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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
175/385

二度目の敗北

「風花」


 コートから外へ出ると。


「ありがとう!」


 まず一番に、響希ちゃんが飛びついてきて、思いっきりハグしてくれる。

 その温かさに安心したのか―――


「よかった・・・」


 右目から一筋、温かいものが流れ出た。


「私、これだけ期待されて、信頼されて・・・」


 それは試合中ずっと張っていた緊張の糸が、プツンと音を立てて切れたのが明確に分かったようで。


「あれだけみんなに大きなこと言っておいて、また失敗したらどうしようって、もう合わせる顔がないって、そう思ってたから・・・。本当によかった・・・!!」


 次々とその雫があふれ出てきては零れていく。

 でも。

 それでも、もういいんだ。


「うん、うん・・・!」


 試合は終わった。私は勝ったんだ。

 そして今、大好きな恋人が私のことを抱きしめてその想いを受け止めてくれている。


 その事実だけで、今はもう十分だ。

 あとの事は、また後で考えることにしよう―――

 今はこの達成感を、嬉しさを、愛しさを。噛み締めていよう。





 目の前の光景が、未だに信じられない。


(負けた、のか・・・?)


 試合終了の握手が終わった瞬間、その場で崩れ落ちてしまった梶本。

 そして、周りで大泣きしている部員たち。

 その姿を見ても―――


 実感が、湧かなかった。


「みんな、整列だ。行こう・・・」


 そう言うものの、まったく感情が籠っていないのが自分でもわかった。

 私はただ淡々と、その場でやらなければならないことを、こなそうとしていたのかもしれない。


 部長として―――


「3勝2敗で、初瀬田中学の勝利」

「ありがとうございました!」


 嬉しさを爆発させる初瀬田の選手たちと。


「ありがとうございました・・・」


 ほとんど、私しか声を出していなかった緑ヶ原のメンバー。


(ウソだ)


 互いが互いを支え合うようにようやく立ち上がっている切と榛。

 本多に肩を担がれてもまともに歩くこともできない梶本。


(まだ、明日からも練習・・・するんだろ?)


 3年間、1日たりとも欠かさなかった練習を、明日からも当然続けるんだ。

 だってここで終わりなんて、そんなの。

 信じられるわけがない。


 金網フェンスをくぐってコートを出ても、まだその思いが頭を支配していた。


(引退、なんて―――)


 するわけが―――


「部長・・・」


 目の前にあったのはよろけながら、それでも必死に頭を下げている、

 雛の姿だった。


「ずみま゛せんでしだっ・・・あたし、折角レギュラーに選んでもらったのにっ」


 自身も大泣きしながら、彼女は。


「先輩たちにあん゛な゛に良くじてもらったのにっ・・・」


 私に向かって、必死に。


「最後の最後で、何もでぎまぜんでじたッ・・・!」


 ―――謝っていた


「足引っ張って、役に立たなくて、あたしっ・・・、先輩たちの夏をっ」


 なんで。


「終わらせてじまいましだっ!」


 なんで、そんなに。


「ごめんな゛さい・・・!」


 君が、謝る事があるんだ。


「違う」


 必死に頑張った後輩に、何を泣かせて謝らせてるんだ。


「雛は悪くない。悪くないよ」


 悪いのは、力及ばなかったのは―――


「君のせいじゃ、ない・・・」


 ―――私たち(さんねんせい)の責任じゃないか


 気づくと私は、泣き崩れる雛の身体を支えるように、彼女を抱きしめていた。

 そしてその瞬間。


「ぐうっ・・・!!」


 堰を切ったかのように―――


「あ゛あ、あああぁぁ」


 涙が溢れてきて、止まらなくなっていた。


「ワタシのせいだ・・・。ワタシが、先輩たちの3年間を、ムチャクチャにしちゃった」


 最後に聞こえてきたのは、うわ言のようにそう繰り返す、"姫"の声。

 そこから先はもう、なに一つとして覚えていることはない。





「これが結束したチームの強さ・・・」


 肌で感じる、感じた。

 『絆』で結びついた子たちが見せた土壇場での"強さ"を。


「選手の引退がかかった夏の大会ではこういうことがたびたび起きる。『個』の力では確実に勝っていた緑ヶ原を負かすだけの『全』の力を持った初瀬田のすごさ、分かったでしょ?」


