都大会 決勝戦 『白桜女子中等部 対 黒永学院』
ダブルス2
菊池(3年)、藍原(1年) - 月下(2年)、日下生(2年)
ダブルス1
山雲(3年)、河内(2年) - 那木(3年)、微風(3年)
シングルス3
水鳥文香(1年) - 三ノ宮未希(3年)
シングルス2
新倉燐(2年) - 穂高美憂(3年)
シングルス1
久我まりか(3年) - 綾野五十鈴(3年)
「両チームともほぼベストオーダーを組んできましたね」
「逃げや奇策一切なし、真正面から力をぶつけ合うオーダーとでも言うべきかしら」
オーダー表を確認する上司に、カメラの三脚の位置固定をしながら話しかける。
「でも、ここで黒永が吉岡選手を外してきたのは・・・」
「ええ、少し驚いたわね」
それに気付いた、テニス場に押し掛けた大勢の観客がひそひそと騒ぎ立てるようにそのことを口にしているのが私の耳にも入ってきている。
「怪我?」「決勝で吉岡を外すなんてそれ以外考えられない」「準決勝は普通に出てたもんね」などなど。黒永の中心選手で、精神的にも頼れるお姉さんとして信頼されている彼女をここであえて外す意味を考えてみても、しっくりくる答えは出てこない。
「ホントのところは分からないけれど、さっきの吉岡さんを見る限り、怪我って感じはしなかったのよね」
「普通に歩いてましたしね」
少なくとも、脚の怪我ではないことだけは確かだ。
(相手を選ばないユーティリティタイプのダブルスプレイヤー、その彼女をここで外していた"意図"があるとしたら・・・)
ダブルス2に名を連ねている2人は2年生で大会登録メンバーになっているただ2人の2年生だ。
もしかしたら。
(黒中さんは、この先の関東大会以降の戦いを見据えて、あの2人のペアに可能性を見出そうとしてるのかも)
ただの推測にすぎないけれど、そう考えれば納得がいく。
その舞台に都大会の決勝戦を充てるというのは賛否があるだろうけど、黒永は全国準優勝の春から、更に成績を伸ばそうとしているチームだ。それくらいの向上心が無ければ、チームはまわっていかない。
(全国を制そうとしているチームが、現状維持の一手を打つとは思えない)
どれだけ勝利を積んでも、結果を残し続けても、上を向かず現状維持を選ぶチームなどありはしない。
黒永がもし、ダブルス2にも決定的なペアを送り出して来られる状態にあるとしたら―――
もはや、手の付けようがないチームにまで成長したと言う証なのだろう。
◆
「全国大会へ向けて、ここが天王山だ」
部長を中心に、レギュラーの選手が集まり輪を作る。
「敵は中学テニス界でも最強レベルの学校、私たちにとっては因縁の相手」
その言葉を、わたしは目を瞑りながら聞いた。
「だけど、私たちの目標を思い出して欲しい」
この1週間、ううん。
この部に入った時からずっと。
「それは、全国制覇―――すべてのチームの頂点に立つこと」
それを目標にしてやってきた。
「だったら敵がどこだろうと、どれだけの強さだろうと、勝たない道理はない!」
すっと目を開ける。
レギュラーメンバーみんなの顔が、輪のまん真ん中に集められた自らの手の甲に向けられていた。
それを見る顔はどれも―――
「全国制覇の為に全てのチームに勝つ! いちばん強いのは、白桜だ!!」
―――すがすがしく
―――目の前の戦いに向けられた闘志で、燃えていた
「白桜ぉー!!」
部長のその掛け声に、
「「ファイッ!」」
お腹から声を出して。
「「おおーーー!!」」
左腕を天に向けて掲げた。
白桜は強い、白桜は負けない。
ここまで一歩一歩、着実に自分たちの足で歩んできたからこそ言い切れる。
―――優勝するのは、わたし達だ!
その、タイミングで。
「あの!」
お開きになる瞬間に、わたしは挙手をしてこの輪の中に居る全員の視線を集める。
「ちょっと、わたしに時間をいただけませんか? あ、30秒・・・20秒で終わりますんで、ホントに!」
解散しかけていた先輩たちにも少しだけその場に居てもらって。
こほん、と1つ間を置いて話し出す。
「わたし、このチームで全国へ行きたいです」
それは―――
「田舎から出てきて何も分からなかったわたしを、ここまで導いてくれた監督、コーチ、先輩方、一緒にやってきた仲間たち・・・このみんなで」
今日、大きな区切りを迎えるこの白桜への。
「わたし、」
心からの。
「このチームが好きだから」
"感謝"の気持ち―――
「そ、それだけ・・・です。すみませんお時間いただいて」
これはわたしのわがままだ。
でも、どうしても言わずにはいられなかった。
決戦に赴くその前に、この気持ちを、みんなに知ってもらいたかったんだ。
「藍原ちゃん」
最初に言葉をくれたのは。
「それは私たち、みんな一緒だよ」
やっぱり、部長だった。
「うん。そうだよね、まりか」
それに副部長―――咲来先輩が続き。
「つか、なにここで終わりみたいな感じ出してんの? 今日の試合が終わっても関東大会あんだからね?」
いつものように瑞稀先輩がその言葉に乗っかる。
彼女達に共通していたのは―――
「わ、わたしがこんなこと言ったら」
どれも、真剣で真っ直ぐな言葉だったということ。
「笑われると思ってました・・・」
逆に失礼にあたるかもしれないけれど、最悪の想定の中にそれはあった。
笑われると言うか、一蹴される可能性。本気の言葉として受け取ってもらえないというパターンだ。
そう。
わたしが白桜に来ていた当初、"エースになって全国へ行く"と言っていた時の反応みたいに―――
「笑わないよ」
それを否定してくれたのが。
「笑わない。貴女がここまで真剣にやってきた姿を、みんな見てきたから」
他の誰でもない、燐先輩だったことが―――
「全国へ行くというのは"チームとして"の目標でもある」
「それを笑うようなことをする子は、このチームには居ませんよ」
そして、監督とコーチがそうやって言ってくれたことが―――
やばい。
一瞬、泣きそうになった。
ぐっとこらえて。
「わたしからは以上でございます! ご清聴、ありがとうございました!」
元気に、そう言って上を見上げた。
―――ああ本当に
こういう風に上を見上げることって、あるんだな。




