みんな同じ、みんな違う
入部からおおよそ2週間。
季節はもう4月下旬・・・桜の色も緑になりかけているゴールデンウィーク手前だ。
「姉御、よく食べるッスねえ」
「育ちざかりだから!」
食堂にはいつも通り選手全員が揃って夕食タイム。
練習時間のほぼ全てをパワー強化と体力強化の走り込みに回しているものだから、お腹が空きまくって晩御飯が進むこと進むこと。
「ウチ、疲れで喉通らんッス」
「食べなきゃ大きくなれないよ~?」
若干引いている万理の頭をぽんぽん叩く。
彼女の身長はわたしより7,8cm小さい。身体測定の時、結果をチラ見して知りました。
「そうなんスよねえ。でも来る日も来る日も球拾いはしんどいッス」
「2軍の選手は球拾いなんだ」
「2軍っつか、1年生は姉御と文香姐さん以外全員ッスよ」
万理はため息をつき、やれやれと両手を広げる。
2週間ずっと・・・。
想像しただけで恐ろしい。
(それに比べれば、まだ練習が出来てるわたしはマシか・・・)
そう。どうやらわたしはあの時、2軍降格にされたわけではなかったらしい。
言ってみれば1・5軍行きになったという感じ。
とはいえ1・5軍(仮)にはわたしと鬼畜ピンクの2人しか居ない。
「大変だよね、球拾い。私も1年生の時はやったよ」
「山雲先輩!?」
いつも通りわたしの隣にやってきた瑞稀先輩と咲来先輩に、万理の背筋が伸びる。
「1年、あんたねえ。練習メニューにケチつけんのなんて100年早いんだからね?」
「はいッス! 言葉に気を付けさせていただきますッス!!」
まるで囚人が看守にあいさつするように敬礼する万理。
「瑞稀」
「・・・良いから、食事続けな」
咲来先輩にたしなめられて、瑞稀先輩が態度を軟化させる。
「はいッス!」
「敬礼はやめろ」
「あ、はいッス!!」
もう一度敬礼する万理。
(咲来先輩にだけは従順なんだなあ)
他の3年生の先輩とのやり取りを見ていても、瑞稀先輩が黙って言うことを聞いているのは咲来先輩に対してだけ。
どうやってあのじゃじゃ馬リボンを乗りこなしているんだろう。
「正直、1年が入ったおかげで練習効率がすごく上がったよ。みんな良い練習が出来てると思ってる」
瑞稀先輩はぶっきらぼうに話し始めた。
球拾いのこと・・・かな?
「球拾いだって、"絶対に誰かがやらなきゃいけない仕事"なんだ。使ったボールをそのままにしておいたら危ないでしょ。1年が入るまで、2年生が交代で球拾い役を決めて練習してた。それがやらなくても良くなったんだから、体感で倍は練習できるようになったよ」
「"絶対に誰かがやらなきゃいけない仕事"・・・」
球拾いだって新入生イビリじゃない。
必要な仕事だから、やっている。
「そう言ってもらえるとやった甲斐があるッス」
万理の表情がいつものひょうひょうとしたものに戻っていた。
「ウチらには別世界の1軍練習コートに入れますし、先輩たちの練習を目の前で見られて、良い経験をさせてもらってるなーと思うッスよ」
「・・・さすがにお世辞が過ぎるんじゃない?」
瑞稀先輩も、口が回り過ぎる万理の言葉を鵜呑みにはしない。
「お世辞だなんてとんでもない! ウチはデータ厨ッスから」
左手でVサインを作りながら、万理は言う。
「先輩たちのデータは日々蓄積されていく一方ッスよ。そのうちに先輩たちを丸裸にして、来たるべき1軍昇格に備えさせてもらうッス」
万理はくくく、と嫌な笑いを浮かべた。
「はあ。あんた、データなんか取ってるの?」
「性分なもんで」
「そうですよ。万理はそういう性癖があるんです。やめろって言ってもやめませんよこいつは!」
「性癖じゃねーし!」
わたしの言葉にすかさず突っ込みを入れてくる辺り、さすが万理。
この2週間で培われたコンビネーションテクニックだ。
「あんた、口が上手いね。あたしは1年前、なんで球拾いやんなきゃなんねーんだって思ってたよ」
「あ! そのカミングアウトはずるいッス先輩! さっき練習メニューに口出すなって」
「ぷ。あんたの性癖教えてもらったから」
珍しく瑞稀先輩は笑いを堪え切れないようにふきだした。
「私も・・・かな。1年生の時は先輩たちのことも監督のことも、よく知らないから怖かったしね」
咲来先輩もそれに乗っかる。
「でも、監督はすっごく選手思いな人だよ。無駄な練習なんて絶対にさせない人」
「そういうわけだから。咲来先輩が球拾いしたんだからあんたもやる! そんで藍原、お前もやれ!」
「なんでわたしまで!?」
思わぬところから飛んできたボールを咄嗟に打ち返す。
「ごちそうさまでした」
「あれ? 先輩、もう食べ終わったんですか!?」
手を合わせた咲来先輩に驚く瑞稀先輩。
「瑞稀が後輩ちゃんとお話してる間にね」
「わ、わわっ。あたしもすぐ食べますっ!」
「ゆっくりでいいよ」
すぐに食事に摂りかかる瑞稀先輩を、咲来先輩は優しい目で見つめていた。
こうなるとあの人は、もう他のことは耳に入らない。
「藍原さん」
「はい?」
「水鳥さんは部屋でどう?」
瑞稀先輩を挟んで、咲来先輩がわたしにそんな問いを投げかける。
「それが聞いてくださいよ。この間、部屋に置いてあったプリン食べたらメチャクチャに怒られたんです! ひどくないですか?」
「そりゃ姉御が一方的にひどいッス」
「ば~ん~り~?」
うるさい万理を笑顔で黙らせる。
「そっか。なるべく仲良くね? あの子、ものすごく疲れてるだろうから」
「疲れてる、ですか」
「うん。1軍の練習メニューを一緒にやってるんだけれど、1年生には相当キツイと思う」
そこで衝撃を受けた。
文香はもう先輩たちと同じ練習をしてるんだ―――
先週の終わりまでは、一緒に走り込みやってたのに。
「かなりの自信家みたいだけど、私達先輩には丁寧だし」
「藍原と違ってね」
瑞稀先輩の茶々に、咲来先輩が苦笑いする。
「今度の練習試合にもベンチ入りメンバーとして参加するみたいだから」
「試合に出るんですか!?」
「うん。監督はそのつもりみたい」
どうしてだろう。胸の辺りがむず痒くなるのを感じた。
・・・悔しい。
わたしはこのとき多分、そう思っていたんだ。
「1年生ってナーバスになりがちだし、同室の藍原さんが気にかけてあげて欲しいの」
「わかり、ました・・・」
胸の辺りをぎゅっと握りしめる。
この気持ち―――。
この"悔しさ"を、わたしは忘れない。
(文香と同じ舞台に・・・わたしも)
走ってばかりで下火になっていた闘争心に、油を撒かれた気分だった。




