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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
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分析・黒永学院

「決勝戦の対戦校、黒永学院は・・・もうあえて説明が不要なほどよく知ったチームね。白桜(ウチ)にとっては因縁の相手とも言える学校です」


 咲来先輩が作戦用のホワイトボードの前で、一冊のノートを手元で広げながら食堂全体を見渡し、苦笑いをする。

 夜のミーティングタイム。

 普段なら試合前日に行われるこの会議が、準決勝を終えたその日に行われた意味が、わたしには正直まだピンと来ていない。


(それだけの、厳しい相手)


 ってことは、頭では分かってるつもりでいるんだけれど。


「1年生には知らない子も多いと思うけど、白桜はこの3年間、黒永に辛酸を舐めさせられ続けてきたの」


 苦々しく言葉を出す咲来先輩に。


「0勝5敗」


 久我部長の声が続いた。


「それが私が白桜に入ってからの3年間の、対黒永公式戦対戦成績」


 それを聞いた瞬間。


「夏2回、秋2回、春1回。白桜は黒永と対戦して、全ての試合で敗北()けてる」


 がつんと一発、頬をぶん殴られたような感覚に襲われた。


(5回も戦って、全敗・・・!? この先輩たちが・・・?)


 頼りになる、凄い人達ばかりだ。

 他のどの学校よりも良い先輩たちだって思ってる。

 その人達が、5度もぶつかって一度たりとも勝てなかった相手―――


 背中に冷たいものが伝う感覚が、少しだけした、そこで。


「はい!」


 ぱん、と。

 1回、手のひらを叩いた音が聞こえてきた。


「1年生は必要以上にビビらないこと。これは現状把握の為に教えたけど、所詮は"過去の戦績"に過ぎない。今の私たちなら、勝てない相手じゃないってここに居る全員が思ってるはずだよ」


 部長の、強い言葉。

 その表情はどこか、いつもと違って見えた。

 晴れ晴れした表情でも、険しい表情でもない。なんだろう、凛々しいって言っちゃえば済むんだろうけど。


(覚悟が決まってる人の、表情・・・?)


 そんな風に、わたしは感じた。


「当の黒永学院は、この3年間で全国優勝1回、準優勝2回、ベスト4が1度。全国的に見ても文句がつけようのない成績を残しています。特に去年の夏、新チームの立ち上げ以降は秋の大会で全国制覇、春の大会で準優勝とその強さを加速させている」


 もう、黙るしかない。

 敵の強さは全国でも最強レベル。今までの相手とは、まさに桁違いのチームなんだ。

 白桜の先輩たちが1度も勝てなかったチーム・・・確かにそれくらい強くなきゃ、説明がつかない。


「その強さを支えているのが―――」


 咲来先輩は、選手の写真とデータが書かれているホワイトボードの方へ身体の向きを変えながら。


「絶対的エース・綾野五十鈴と、彼女を支える"黒永の四本柱"」


 その名前を、口にした。


(綾野、五十鈴・・・)


 今まで何度も名前を聞いてきた。

 会ったこともあった。面と向かって話したことも。

 でもその実、どこかあの人の本当の表情を、見たことがないような気が、なんとなくだけどしていた。


 だって、先輩たちが話す綾野五十鈴と、わたしの知ってる綾野さんはあまりにもかけ離れていて―――


「黒永のエース、綾野五十鈴。全国的に見ても彼女より優れた選手を探すのが難しいほどのシングルスプレイヤー。完成されたオールラウンダーで、弱点はほぼ無いに等しい。身体能力、技術、センス、メンタル、どれをとっても一級品。みんなも知ってのとおり知名度も抜群で全国的な人気選手であることから、試合当日には彼女目当ての観衆やメディア取材が殺到すると思われます」

「聞いてて嫌になる説明ですね・・・」


 隣にちょこんと座っていたこのみ先輩が、文字通り吐き捨てるように言う。

 それに同調したのか、先輩たちは一様に頷くようなリアクションをしている人が多い。


「五十鈴のことは、みんなは考えなくていい」


 しかし。


「あの子は、私が倒す―」


 部長の言葉が、その嫌な雰囲気を吹き飛ばしてくれた。


「そうね。シングルス1にまわった時には、まりかに何とかしてもらいましょう。今日の準決勝でも出番なくて、暴れ足りないでしょうし」

「このチームで綾野さんに勝てるとしたら、まりかだけ・・・」


 普段は物静かな熊原先輩が、この会議で自分から発言したのを初めて見たかもしれない。

 それくらい、3年生にとっては思いが深い対戦相手なんだ。


「黒永の厄介なところは綾野さんだけじゃないわ。シングルス2で100人以上の部員をまとめ上げる部長の穂高さん、そしてシングルス3の"天才"・三ノ宮さんも他のチームなら確実にエースを張っているであろう実力者。この3人で構成されるシングルスは全国でもトップクラスよ」


