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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
179/385

クロとシロ

 決勝戦は準決勝までとは違い、ダブルス2試合を先ず同時に行う。シングルスは3試合とも、その後に1試合ずつ行うのだ。

 優勝の瞬間を明確にするための配慮らしいが、監督としての立場では"捉え方"が異なる。


 同時に行われるのが2試合だけならば、ダブルス2か1、どちらか1試合以外はコートの中で試合を見ることが出来るのだ。

 そして、私がコート内で見るのを選んだ試合は・・・ダブルス2。


(那木さんと微風さんなら2人で試合メイキングまで出来る。でも、この子たちでは多分無理でしょう)


 軽い準備運動レベルのラリーを行っている、2年生2人に目を遣る。

 実戦にも慣れていない、初ペアというわけではないがいつも組ませているペアでもない彼女たちを目の前で見ておきたいと言うのは当然のこと。

 そして、何より―――


(あなたもこっちを見に来ると思ってたわよ、シノ)


 コートを挟んで向こう側のベンチに座っている女性を上から見下ろすように見る。


「ふふっ」


 思わず笑いが出てしまった。

 お互い、考えることは同じだということ。

 ダブルス1を信頼しているから、こちらを見に来た。そうでしょう?


(何よりこの決勝の大舞台に1年生をぶつけてきた)


 心配じゃないわけがない。

 いくら度胸が据わっていると言っても1年生は1年生。経験の無さはそう簡単に埋められるものではない。逐一状態を確認して、アドバイスを送れるようにしておきたい―――

 シノ、あなたならそう考えるはず。


(やっぱり、こうなるのね。私たちは)


 同門の弟子、と言えば聞こえはいいだろうか。

 (せんせい)の下、切磋琢磨しあったライバル。


 あの時から私とあなたはいつも意見が衝突して、素直にお互いを認め合うことが出来なかった。

 それは将来、歩むことになる道の違いの証明でもあったのだろうけれど―――


(私は特殊な家系・・・黒永学院(いえ)を継ぐため、テニスは高校までと割り切ってやっていた。シノ、あなたはそんなどこか打算的な私を許せなかったんでしょうね)


 だって、あなたはどこまでもテニスに本気だったから。

 だからあなたが現役を諦めて若いうちから指導者になった時には、相当驚いたのよ。


 でも、不思議。

 現役を退いたところで、関係ない。

 やっぱり私とシノはどうやっても戦う・・・潰し合う運命に巡り会ってしまうのね。


(育成方針も、指導方法も全然違う私たち。それでも、都の頂点を競う舞台でまみえるこの数奇な運命―――)


 やり方は違っても、私もあなたも間違っていない。

 間違っていないから、決勝(ここ)まで残れた。


(間違っていないから―――どちらかが潰れるまで戦わなきゃならないの)


 監督という現場指揮官の立場にある私たちが、"正しい"と証明できる唯一の方法。


 それは勝つこと。

 勝って、『結果』を残すこと。


 ただその一点のみである。


(勝てば"すべて"が『シロ』になる。勝利にはそれほどの強い効力があるの。逆に負ければ"すべて"が『クロ』。敗北という負債を背負わされた者がどうなるか)


 シノにはよく分かる話でしょう?

 だってこの3年間、私はずっと『シロ』で、あなたはずっと『クロ』だったものね。





 ぎゅうっ。

 自分より一回り、二回り小さな先輩を抱きしめる。


 『愛情と信頼のハグ』

 そう名付けたこのルーティーンを、いつも通りこなして。


「いきましょう!!」

「はい!」


 わたし達は応援団の拍手に背中を押されながら金網フェンスをくぐる。

 フェンスの手前には仁科先輩と熊原先輩が居て。


「頑張って」

「いってらっしゃい」


 と、力強くわたし達を送り出してくれた。

 わたしもこのみ先輩も、それに無言でうなずく―――そして。


『わあああぁぁ』


 コート(そのばしょ)に、降り立った。


「すごい声援」

「ちょっとビビッちまいますね、こりゃあ」


 準決勝までとは段違いのその大きさと、ここから見える観衆の量に、思わずそう零してしまった。

 フェンス際にはずらっと白桜と黒永の応援団。それにぱらぱらと一般の観客らしき人達の姿も見える。そして何より驚いたのが。


(カメラッ・・・!)


