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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
177/385

激突・東京2強!

 その日は金曜日から愚図ついている天気が未だ続き、厚くて黒い曇天が空を支配していた。


(昨日は夕方くらいから晴れてたのになぁ)


 今日は快晴・・・とは言わないでも、薄曇りの気持ちいい天気でやれると思ってたのに。


 そんな希望とは裏腹に如何にも雨が降ってきそうな色の空ではあるけれど、頬を吹き抜ける風が涼しくないところから"まだ"雨は降らないのだろう。

 大会側もそう判断したのか、試合は予定通りの時間で行われることになった。


「・・・」


 わたしはと言うと、妙に朝早く目が覚めて、軽い運動をした後―――

 言葉に出来ないような緊張感が身体を駆け巡って、どうしたらいいのか分からないでいた。


 昨日の夜、監督室にこのみ先輩と2人で呼び出され、言われたことを思い出す。


『明日はお前たちでいく』


 たった、その一言だけ。

 それでもこの上なく重い言葉だった。


(選ばれたんだ、わたし達が・・・!)


 準決勝での戦いぶりを見たら、熊原先輩と仁科先輩のペアでいく線も勿論あっただろう。

 先輩たちもこの1週間、そのつもりで練習していたのをわたし達は間近で見ている。

 それでも。


 ―――この都大会決勝戦のスタメンに、わたし達は選ばれた


 その重さを考えると、いつも通りに・・・というわけにはいかなかった。


「藍原、おはようさんです」

「あ、おはようございます、このみ先輩」


 先輩と今日最初に顔を合わせたのは食堂の前の廊下でのこと。

 いつも通り、軽い感じで挨拶してくれたこのみ先輩の言葉に、ちょっとどうやって返したらいいか分からず、変な間で返答してしまったせいだろう。


「ばーか、今更なにビビってんですか」


 このみ先輩はそう言って、ぽんとわたしの背中に手を遣ると。


「頼みますよ、相棒」


 言って、背中を押してくれた先輩の。

 『相棒』って言葉がどうしようもなく嬉しくて。


「はいっ・・・!!」


 わたしは眠気なんか吹き飛んで、いつもより多く朝ごはんを食べてしまったのだ。





 テニス部用の送迎バスに乗り、都大会の会場になっているテニスコート場に降り立つ。


「ここに来るのも、今日が最後か・・・」


 そう思うとどこか寂しいものがあった。


 長かった都大会も、今日で終わり。

 泣いても笑っても・・・なんてありきたりな表現になるけど、本当にこれが最後なんだ。

 都大会、最後の試合に自分が立つことになるなんて。


(不思議な気分だな)


 はたと胸に手を置くと、トクン・・・と小さく鼓動が高鳴っているのが分かる。

 緊張から来る高揚。それだけじゃない。

 わたしは―――


(きっと、楽しみなんだ)


 あの場所へ行くのが。あのコートに、先輩と立つのが。


「よし、みんな移動するよ」


 応援団や2軍の選手は先に会場へ出発してもう既にこの場には居ない。

 居るのは大会登録メンバー10人を中心とした、1軍の選手のみ。


「藍原有紀!」

「は、はいっ」


 急に後ろから呼びつけられ、反射的に背筋を伸ばしてしまう。

 振り向いた先に居たのは。


「・・・負けたら承知しませんわよ!」


 そんな風にこちらを指差す背の低いポニテの女の子と。


「頑張ってね、藍原さん。このみも」


 とても身長の高い、だけどどこまでも優しそうな目をしたお姉さんだった。


「・・・はい!」


 わたしは、選ばれなかったこの人たちの想いも、背負うんだ。


 試合に出たくなかったはずがない、自分で優勝を決めたかったはずがないのに。

 最後はこうやって、応援してくれる。


「あとは任せとけ、です」


 やっぱり、白桜ってチームは最高なんだ!


 部長の後に続いて、テニスコート場を歩いていく。

 決勝戦とあって、それなりの人数の観客が居るようだ。少なくとも準決勝までとは人の混み方が全然違う。

 その観客の人達はわたし達の方を見ると、口々に―――


「あの白いユニフォーム・・・」

「「白桜だー!」」

『きゃーっ』


 黄色い声援を、向けてくれたのだ。


(うわ、すごい・・・!)