 全国でもトップクラス―――

 もはやその文言じゃ驚かなくなってきたけど、やっぱり尋常じゃないチームなんだ。


「シングルス2の穂高美憂は自慢のパワーで押してくる馬力型のプレイヤー。"東京四天王"と呼ばれるシングルスの実力者で、更に観衆を味方につける方法をよく知ってる選手よ」

「誰かさんみたいね」

「わ、わたしですか!?」


 今の声は・・・瑞稀先輩だよね。思わず大きな声出しちゃった!


「藍原さん・・・とは、ちょっと違ったタイプだけどね」


 うわー、しかも外したー。恥ずかしー。

 顔が熱くなる感覚がして、ぱたぱたと手で自らを仰ぐ。


「彼女はショットの一発一発がとにかく重い。だけど力押しはウチのシングルス2、つまり新倉さんのプレースタイルとは相性が悪いの」

「過去の対戦成績は新倉さんの2勝、だよね」


 咲来先輩と部長、2人の視線が燐先輩に集まる。


「今までの事は関係なく、手強い相手だと思います。東京四天王と呼ばれる実力は伊達じゃない。ただ、嫌な先入観はない選手です」

「燐ちゃん、ここはもっと頼もしい言葉が欲しかったの~」

「・・・」


 多くを語らない燐先輩らしいと言えば、らしいコメントだった。


(でも、驕りや油断がない先輩らしいコメントでしたよ!)


 さすが、わたしの憧れ・燐先輩!

 直接声がかけられない場所に居るから、心の中でエールを送っておく。


「シングルス3の三ノ宮未希さん。彼女は綾野さんが才能を認めた数少ないプレイヤーの1人です」

「それで"天才"、なんスか?」

「そう。そのプレースタイルも研ぎ澄まされたセンスの良さ、天性の感覚を存分に活かしたものになってる。水鳥さん、貴女と似たタイプの選手よ」


 急に名指しされた文香は、びくんと身体を震わせ、背筋を伸ばす。


「しかも、水鳥さんより完成度は高い」

「!」


 咲来先輩の言葉に、文香は無言のまま息を呑んだ。


「同タイプのより熟練されたプレイヤーとの対戦・・・難しいことになると思うから、この1週間で徹底的に対策しておこう」

「・・・はい」


 部長の檄にも、冷静に、それでも確かな意思を持って返す文香。

 この子の中には、今日の試合に出られなかった鬱憤や悔しさみたいなものが多分にあると思う。


(それを決勝でぶつけてよね、文香!)


 このチームの本来のシングルス3は、文香の席―――

 それはここに居る誰もがきっと、もう認めていることだと思う。だから、先輩たちに直接名指しされたんだ。


「このシングルスを任されている2人に、ダブルス1の那木さん、微風さんペアを加えた4人。これがエース綾野さんの地位を絶対的なものにしている4本の柱・・・、黒永学院の強さの根幹」


 咲来先輩は、ふうと一つ息をついて。


「黒永の黄金期とも呼べる時代を作ったのはこの5人を中心とした今の3年生です。黒永の中心選手はほぼこの3年生で、大会登録メンバーの10人中8人が3年生なの」

「そのほとんどが、五十鈴が黒永へ入学するときに自ら声をかけて集めた東京都内各ジュニアスクールで化け物扱いされていた選手だよ」


 え、それじゃあ・・・。


「今の黒永は、実質綾野さん(あのひと)が作ったみたいなものじゃないですか」


 自分でも気づかないうちに、そんな事を大きな声で言ってしまっていた。


「その通り」


 しかし、この事はまったく否定されることなく。


「だから、綾野五十鈴と四本柱なんだ」


 部長の言葉がどこか。


「あの子は他の選手と比べても"別格"なんだよ」


 ずしり、と重く感じられた。

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