手の名前を連呼した後、この試合何度が聞いた黒永の校歌を歌い始めた。

 声援に、押し潰されそうになる感覚―――


「諦めんな、藍原」

「このみ先輩・・・」

「とにかくレシーブです。敵コートにボールを返しさえすれば、あとは私が!」


 先輩の力強い言葉と、わたしの心は遠く離れていた。

 そんな事を言われても、わたしだって必死でレシーブしているつもりだ。

 だけど―――


(また、厳しいコース!)


 ラケットを下から出して、拾い上げるようにサーブを返す。

 弱く、短いストロークのショット。こんなものが通用するわけがない。

 敵前衛に軽くボレーを、このみ先輩とは逆方向のネットから短い位置に落とされ、簡単に―――


「ゲーム、月下・日下生ペア。5-5!」


 このゲームを落として、同点に並ばれてしまった。


(ウソ・・・)


 わたしは思わずその場で座り込む。

 もうだめだ。立てない。立ち続けることが出来なかったのだ。


「藍原さん・・・」

「もう限界なんだ」


 白桜(ウチ)の応援からも、そんな声が漏れる。

 わたしが限界なのは、もう周知の事実のようだった。

 そうだよ。元々調子が悪かったのに、こんなに長く試合をしたこともなかった。もう、ここが限界なんだ。


 わたしは、ここで―――


「姉御おおぉぉぉ!!」


 次の瞬間、わたしの耳に聞こえてきたのは。


「何やってんスか、こんなとこで自分に負けるんスか!!」


 随分と聞き覚えのある、"誰か"の声。


「入寮してきた日、言ってた事はウソだったんスか!!」


 ―――あの日のことを、少しだけ思い出す


「『わたしは白桜(このチーム)のエースになる』って! アンタ、レギュラーまで取っときながら、今あきらめるんスか!?」


 彼女の声は掠れそうなほど強烈で。


「ここまで"ウチ"に夢見せといて、今更舞台から降りるなんて、そんなの認めないッスよ! アンタには―――」


 大声援に呑まれそうになりながらも、それでも必死に張り上げられたその声が、


「最後までやり遂げる責任があるはずだ!!」


 ようやく―――わたしの心に、届いた。


 何も聞こえなかった、聞こうとしていなかったわたしは、真っ暗な闇の中に灯る光のように力強いその声に導かれて。


 もう一度、上を向いた。


 ―――諦められない


 今まで懸けてきた、全てに対して、わたしは向き合う責任がある。

 逃げ出すことなんて許されるはずがない。

 そのことを、思い出した。


(ありがとう、万理)


 ゆっくりと折っていた膝を立たせ。

 もう一度ふくらはぎと太ももに力を入れる。


(わたしの、最高の友達―――)


 藍原有紀は、立ち上がった。

 自分自身の力で―――燃えたぎるような意志で、再び。

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