VS 黒永 ダブルス1 山雲・河内 対 那木・微風 2 "つばぜり合い"
◆
―――昔から、あたしのまわりはバカしか居なかった
幼稚園のお絵かきの時間、クレヨンをぐーで握りながらガリガリ画用紙に押し付けていると。
「なんで逆で絵ぇ描いてんの?」
「そーいや、箸もそっちで持ってるよな」
明らかに相手をバカにするような口調で、そんな事を言われた。
―――もちろん、自分を含めての話だ
この頃のあたしは、あまりに幼く、あまりにバカで、
「うえーん、銀華ちゃんがー」
あまりに短絡的だった。
売られた喧嘩を全部買って、自分も相手もボロボロになるまで取っ組み合いをしていたのだ。
「銀華ちゃん、ちょっとひどくない?」
「ふりょうだふりょう」
いつしかあたしにはそんな悪評が付き、まわりには誰も居なくなっていた。
当然だ。こんなすぐにキレては手をあげるような子と仲良くなってくれる人間は少なくなって当たり前。自業自得で全部あたしが悪い。
今、考えればそんなことすぐに分かる。
だけど。
それを幼稚園児に全部理解しろと言うのは無理な話だった。
親が共働きなこともあり―――この頃のあたしは、ただ寂しかった。1人が寂しくて、辛くて、悲しくて、ただ愛に飢えていたんだ。
丁度、その時だ。
「銀華!」
幼稚園の砂場の端っこで、ぽつんと何をするでもなく座り込んでいたあたしに。
「私のともだちになれ!!」
弥生が、そう命令してきたのは―――
◆
2本目。
サービスエースが決まったのが分かった。
(調子は悪くない。問題はコントロールじゃ)
今の2球は上手く決まった。
だが、敵のレベルは熟知している。
(次には返してくる)
3本目―――敵のレシーバーは1本目でこのスピードを見ているのだ。
そう易々とポイントを重ねられるほどヤワな相手なら、あたし達は二度もこいつらに負けちゃいない。
(返せるもんなら返してみぃ)
トスを上げ、左手を思い切り前に押し出す感覚。
(そっからが勝負の始まりじゃ!!)
サーブを掠らせもせず決めることがあたしの追い求めるテニスじゃない。
これはあくまで勝つための武器の1つに過ぎないのだ。
敵の"大人しい方"はサーブを返して来た。
しかし、弾道が低い。これなら―――
「弥生ぃ!」
思い切り、彼女の名前を呼ぶ。
―――弥生がその低い弾道のレシーブを、ネット際で直に相手コートへと打ち返す
ボールは敵前衛後衛の間をナナメに抜くようにがら空きのクロスへ突き刺さった。
「名前呼ばなくても分かってるっつーの」
弥生は少し不機嫌そうにラケットを肩に担ぐ。
「ねえ、アンタら腕落ちたんじゃないの?」
そして敵の前衛、あのクソ生意気な後輩の方に向かってそう言った。
(アホ。余計なこと言うな。このまま負けてくれるんなら・・・!)
万々歳じゃろが。
4本目のサーブを放った時、少し今までと違った感覚がした。上手く芯に当たらなかったと言うか。
これは返されると思ったのだ。
しかし。
敵のレシーブが弥生の頭上を越え、テニスコートの隅も隅を掠めた時には、今目の前で起きたことを整理するのに少しの時間がかかった。
(あの2年・・・!)
敵後衛で息を大きく吐いて、ハイタッチを交わしながら前衛へと上がっていく女を見る。
(どんなパワーしとんじゃ)
あたしのサーブに合わせただけじゃない。
あれだけのスピードボールを完璧にコースに決めてきた。
確かに、少し雰囲気が違ったのは認めよう。あの2年が両手でラケットを持って低い位置で構えた時、何か嫌な予感はした。だが―――
(自慢のサーブを完璧に返されるんは、ムカつく!)
しまった、とそこで思った。
邪念が入った。
しかも不運なことにそのサーブがフォルトにならず、サービスコートに入ってしまう。
当然レシーブされ、目の前に来たそれをまた相手コートへ返す。
(やられた!)
その時には既にそう思っていた。
ラリー戦は、敵の十八番。完璧なコンビネーションで向かってくる、あいつらの最も得意とする戦術パターンだ。そこにすこーん、と入ってしまったと思った。
最後はあの1年のスマッシュがあたしの横を抜けていく。
「40-30」
くっ、と思ったが口には出さず舌打ちだけにとどめておいた。
「銀華。イライラしたら向こうの思う壺だよ」
「わかっとる」
ボールを手渡された時、弥生とそんな言葉を交わして大きく息を吐いた。
そうだ。少し、ペースをかき乱されたくらいでなんだ。あたしはスピードサーブを決める。そうすれば弥生が動きやすくなる。あたし達ダブルスに求められているのはそういうことだ。
1人で何もかもやる必要もないし、やらないわけにもいかない。敵が強いならばなおさらの事。
(あたしらは、2人で1つのペアじゃ!)
サーブが今度は上手く決まる。
それでもあの2年は打ち返してくるから、それをクロスに打ち返す。
今度は2年がそれをまたクロスに―――これが続けばさっきみたいに点を取られる。ここでやられたらデュースになる。あたしのサービスゲームで、それだけは避けたい。
(食らえ!)
ゆるいショットを打ち上げた。
目標は前衛と後衛の間―――しかしそれを向こうは完璧に示し合わせたように後衛が強打してくる。前衛の3年生の方はしゃがんでいるのだ。信じられないことに、これを掛け声なしでやってくる。
(思っとることが頭の中で聞こえとるんか!)
それを多少隙の出た正面に返すが、それも後衛―――2年の方に拾われ、それが逆方向に飛んでいく。
「しまっ・・・!」
今、そっちは無人―――
「でりゃあ!!」
しかし。
弥生が横っ飛びになってその長いストロークに食らいついた。
敵の前衛3年生も反応できないほどの速いショットが抜けていき。
「ゲーム、那木・微風ペア。1-0」
あたし達は、なんとかこのゲームをキープすることに成功する。
「アホ銀華!」
審判のコールが終わった後、開口一番、弥生にそう言われた。
「私のこと、一瞬見えてなかったでしょ?」
「う。ま、まあ一瞬の間だけ・・・」
「アンタの視界にはずーっと私が居なきゃダメなの!」
弥生は試合中にこんな風に怒鳴るような性格はしていない。
それでも彼女が敢えて怒っているのは、敵の強大さ故か。それとも。
「銀華は私だけ見てればいいんだから!!」
単に、こいつもこいつでムカついているだけなのか。ちょっと判断が出来なかった。
でも今助けられたのはあたしの方。後者の可能性の方には少し目を瞑ろう。
「・・・すまん。あたしのサービスゲーム、落としかけた。助かったわ」
「いいよ。私も今のでスイッチ入った。あいつら、やっぱメチャクチャ強いよ。ナメて減らず口叩いてる場合じゃなかったね」
さっき、あの2年に言ったことを思い出しているのだろう。
あのプレーから流れが変わりかけた。
弥生がよく言っている、フラグというのを立ててしまった形になったのだ。
「あんなちょっとしたことでも慢心に繋がるんだ。目先の1点や1ゲーム取って気持ちよくなっていい相手じゃないね」
改めて、そう確信できた1ゲーム目だった。
強すぎる相手との1点さえ与えられる隙の無い試合。
―――こんなもん、全国に何回行ってもそう味わえるものじゃない
あたし達は知っている。
全国も。その頂点に立った瞬間―――そして、その後に見えてきた『景色』のことも。




