VS 黒永 ダブルス1 山雲・河内 対 那木・微風 4 "全国優勝ペア"
全国制覇すれば、そこには頂上があると思っていた。
山のてっぺん。見渡す限りに広がる眼下の景色。そこから見える"それ"はさぞ、絶景だろうと。
(確かに頂上には登った。でも―――)
そこから見た景色は、想像とは違うものだった。
"下山道"が無かったのは言うまでもないだろう。それはいい。
頂上から見えたもの、それは―――地平線まで広がるだだっぴろい大地。
1番上まで登ったとして、そこから先が無いとは限らない。
確かにこれより上はないのかもしれない。だが、あたし達はそこに足を踏み入れた瞬間、今度はその地位を維持するためのマラソンをすることになったのだ。
ただ上を目指して山を登ることより、何倍も辛いマラソンを―――
『全国優勝ペア』
あたし達にはどこへ行ってもその二つ名がついてまわるようになった。
全国優勝したんだから。さすが全国優勝ペア。やっぱり全国優勝ペアは違うね。
まるでそれがあたし達の全てであるかのような言い方で、その言葉を使われるようになったのだ。
勿論、向こうも悪意を以って言っているわけではなかったのだろう。それでも、やっぱり。
ただの小学6年生であるあたし達に、それはあまりに重すぎた。
五十鈴の話に乗ったのも、"五十鈴ならあたし達の苦悩を理解してくれるはずだ"と弥生と何度も話し合った末の判断に過ぎない。
事実、五十鈴とはそういう話や相談を出来るような関係にもなったし、彼女はあたし達の気持ちをうんうんと頷いて分かってくれていた。
「それを重荷だと感じるから息苦しくなるんだよ。堂々と胸を張って、それを証明するだけのプレーを続ければ、そのうち"全国優勝"すら自分のものに出来る時が来る」
だが。
「・・・やっぱ、凄いね五十鈴は」
その時の弥生の表情は今でも忘れられない。
綾野五十鈴の度量と精神力を、あたし達は甘く見ていた。
この子は5歳の時には既にテレビに出ていたのだ。周りから好奇の目で見られることに、あまりに慣れ過ぎていた。
それは、残念ながら常人のあたし達からしたら理解しがたいものだった。
そう言えば、美憂から何度か五十鈴がアメリカに留学していた時の話を聞いたことがある。
五十鈴は"世界"を目指しているのだと。
久我まりかを誘いに行ったときにも言っていた。『世界一の女になる』と。
―――結局、あたし達にはそこまで割り切ることはできなかった
五十鈴が当たり前のようにしていることは、常人の中学生であるあたし達には実行不可能だったのだ。
ならば、どうするか。
弥生と2人で、導き出した答えがある。
「五十鈴の言葉の、半分を実行してみよう」
常に結果を残し続ける。
それで自分たちの身を立てると言うものだった。
あたし達はジュニアで1度、そしてこの黒永で1度。2回、全国の頂点に立っている。
つまりはその約3年の間、あたし達は頂上マラソンをし続け、それに成功しているのだ。
『この日本に、あたし達より強い中学生ペアなんて居ない』
それをあたし達ペアの自信と、拠り所にしようというものだった。
不安になった時は、思い出せばいい―――
◆
今まで、あたし達が。
(ぶっ倒してきた奴らの数と、その時の姿を)
全国優勝は重い。
でも、とてつもなく"大きなもの"でもある。
それが自信にならないわけがない。
―――初心、とも言うべき"その気持ち"を、思い出すことが出来た
「あたし達は・・・」
辛い時、寄りかかれるようなものでないはずがない。
「最強じゃ」
大きな名誉であると同時に、あたし達が自分たちで積み上げてきた実績なんだ。
弥生が掴んだ右手から力を抜くと、彼女もぱっと手を放してくれた。
そして、改めてお互いの目をしっかりと見つめ合う。
「銀華、目の色が少し変わったね」
「弥生も、良い表情じゃ」
―――あたし達が今居る場所、今見ている景色のことを
「そうだよ。私たちが1番強いんだ。それを思い出そう」
弥生は前衛へと駆けてき、あたしはサーブ位置に堂々と立たった。
今のあたしに、気後れや弱気は無い。
右手でボールをぽんぽんとコートにバウンドさせ、ぎゅっと握りしめる。
(相性がなんじゃ)
それを高くトスし、叩きつけるように思い切り―――インパクトする!
