わたしが立っている位置
「監督は面倒を見てやってくれなんて言ってましたけど、私に後輩の指導なんて・・・」
先輩はそう言って、わたしから視線を外した。
「でも、監督が指名したんですから先輩には出来るってことですよ!」
「・・・はあ。1年に励まされて、本当、情けない」
いつまでも顔を上げない先輩。
わたしは段々とこの人に腹が立ってきた。
「何なんですか、あなた! 2軍降格で落ち込むのは分かりますけど、落ちちゃったものはしょうがないじゃないですか!」
「はあ?」
「下を向いていても仕方がない。一緒にもう1回、1軍を目指しましょうよ!」
いつまでもうじうじとしている彼女に、そんな言葉を投げかける。
この人だって、今は落ち込んでいるけど、やってできない人じゃない。
やる気になれば・・・もう1度。1軍に戻れるはずなんだ。
「随分と上から目線のアドバイスですね、1年」
「あなたがいつまで経っても下を向いてるからでしょ!」
「滑稽ですね、自分の立っている位置も分からないで」
「・・・ッ!」
ダメだ。
「・・・どういう、意味ですか」
さすがにカチンと来てしまった。
「じゃあハッキリ言ってやりましょうか。お前はまだ他人を気にするレベルに達していない」
明らかに苛立っているわたしに対して。
先輩は突き放すようにそう言う。
「わたしは・・・」
だから。
「今のあなたに着いていく気にはなれません!」
自分の本心を、ありのまま言葉にした。
「・・・生意気な1年ですね」
先輩は吐き捨てるようにつぶやくと。
「テニスプレイヤーならコートで自己主張したかったら、その実力を証明してからにしろです。1年、お前が私に勝てたらお前の綺麗ごとに付き合ってやろうじゃないですか」
「!」
「ただし、私に勝てないうちは先輩で教育係である私に完全服従してもらいますよ。・・・それでも良いですか?」
その言葉を待っていた。
わたしは今まで、そうやって言ってきた人たちに認められてここまで来たんだから。
「分かりました。その勝負、受けましょう。私が先輩の心の闇を掃ってみせますよ!」
わたし達に割り当てられた個別練習用のグラウンドの外で、わたしは先輩の目を見てハッキリと言った。
こんな人に物を教えてもらう気にはなれない。ここで白黒はっきりさせてやる。
それが先輩にとっても、わたしにとっても最善の道なんだ。
◆
「・・・はあ、はあ。はあ、はあ」
ダメだ。もう体力が一片も残ってない。
その瞬間、わたしの脚は動きを止めた。その場に倒れ込んで、わたしはコート上で仰向けになる。
「ゲームカウント・・・、6-0。最後までやりきったことには敬意を払いましょう。でも」
先輩の声が聞こえる。
でも、もうだめ。息が切れて何も考えられない。
「これがお前の実力です。1年坊が調子に乗ってんじゃねーぞ、この雑魚・・・」
彼女のその言葉には、こちらを思いやる気持ちなど全く入っていなかった。
わたしはただ、呼吸を荒くして空を見ることしかできない。
(この人・・・、なんであれだけ走って立っていられるの・・・!?)
勝負は最初の3ゲームで付いていた。
とにかく走らされたのだ。走らされて走らされて、スタミナが完全に切れたのが3ゲーム目。
それからはとにかく打ちこまれるボールを返すことすらできないでいた。
そして、最初の3ゲームだけならこのみ先輩はわたしより確実に走っていたように見えた―――これは絶対に気のせいなんかじゃない。
「もう立ち上がることもできないでしょう。私はまだ余裕でプレーできる・・・。なんでだと思いますか?」
「・・・っ、基礎体力の・・・、根本的な差・・・」
わたしは何も入ってないような肺から、どうにか言葉をひねり出す。
「そうです。そして差は体力だけじゃない。技量、精神力・・・お前はどれも、所詮小学生レベルなんですよ」
そう・・・、あの時感じた、2,3年生との圧倒的な差。
小学校の延長である自分と中学生の先輩。
あの時点で、こんな無謀な賭けの結果など決まっていたのだ。
「大会に出れば対戦相手は誰だろうと全力でこちらを潰しに来ますよ。・・・今のお前みたいなのが白桜の代表になろうなんて、夢のまた夢ですね」
「・・・っ」
何も返せない。
「大きな目標を掲げるのは悪くない。それを口にするのも。でも、よほどの覚悟が無い限り、」
何も言い返せない。
「そんなのはバカの戯言だとしか思われないんですよ」
この人の言っていることはどうしようもなく正論で。
的を射ている。
「現実は1軍ギリギリの私に1ゲームも取れない・・・、それが今、お前の立っている位置です」
「・・・でも、それでもっ」
だけど。
「わたしはこのチームのエースになる・・・なりたいんです」
「それじゃあ、お前が今やるべきことは何なのか、分かりますね」
わたしはその言葉に、仰向けのまま小さく頷いた。
―――約束は約束。
「今から、わたしは先輩の言う事をなんでも聞きます」
「・・・よろしい。お前は今日から私の下僕。私の指示通りに動くペットだと思うことですね」
「はい・・・」
わたしは力なく返すが。
「返事が小さい! あとご主人様が居るのにいつまでも寝そべってんじゃねーです! 立て!!」
先輩に腕を引っ張られて、無理矢理立たせられる。
「私は監督やコーチみたいに甘くないですよ。"なんでも"言う事、聞いてもらいますからね」
この人には、後が無い。
だから、何をやっても怖くないんだ。
あの時。黙ってこの人が立ち直るのを黙って待っていれば―――
こんな事には、ならなかったのだろうか。