 今、この道に居るほとんどの人たちが、わたし達の方を見ている。

 それもただ見ているだけじゃない。羨望や喝采、プラスの感情を以って、わたし達に声援を送ってくれているんだ。

 その中に、自分(わたし)が居ると思うと。


(ッ!!)


 ゾクゾクッとしたものが、身体中を駆け巡ったのが分かった。


「まりかー、頼んだよー!」

「今年こそ黒永倒して優勝だ!」

「綾野を倒せるのは久我さんだけだよー!!」


 部長は慣れた様子で沿道の声に微笑みながら手を振る。


(やっぱり、部長はすごい)


 こういう対応も手慣れた感じがする。

 きっと、今までずっとこうやってわたし達の1番前に立ってチームを引っ張ってくれてたんだろうな。


「新倉さーん」

「文香ちゃん、がんばってー」

「咲来せんぱーい!」


 うう、やっぱりレギュラークラスの先輩はすごいな・・・。

 でも文香への声援も凄いし! やっぱり一目置かれてるんだ。そりゃそうだよね、今や押しも押されぬ白桜のレギュラー選手・・・。


 その時だった。


「藍原さーん!」

「有紀ちゃん頑張れー!」

「今日も見せてよ必殺サーブ」


 "わたしのターン"が、始まったのは。


「―――」


 なんだろう、この気持ちをなんて言ったらいいんだろう。


「任せたよ白桜の元気印!」

「今日も吼えてー」

「藍原さんかっこいい!」


 カッコいい・・・!?

 言われた瞬間、今まで考えていたことすべてが吹っ飛んで。


「~~~!!」


 全身の血が沸騰するほど、身体が熱くなったのを感じた。

 わたしには部長みたいに微笑んで手を振る余裕なんてまったくなく。

 ただ黙って下を向くことしか出来なかったけど。


 この人達の期待だけは、絶対に裏切れない―――

 そんな気持ちが胸に去来したのことだけは、間違いようが無かった。


 そこで。


 ふと、歩みが止まる。

 前を歩いていた咲来先輩の足が止まったのだ。よくよく見れば、その前の部長が止まっている。

 何事かと前を向くと―――


「やあ」


 そこに居たのは。


「とうとう決着をつける日がきたね、まりちゃん」


 黒の軍団、黒永学院。

 その先頭に立つ2人のうちの1人、クリーム色の髪の毛をした彼女は、淡々とそう口にした。


「あの日の言葉を実行するときが来た。今年の白桜(ウチ)は、今までで1番強い」

「へえ」

「今日、勝って。それを証明する!」


 対する部長も、一歩も引かない。

 この観衆が居る中で、高らかにそう宣言する。


「この大馬鹿モンが。弱い犬ほどよく吠えるとはよぉ言うたもんじゃ」


 すると黒永側に居た銀色の髪をした人が、部長の言葉を一蹴するように笑い飛ばす。


「なにー? 喧嘩? 抗争(こーそー)やっちゃいますか? やっちゃう感じなの?」

「未希ちゃん、今は黙っておこうよ。雰囲気的に・・・」


 そしてレギュラー格の3年生が次々に言葉を出してきた。

 どの人も、資料用の映像で散々見た顔ばかりだ。


「私たちは全国制覇を目標としている。"こんなところ"で(つまず)くわけにはいかんな」


 最後に、1番前に居る2人の黒髪の方―――この軍団をまとめる部長の穂高さんが、小さく呟く。


「そういうこと。まりちゃん」


 綾野さんは口角を上げると。


「私と戦う前に試合が終わっちゃわないように、気を付けてね☆」


 ウィンクをしながら、部長の肩に手を置いた。


黒永(ウチ)は強いよ?」


 その小さく囁くような声が、白桜の選手全体に響き渡った。

 少なくとも、わたしには今の声が大声でがつんと言われたような感覚がしたのだ。


(あの人は―――)


 綾野五十鈴、白桜の天敵。

 今まではそんなの半信半疑で、良い人だって思ってたけど。


(強敵だ)


 今の様子、言葉、表情。

 それを見て悟った。


 先輩たちが一体この3年間、何に行く手を阻まれてきたのかを。何と、戦ってきたのかを―――

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