 雑誌社、新聞社だけじゃない。

 テレビカメラがあったのにはさすがに驚いた。


「決勝って、ぜんっぜん雰囲気違いますね」


 そんな風に戦々恐々としてると。


「藍原」


 このみ先輩が、わたしの右手をぎゅっと握りながら。


「いきますよ」


 少し顎を引き、それでもまっすぐ前を見据え、手を引っ張って行ってくれた。

 その視線の先にあるのは―――黒永学院のダブルスペア。


「ちょっと気圧されるなのです、この人の量」

「逃げたいんなら逃げれば?」

「誰に向かって言ってんのか分かってる?」


 言って、ぐるると唸りながら2人でにらみ合いを始める。


(この人達・・・)


 敵ながら。


(仲悪そう)


 と、率直に言えばそう思えた。

 こんなんでダブルスとか大丈夫かな、とか、大きなお世話であろうことを考えちゃったり。


「礼」

「「よろしくお願いします」」


 いつものように頭を下げて、握手。

 わたしが握手した方の選手をちらっと見上げると。


「・・・!」


 吸い込まれそうなほど真っ直ぐな目をしていた。

 深く、黒いその瞳の先にはわたしの姿が映っていて、自分で自分を見つめてるような不思議な感覚に陥る。


(今まで戦ってきた、誰とも違う・・・!)


 そんな事を頭の中で直感した。

 根拠なんてない。パッと頭でそう感じたから、そう思っただけ。


 少しぼうっとしてしまった後、ぶんぶんと頭を振って気持ちをリセットする。


(ダメだダメだ、集中!)


 このみ先輩の方を見ると、丁度サーブ権決めのじゃんけんをしているところだった。

 先輩がグー、相手がチョキ。


「サーブ権獲ってきましたよ」

「相変わらずじゃんけんは負け知らずですね」

「うるせー。これも長所の1つですよ」


 でも、それも間違ってないと思った。

 だってこれで、この試合もわたしのサーブから試合を始められる。


 先輩に言われたこと、今も忘れたことは一時(ひととき)だってない。

 『お前のサーブは私たちペアの大きな武器だ』って。


「ほい」


 そして、先輩からボールを右手に乗せられ。


「今日も頼みましたよ」


 と、胸の少し上あたりをグーで小突かれた。


「っ、はい!」


 だから、わたしもいつも通りそう宣言する。

 そして。


「応援団のみなさん、今日もよろしくお願いします!!」


 後ろに陣取っている、白桜応援団に向かって頭を下げた。

 これも、いつも通り。


「いけー、藍原ー!」

「今日も見せて鬼サーブ!」

「いつも通りッスよ、いつもどーり!!」


 おお、今日は声が出てるね万理。

 いつもより音量を2つくらい上げている友達の声に、安心しながら。


「・・・!」


 サーブ位置に立つ。


「ふう」


 深呼吸をして、ボールを2度、コートにバウンドさせてる間にも。


「くーろながー! くーろながー!」

「月下! 月下! 月下!」

「1点ずつ入れてこー」


 準決勝までには聞こえてこなかった大きさの声援がコート脇から聞こえてきて。


(やっぱり、今までとは違う・・・!)


 と再認識する。

 相手、環境、そして。


 上を見上げれば―――


(もう、いつ降ってくるか分からない)


 黒く、厚く、空すべてを支配する雨雲。

 風の温度も冷たくなり始めている。

 降ってきたら、試合にどんな影響を与えるのか? 経験が無いものだから、想像がつかない。


(でも、わたしのやることは変わらない―!)


 サーブを1本ずつ、相手コートに叩き込む!

 それだけだ。


 前を見て、このみ先輩のサインを確認する。

 この決勝の観衆用に、サインを今までの単純なものから少し難しいものに改良した。

 でも、ちゃんと覚えてる。

 忘れるわけがない。テニスに関する事なら。


(1球目は―――)


 このみ先輩が出してくれた、最初の指令(サイン)は。

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