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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
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女王たちの練習風景

「決勝の敵はあのバカ共か」

「過去の対戦成績は0勝2敗・・・」


 練習前の部室ロッカーで、着替えをしながら弥生が自信なさげに小さく呟く。


「やられっぱなしのままではおれん」


 だからあたしはぶすっと顔を(しか)めて、声のトーンを低くした。


「でも敵はやり易いだろうね。私たちの勝ち方を知ってる」

「狙われるモンより狙うモンの方が強いんじゃ。今まで受けた屈辱を10倍返しにしてやらんことには収まりがつかん」

「何か策があるの?」

「なんもない!! 考えるんはいつも通り弥生、任せた!」

「もぉ。結局それなんだから・・・」


 弥生が文句を再び言い始めたところで、制服から練習着への着替えが終わった。

 黒永に来て1番面倒だったのが制服のデザインが妙に凝っているところだ。特に女子。

 冬服は黒のロングスカート、夏服は黒のショートスカートに黒タイツ、そして胸元にリボンを着けなくてはならない。

 着るのにも脱ぐのにも、時間がかかってしょうがないのだ。


(似合わん制服着せよって)


 このデザインはかわいすぎる。お嬢様が着る分にはいいのだろうが、あたしには。

 五十鈴が勧誘に来た時、この制服デザインをその場で見せられていたら断っていたんだが、後悔先に立たず。


「今日どうする?」

「身体が鈍っとるんじゃ。時間ギリギリまで思いっきり練習したい」

「じゃあ『プランA』だね」


 準決勝のあの試合・・・、確かに美憂に怒鳴られて当然の粗末な試合だった。

 まったく力の出てこない日だったが、それでもやりようはあったのだ。別に弥生に任せきりにして、あたしはサブに徹しても良い試合だった。

 それを怠ったのはやはり―――


(何も考えんと試合に入ったからじゃ)


 どうせ初瀬田なんぞに負けるわけがない。そういう慢心があったからに他ならない。

 だが。


(白桜相手に慢心は無い・・・!)


 あの"いけ好かないバカップル"に一発、食らわしてやる。

 過去の敗戦の分析・反省も済んでいるんだ。万全の状態で試合に入りさえすれば。


「あたしと弥生が負けるわけがないんじゃ」


 自信はある。


「おお、熱いね今日の銀華」

「お前もじゃろ?」

「あたしはずっとそうだよ。銀華にスイッチ入るの待ってたの」


 弥生は手を後ろで組んで、あたしの顔を覗き込みながらニコッと笑った。


「じゃーまずはランニングだね! 外周走るよ~」


 かと思うと、一目散に走り出して、ぴゅーっとあっという間に差をつけられる。


「アホが・・・」


 あたしに合わせないところが、如何にも弥生っぽかった。


 あの子があたしに合わせるなんてことは滅多にない。その逆も然り。でも、それでもあたし達はずっと一緒だった。今の今まで、一度も離れることなく。あたしは弥生のパートナーだって迷わず言える。

 同調する、という感覚を唯一持たずにいられる相手が弥生だから。あたし達の間に、お互いに合わせるというような遠慮は一切無いのだ。


 それこそが。

 あたし達にとってお互いが"特別"だという何よりもの証だった。





「ゲーム、吉岡・日下生(くさかべ)ペア。3-1」


 そのコールと同時に、おお~という歓声にも似た感嘆が漏れる。


「さすが志麻っち先輩だ」

「テニス部のお母さん!」


 コート脇からそんな声が聞こえてくるたびに。


「お母さんはやめてよ~」


 と、目を瞑りながらゆったりした声で訂正する吉岡先輩を見ていると。


(やっぱりお母さんだな)


 しみじみそう思う。

 3年生の先輩たちは個性の強い人たちが多い。特に大会登録メンバーのレギュラークラスとなると、あまりに個性が強すぎてバラバラになってしまうんじゃないかってくらいのタレント軍団が揃っている。

 だから、自分を殺して他の人に合わせられる吉岡先輩の存在と言うのは大きい。

 みんなを繋ぐ中継役、中間管理職。組織にはああいう人が絶対に必要だ。


「志麻っち先輩、ありがとうございました」


 ハーフゲームでペアを組んでいた日下生が、吉岡先輩に頭を下げる。


「ううん。今日の佳恋ちゃん、良い感じだったよ。これなら問題なくダブルスもこなせるんじゃないかな」

「いえ・・・」


 珍しく恐縮して後頭部を押さえる日下生。

 あの子がああいう態度を取るってことは、よっぽど感触があったんだろうな。"ダブルスもいけるかもしれない"っていう感触が。


(でもそれは、アンタの技術じゃないよ)