芯を食った、良い感触。
滅多に打てない最高のサーブが打てた。
敵のレシーバーであるあのクソ生意気な2年生が、反応も出来ずにサーブを見送ったことからそれは明らかだった。
「30-15」
審判のコールを聞いて、小さく息を吐く。
(過去の対戦成績がなんじゃ)
あたしはもう完全に頭の切り替えが出来ていた。
腕に自然と力が入る。目の前の光景がしっかりと認識できる。声援も聞こえてきているし、弥生のサインも見えている。こんなに落ち着いてプレーが出来ているのに、心の奥にはものすごく熱いものを感じるのだ。
(お前らは所詮―――)
もう一度、大きなフォームからサーブを繰り出す。
(関東から出たことも無い"井の中の蛙"じゃろが!!)
敵の3年生が返したレシーブが、ネットに引っかかって敵コートを転がっていく。
「ふん」
よし、もガッツポーズも無かった。
ただ淡々とそう息を吐いて、後ろを振り返りサーブ位置へと戻っていってボールを受け取り。
(あたし達は日本全国で最強言われとった奴らを倒してきた)
リズムを上げてサーブを打ち込む。
(何組も、何組も!)
それが、あたし達の自信。誇り。
だから分かる。自分たちがこんなところで負けるようなペアではないことも。相性を抜きにしたら、お前らなんぞに後れを取るような実力ではないことも―――
「ゲーム、那木・微風ペア。3-2」
またサービスエースを獲って、このゲームを終わらせる。
「っしゃあぁ!!」
そこで初めて、大きな声がお腹の底から出たのを感じた。
するとコートを囲んでいた黒永の応援団も、ようやく盛り上がり始める。
「那木先輩乗ってきたぁ!」
「全国を制した高速サーブ!!」
「いいぞぉ、さすがダブルス全国最強ペア!」
その声援と共に、黒永学院の校歌ショートverが応援団から聞こえてきた。
「遅いんじゃ、アホ! 最初からそんくらい声出せ!」
「応援団に怒ってどうすんの」
弥生に宥められながら、ベンチへと下がっていく。
エンドチェンジ―――なんとかこのゲームを落とさず終えることが出来た。
「銀華も乗ってきたし、私もそろそろ上げてかなきゃね」
スポーツドリンクのペットボトルを手にする弥生の目の奥に、輝きが見えたような気がする。
「向こうがコンビネーションでラリーしてくるんなら、こっちは私のスピードで拾ってやるよ。全部さ―――」
弥生がこんな風に対抗心を剥き出しにするのは珍しかったりする。
あたしのブレーキ役を買って出てるから、普段は常識人ぶろうとするのが弥生の性分なんだが、今日は・・・ううん、今は違う。
「やっぱ弥生、お前はそっちのキャラの方が良い」
「かもね。誰かさんがもうちょっと落ち着いてくれたらいつもこれでいけるのに」
「迷惑かけるのぉ」
「いいさ」
少しの休憩を挟んで、再びコートへ向かい始める。
今度は、弥生を先にして。
「銀華を制御できるのは私だけって今の立ち位置も、気持ち悪くはないから」
「いつもそうじゃった。弥生はあたしをリードして引っ張ってくれる」
「私に着いてきて、失敗したことなんてあった?」
二度、小さく首を横に振って。
「まあ平穏とは程遠い日常に放り込まれたけど、悪くない」
「でしょ?」
隣を歩く弥生の指先にちょこんと自分の指先を触れてみる。
こいつ本来の部分が、発揮できるようになってきた。
あたし達ダブルスの司令塔である弥生が、あたしを支配下に置いて試合を作れるようになれば、その時が完全にエンジンがかかった瞬間。
それが、あたし達、"全国優勝ペア"の調子を測るバロメーターのようなものなのだ。




