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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
173/385

都大会 3位決定戦 『緑ヶ原中学 対 初瀬田中学』

 ある夏の日の週末、土曜日。

 金曜日から始まった天候不良が続くこの日は朝から今にも雨が降って来そうな濃い色の雲が空いっぱいに広がり、どこか重苦しい空気が試合会場のテニスコートを支配していた。

 そんな曇天の中、コート脇で私は部員全員を集め、レギュラー選手を中心に輪を作る。


「いいか、()えて言おう。この試合に負けたら、私たち3年生は引退だ」


 部員達の顔を見渡しながら、ゆっくり話し出す。


 この1週間、もう一度自分たちを見つめ直した。今まで作戦を一任していた"姫"の言うことに、みんなで意見したこともあった。

 私達はようやく、真の意味で"1つのチーム"になれたんだ。


 ―――そのチームを、ここで終わらせるにはあまりに惜しい


「緑ヶ原はこんなところで負けていいチームじゃない。絶対に関東大会へ行くぞ!!」

「「はい!」」


 ―――まだまだ伸びていくこのチームを、私はもっと見てみたい

 ―――この先にある景色を、みんなで


「緑ヶ原ァー!」

「「おおー!!」」


 声もよく出ている。

 部員たちの士気も高い。

 "他の誰か"ではなく、いま目の前に居る、"初瀬田"を倒すことに対して全力に。


 部長らしいことなんて出来なかった私が、こうしてチームを全力で引っ張れるようになった。

 本当ならもっと前からやるべきだったのだろうが・・・。

 今はそんなこと、どうでもいい。


(絶対に―――勝つ!)


 そのこと以外は、どうでもいい。





「みんな、この1週間辛かったね」


 響希ちゃんは真っ直ぐに前を見据え、小さくそう切り出した。


「部長の練習メニュー、ほんとしんどかったよ」

試合やる(ほんばん)前に死んじゃうーってくらい、練習したよね」


 そこではは、という軽い笑いが起きる。


「でも、1週間前に負けた時を思い出せば、全然辛くなかった」


 響希ちゃんのその言葉に、みんなどこか晴れやかな表情をしていた。

 誰よりも、"その気持ち"が強い響希ちゃんの言葉だから。

 1番後悔していた響希ちゃんが、居たから―――

 みんなあの練習メニューだってこなすことが出来た。乗り越えることが出来た。


(私だって、そうだよ―――)


 貴女がみんなの中心に居てくれたから。

 私はもう一度立ち上がる事が出来た。"あの敗北"を、受け入れられた。


「もう二度とあんな思いはしたくない。あたしは、もう絶対に負けたくない。だから、ハッキリ言うね」


 彼女は息を少し吸い込むと―――


「あたしをみんなの力で、関東大会に連れてって」


 その台詞を、囁くように。

 それでもしっかりした口調で、言い切った。


「響希ちゃん」


 貴女の性格で、他の子に頼り切るしかない今の状況。

 きっと誰よりも歯がゆい気持ちで居るんだよね。辛さが表情に出ちゃってるよ。

 でもね、響希ちゃん。


 ―――私は(ひざまず)くように足を折って、そっと彼女の左手を手に取り、顔を見上げる


「風花」


 ―――響希ちゃんは最初ちょっと驚いていたけれど


「私が、連れていく」


 それを聞くと、強張った表情を少しだけ緩めてくれた。


「みんなにもう一度だけ、お願いがあります」


 そして、振り返る。

 "私の仲間"の方を。

 "私のチームメイト"の方を。


「私にまわして!」


 "あの時"と、同じ言葉を、


「絶対に勝って見せる。このチームを次の舞台(ステージ)へ、押し上げて見せる!」


 もう一度―――


「女に二言はありません!!」


 何度でも、何度でも。

 その高みへ挑んで見せる。たとえどれだけ手折られようとも、この不屈の意志に変わりはない。


 響希ちゃんと、"私の大好きなみんな"を関東大会へ。

 恩返しでもなんでもない。恩だとか貸し借りなんて言葉で(はか)れる気持ちじゃないんだ。


 私がみんなと行きたいから、行く―――


 関東大会へ。

 その先に見える、全国大会へ!





 1週間前、相当悩んだ。

 戦い方を変えるべきかどうか、だ。


 初瀬田はとにかく鏡藤風花のチーム。その鏡藤を、『真正面から倒す』か『回避する』かだ。

 しかし、相手は全国区のシングルスプレイヤー。あの綾野五十鈴を追い詰めたほどの選手―――

 緑ヶ原で勝てる選手が居るとしたら、部長の最上乃絵しかいない。


 だがしかし、最上乃絵をシングルス1に充てるというのはこのチームが春から取り組んできた戦い方の根本を変えることになる。

 悩んだ。臨機応変に戦い方を変えるべきか、自分たちのやり方を貫くのか。


(ワタシは初めて、戦い方を部員たちに相談した―――)


 あの日のことは今でも決して忘れない。

 そして全会一致で出た結論が。


(『この道を貫く』ということだった!!)