 吉岡先輩だからだ。

 あの人は誰がペアでも、相手を気持ちよくさせてくれる。気持ちよく、脇役にまわってくれる人なんだ。

 私は何度も吉岡先輩とペアを組んでダブルスをやってきたから分かる。吉岡志麻というプレイヤーが、ペア相手を気持ちよく打たせてくれる技術を磨き抜いて黒永のレギュラーを獲った人であることが。


「志麻っちの誰でも気持ち良くさせちゃう技が炸裂してるね~」

「ちょ、未希!」

「通称"誰とでもやる女"は伊達じゃないね!」

「誰とでもなんてやりませんっ! この部の子とだけだから!」


 三ノ宮先輩の言葉に、顔を真っ赤にさせて怒る吉岡先輩。

 今の言葉には確かに語弊があるというか、語弊しかないというか・・・。吉岡先輩だから甘怒りで済んでるけど、他の3年生の先輩だったらぶたれてもおかしくない台詞だ。勿論、三ノ宮先輩も吉岡先輩なら本気で怒らないって分かってるんだろうけど。


「三ノ宮先輩! 練習終わりですかっ?」


 そして三ノ宮先輩が現れたところを、日下生は逃さない。


「うーん。まだやろっかなぁ。ちょっと準決勝の疲れがまだあるからあんま激しくやりたくないんだけど」

「上がるなら、あたし、マッサージします!」

「あ、まじ? じゃあ軽くクールダウンして終わろっかな」

「はい!!」


 本当、三ノ宮先輩にべた惚れなのが傍から見ていても分かる子だ。

 私でもこういう風に思うってことは、吉岡先輩なんかは一目瞭然なんだろうな・・・、と何も言わずに黙って優しく2人を見守る吉岡先輩を見ていて思う。


(優しい目・・・)


 すべてを包み込む、受け入れるような母の目だ。

 私は、その吉岡先輩と組んでも―――準決勝、初瀬田に惜敗した。先輩は私を最大限に活かそうとしてくれたのに、私の個性を伸ばそうとサブに徹してくれていたのに。


(私の個性って)


 なんなんだろう。

 吉岡先輩をもってしても、伸ばせない・・・そんなしょうもないものなんだろうか。

 もっと考えなきゃ。もっと考えて、自分を変えなきゃ。このままじゃ私は、いつまで経ってもダメなままだ。先輩たちが居る環境に甘えて、私はまだ何も為せてない。


(しん)ちゃん」


 踵を返そうとしたところを、吉岡先輩の優しい声で引き留められる。


「今日は美憂と五十鈴、2人きりにさせてあげて」

「え・・・」


 まさに今、穂高先輩(ぶちょう)のところへ向かうつもりだった。

 どうして私の行動が分かったんだろう。そんなに自分は単調な人間だろうか。


「練習なら私がいっぱいいっぱい付き合うよ。美憂に比べたら、全然下手かもしれないけど」

「い、いえいえ!」


 吉岡先輩が"下手"だなんて、とんでもない。

 黒永の全国制覇メンバーが"下手"なら、私も含めテニスやってる人のほとんどがド下手になってしまう。先輩はそんなつもりで言ったんじゃないんだろうけど。


「あの2人と長く居るとね、分かるの」

「分かる・・・?」

「たまに、『あ、2人きりになりたいんだな』って時がね、あるんだ。言葉とか雰囲気じゃないの、何となくっていう感覚に近いんだけど」

「はあ・・・」


 吉岡先輩がこういうことを言うのは珍しい。

 この人はどちらかと言えば理論と理屈の人だ。三ノ宮先輩みたいなセンスの人じゃない。だから、ちょっとびっくりした。


「今日がそうなんですか?」

「うん。だから、そっとしておいてあげてね」

「は、はい。よく分からないですけど・・・」


 先輩がそう言うなら、という軽いつもりで頷く。


「そうなの」


 すると、吉岡先輩はくすくすと抑えきれない笑みを漏らすように。


「めんどくさいでしょう? バカップルって」


 私にはその言葉が、"微笑ましくてしょうがない"と、そう言っているように聞こえた。

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