 上司は首だけこちらを振り向きながら、私に言葉を投げかける。

 当の私はと言えば、今起こったことの余韻を噛み締めながら、まだ誰も居なくなったテニスコートに向かってシャッターを切っていた。

 特に意味なんて無い写真なのだろう。

 それでも、この奇跡が起こった場所を、撮っておきたい。残しておきたい。

 その気持ちがあまりにも出すぎていて―――


「初瀬田のダブルス1、松本・折鶴ペアは準決勝の那木・微風ペア戦に続いて、2試合連続の大金星ですよね。最上さんのペアを負かすなんて・・・」


 この初瀬田というチームを都大会3位、関東大会出場にまで導いた影のMVPは間違いなくあの2人だろう。


「決して派手なプレーや技がある選手じゃない。でも、名のある選手たちを負かす堅実な技術、途方もない下地・基礎の徹底・・・地味なことを積み重ね上げた末の勝利。それに、そういう強い相手を負かしたことで確実に成長したでしょうね、あの2人は」

「そして何より、鏡藤選手の鬼神じみた強さ」


 この試合の全てはそこに帰結する。


「ありゃマジもんですよ。今日の強さなら、綾野さんや久我さんにも勝てたかもしれない」

「先週の黒永戦の敗戦を無駄にしなかったわね。あの子は・・・」


 1週間前、嫌ほど思い知ったはずだ。

 あとひとつ勝つことの大変さを。1ポイント、1ゲーム、1勝の重さを。

 それを彼女・・・ひいては初瀬田の選手たちは、無駄にしなかった。


「勿論、緑ヶ原も白桜戦での敗戦でいろいろ考えたんでしょうけど」


 最後は一切の迷いが無かった初瀬田が、勝利を掴み取った。


「テニスの団体戦が単純な力のぶつかりあい×5なら、緑ヶ原が負けることは無かった」


 センス、才能、実力・・・それが高い方が勝つのなら、緑ヶ原が負ける道理は無い試合だった。

 タレント集団であり、個の実力がある彼女達がこんなところで負けるわけがない。

 でも。


(そうじゃない)


 初瀬田の結集した『全』の力。


「チーム全員が鏡藤さんまで回せばなんとかなる、鏡藤さんに回すんだって、一丸になってましたもんね。ありゃ崩すの難しかったと思いますよ」


 全幅の信頼を寄せていた、チームの全てを背負っていた、その覚悟をとっくに決めていた―――絶対的な『エース』の存在感―――


 それが、『個』の力では劣る初瀬田を一つにした。この試合最大の勝因。


「そう言えば初瀬田のシングルス2、新倉雛選手を倒した選手・・・黒永戦というか、それ以前にも一度も試合に出てなかったですよね」

「ええ。言ってみれば初瀬田の秘密兵器的存在だったんでしょう」


 あの子の力はすごかった。

 緑ヶ原のエースとさえ言われていた新倉雛選手を圧倒―――あの実力は、間違いなく本物だった。

 どうして今まで試合に出てなかったのかは分からないが・・・。


「怪我か、不調か。どちらにしろ」

「使えると分かった以上、関東大会では鏡藤さんの前を任されるようになるでしょうね」


 もはや初瀬田は、鏡藤さんのワンマンチームではない。

 そのことがこの3位決定戦で十分知れ渡ることになっただろう。


「この都大会という大舞台で名を挙げ成長した初瀬田というチーム、手が付けられなくなってきた鏡藤風花選手の強さ・・・関東大会が楽しみですね」

「ええ。それに」


 上司はふと、未だ曇天が支配し、本来なら挿すはずの西日が見えない空を見上げ。


「この都大会最後の試合が、明日には控えている―――」


 激戦の幕開けを、そんな風に少しだけ予見していた。





 初瀬田中学、都大会3位決定戦に勝利―――3位確定。関東大会への出場権獲得。


 緑ヶ原中学―――

 東京都2強に挑んだ夏―――都大会敗退。



『東京都大会3位決定戦・結果』


ダブルス2 ○小嶺切(3年)・榛(3年)ペア 7 - 5 樋口(3年)・金澤(3年)ペア●

ダブルス1 ●最上(3年)・楠木(1年)ペア 6 - 7 松本(3年)・折鶴(3年)ペア○

シングルス3 ○神宮寺珠姫(2年) 6 - 1 星田菜緒(2年)●

シングルス2 ●新倉雛(1年) 4 - 6 鵜飼由夢(2年)○

シングルス1 ●梶本畔(2年) 0 - 6 鏡藤風花(3年)○


●緑ヶ原中学 2 - 3 初瀬田中学○

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