 ワタシは来たボールを思い切り振り抜く。

 さっきの部長の言葉―――その通りだ。このチームの骨格を作ったワタシだから分かる。


(緑ヶ原が負けるには、まだ早すぎる!)


 その舞台はここじゃない。

 逆方向へと走る頭の中で、ワタシは強く思った。

 負けたくない、絶対に負けられないんだと。


 ―――もう一度、黒永と戦える可能性が一縷でもあるのなら


(ワタシはその可能性に、懸けたい!)


 そしてボールを打ち返す。何度でも、何度でも。

 自分たちがここまで信じてきたものを、目指してきたものをやり通す―――

 ワタシが信じられるのは、この想いだけだ。だから、最後までこの考え方を貫く。


(あの女に勝つために、ワタシは今度こそ、命を賭ける!!)


 3年生が引退を賭けるのなら、それくらい賭けなきゃ割に合わないだろう。

 この試合に全てを、自分のありとあらゆるものを賭ける。それがチームを作ってきた、ワタシの責任であり、覚悟だ。


 そのために―――


(自分をシングルス3に置いた!!)


 チームとして、鏡藤風花を『回避』する道を選んだ。

 つまり、シングルス2までに3勝して勝ち抜くという戦いだ。


 ならばそのうちの1勝を、自分の力で掴み取る。その自信と覚悟が、今のワタシにはある―――


 緑ヶ原のやり方を突き通し、その上で初瀬田に勝つと言うならば、ワタシはその最前線で戦おう。

 それが今のワタシに出来ることだ。

 1人の選手として、このチームの為に。


「ゲームアンドマッチ、」


 だからその瞬間。


「ウォンバイ、神宮寺珠姫! 6-1!!」


 ワタシはガラにもなく、叫んでいた。

 1勝を、貴重な1つの勝利を、自分の手で掴み取る。

 その達成感や高揚感。

 それは、ただ"1番"を目指してテニスを始めたあの時の気持ちとは違ったものだった。

 テニスをやってきた過程の上で、ワタシが手にした新しい気持ち―――それを少しだけど、理解できた気がする。


「本多先輩、ダブルスの2試合はどうなりましたか!?」


 コートから出るなり、状況の確認をする。

 ワタシの試合は早く終わったから、ダブルスの2試合はまだ試合中だった。


「長引きそうだね。初瀬田はもともとダブルスに定評があったチーム・・・」

「ですが、ウチもダブルスにはかなりの自信があるチームです」

「・・・そうだね」


 本多副部長は小さく呟く。

 そう、ダブルスを強化するというこのやり方を、ワタシは信じた。だから敵がどれだけ強かろうが関係ない。

 このダブルス2試合で決着がつけばそれが最も良いに決まっている。あの人たちなら、それも可能なはずだ。


(ワタシが作ったダブルス2組・・・)


 今はもう祈る事しか出来ないけれど。

 お願いします、勝ってください―――





 試合の序盤から中盤にかけて、とうとう半泣きだった空から涙が零れはじめた。

 それは小雨程度のものだったけれど、プレーする方からしたらやりにくいったら。服は肌にべたっとついて気持ち悪いし。

 それでも―――


「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ、小嶺榛・切ペア! 7-5!」


 そのコールを聞いた瞬間、


「「いえーい!!」」


 寸分たがわぬタイミングで、もう1人の私とハイタッチを交わしてた。

 どちらともなく手のひらを差し出して、同時にぱちんと合わせたのだ。


 さっすが私達。


「「息ピッタリ!」」


 やるべきことはやりきった。

 その上で、勝てた。

 それが1週間前との大きな違いだ。今度は結果がついてきたのだ。


「結構試合、長引いたね」

「うえー、まだ雨()まないよ」

「他の試合、どうなってるかな」


 2人でそんな事を言いあいながらコートを出ると。


「ダブルス1の方が、もつれにもつれこんでるみたいなんだ!!」


 そんなことを言いながら血相を欠いている副部長の顔を見て、急いでダブルス1のコートへと向かう。

 応援団をかき分け、1番前に辿りつくと、そこでは。


「11-10」


 タイブレークをそのスコアまで重ねた激戦が、終わりを迎えようとしていた―――

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