"今"を超える!
準決勝の翌日―――
本格的な練習が再開された白桜女子テニス部の練習場は気迫のようなもので満ち満ちていた。
今日含めて決勝戦まで6日。この間に全国優勝経験もある黒永を倒すだけの力を身に付けなきゃならない。準決勝で得たもの、出た課題・・・それらを吸収して、強くならなきゃ。
「さって、わたし達も張り切ってがんばりましょう!」
準決勝ではシングルスを務めたわたしだけど、決勝戦は文香が万全な状態なら間違いなく文香がシングルス3を任される。わたしが目指すべきは―――
(ダブルス2!)
ここだって確約されたポジションじゃない。
わたし達ペアは、熊原先輩・仁科先輩ペアに競争で勝たなければならないのだ。
先輩たちは準決勝で小嶺姉妹に勝って名を上げた。
決勝云々以前に、わたし達は試合に出られない可能性だってあるんだってことを十分に自覚しておかないと。
「藍原。頼み・・・というか、お願いがあるんです」
このみ先輩に呼ばれ、ようやくふわふわしていた意識が目の前に戻ってきた感じがした。
「なんでしょうっ? 何でも言ってください! わたしと先輩の仲じゃないですかっ」
久々にこのみ先輩と2人で練習できることが、楽しみで仕方なかった。
それが少し空回りしちゃってるってことも、自分でなんとなく分かるくらいに。
(なのに―――)
先輩は対照的だ。
ちょっとだけ様子がおかしい。テンションが低いと言うか。
「私の練習に、付き合って欲しいんです」
「そりゃあもう。ずっとやってきたことじゃないですか」
今更水臭いなー、と少しお道化る。
「違うんです。私、新しい技に挑戦しようと思ってるんですよ」
「え・・・」
そこでちょっと、ビックリした。
「準決勝のお前を見てて・・・このままの自分じゃダメだって思ったんです。お前はすごい速度で成長してる。それに比べて私はいつまで経っても変わらない。このままじゃ」
このみ先輩は、ちょっと思いつめた様子で。
「お前とダブルスを組む資格がなくなってしまう」
しかし、どこか吹っ切れた表情に見えたのは気のせいなんかじゃない。
「だから私も強くなりたい。藍原のパートナーだって胸が張れるくらい、強く。どこに出ても恥ずかしくないような選手になりたいんです」
先輩の視線は、"上"を向いている。
まっすぐに、わたしの方を。
「私は、引退するその日が来るまで・・・藍原。お前と一緒にダブルスをしていたいから」
何より嬉しい言葉だった。
(わたしに道を示してくれた先輩―――)
今度はわたしの番―――わたしが、背中を押す。
それが先輩に対する、精一杯の恩返しだ。
「分かりました! この不肖藍原、このみ先輩の為に身を粉にして付き合う所存です!」
「藍原ぁ・・・」
先輩は嬉しそうににこっと笑うと、わたしの胸に飛び込んできた。
「頑張りましょうね。わたし達2人なら、出来ない事なんてありません」
「ああ」
表情は見えなかったけれど、先輩の返事は心強くて―――
わたしの抱えている不安だって、吹き飛ばしてくれたような。
そんな気がした。
◆
「新倉さん」
練習開始の挨拶が終わるなり、私は彼女を呼び止めた。
「今日は個人練習に付き合って欲しいんだけど、いいかな」
だって、このチームでなら彼女が1番近い。
ううん、彼女以外では不十分な役割だからだ。
「はい」
―――仮想五十鈴
それを頼めるのは、新倉燐を置いて他に無い。
「本気でやるから、新倉さんも全力で打ち返して来てほしい」
「はい」
相変わらず感情が顔に出ない子だ。
その"少しマイペース過ぎるところ"、もうちょっと直してほしいんだけどな。
でも今は、新倉さんの意識の高低を問うている場合じゃない。
(私には―――)
大きくトスを上げ。
(私がやるべきことを!!)
ジャンプ一番、地面を蹴る。
そしてラケットを下から上へ―――最高打点でサーブを叩き、そのまま振り下ろす。
新倉さんはレシーブ力の強い選手。
今のジャンピングサーブを返してくる。
(いいね、上等だよ)
きっと実戦で五十鈴と戦ったら、今程度のサーブじゃサービスエースは取れない。
新倉さんと同じように、レシーブしてくるはずだ。
(五十鈴はそう易々と倒せるレベルの選手じゃない)
そのレシーブを、ふわっと浮かせるような短いストロークで返す。
(だからこそ―――)
新倉さんは前陣へ上がり、それを掬い上げて長いロブ気味の球筋で打ち返してくる。
(倒し甲斐がある!!)
そのロブ気味のショットを、ライン際からスマッシュするように強打して、相手コートのど真ん中へ叩き込む。それすらも彼女は返してくるが―――
「アウト、だね」
強く鋭いボールに力負けして、大きくボールがラインを超えてしまう。
(今のでも、"五十鈴なら"インに返してくるはず)
こんな強引な攻め方が有効な相手ではない。
目の前のポイントを取ろうとして、簡単にいってしまった。今のは反省すべきポイントだ。
求めるのは、どんなに強い相手でも、どんなに上手い相手でも、返せないような完璧なショット―――
(それだけが、五十鈴に届く・・・)
もっと自分にシビアにならなければ、彼女には勝てない。
「もう1本!」
新倉さんが左手を挙げて、大きな声で叫んだ。
そこでハッと、我に帰る。
(・・・私だけじゃ、ない)
今の自分を超えようとしているのは新倉さんだって一緒なんだ。
ダメだな。自分のこと"だけ"を考えているようでは、"チームとして"黒永に勝つことは出来ない。
それは散々思い知ってきたことじゃないか。
「新倉さん、もうちょっと力を入れてみてもいいんじゃない?」
「力を・・・ですか?」
「今の君は持久力を高めるためにショットを流そうとしている節があるように見える。それじゃあ、穂高さんに押し切られるぞ」
「!」
新倉さんは表情を引き締め、顎を引いてきゅっと唇を紡ぐ。
「ありがとうございます。そこを意識してやってみます」
「うん。私も今とは違うショットを試してみたい。いいよね?」
「勿論です」
彼女の了解を取ったところで、再びサーブの構えに入る。今度はジャンピングじゃないものを試そう。
今は実戦じゃない、練習だ。無理に型にはめる必要もない。6日後、完璧なものに仕上がっていればそれでいい。
急がず、かといって驕らず・・・1日1日を、1つ1つのプレーを丁寧に、魂を込めて。
(一球・・・入魂!!)
全員が一丸になって戦わなくては勝てない相手が、私たちの前に立ちふさがっているのだから。




