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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
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普段見られないトコロ

「あ゛~、もう疲れたぁ身体痛いぃぃぃ~」


 大浴場の浴槽に身体の正面から前のめりにもたれ掛かり、腕だけお湯から出して宙ぶらりんにさせる。


 実戦でこんなに走ったの初めてだし、相手プレイヤーの本気のショットをこんなにも打ち返し続けたのだって初めて。シングルスの試合は、言ってみれば2人でやってダブルスを1人でやるようなものだから、単純に2倍動いたことになるし、2倍ボールを打ったことにもなる。


(だから、全身こんなに痛いのかッ・・・)


 シングルスプレイヤーになるって、これを毎回毎回経験するってことなんだよね。

 エースになるのに、やることってたくさんあるなぁ。


 そこで、ふと燐先輩の姿が視界に入った。

 さすがにもうお風呂で身体を直視できないとかは無くなったけど。


(相変わらず素晴らしい御身体です!)


 肌も白くて綺麗だしスレンダーでスタイルが抜群に良い。

 あと、長い黒髪をタオルでまとめて見えるうなじがエロい。普段、見られない姿だからそそるというか。

 先輩はお湯に入ると、肩まで浸かって目を瞑り、ふうと息を吐いてそのまま動かなくなってしまった。


「燐せんぱ・・・」


 身体痛いんですけどどうすればいいんですか、とか、色々聞こうと思ったけれど。

 先輩がどこか寂しそうに、苦々しそうに目を細く開き、少し遠くを見るような視線を虚空に向けた時。


 ―――雛のこと、考えてる


 と、何の根拠もない、だけど多分合ってると確信できるような感覚が頭を過ぎった。

 今日の試合後、お互いのチーム全員が握手を交わしていく時も、燐先輩は雛に対して何も話しかけなかった。もちろん雛の方も。

 あの時、思ったんだ。

 姉妹にしか分からない何かが、2人の間にはあるんだろうなぁ、と。


 それでも。


(まだ、考えがまとまらないんですね・・・)


 多分、試合後からずっとそうだ。

 ずっと、雛の事を考えている。

 それでも、まだ先輩の中でも整理がついてないんだ。きっと、今日寝るまで考えたって結論が出るようなことじゃない、だけど考えずにはいられないんだろう。


 ―――だって、血の繋がった家族だから


「はあ」


 難しいなあ、姉妹って。

 わたしにも妹とか居たら、ああいう風に悩むのかなあ。


「身体が痛いと叫んだと思ったら、今度はため息ですか」

「わたしって、悩み多き女じゃないですかー」

「いや、1番悩みとか無いタイプにしか見えんです」

「もうっ、バカはバカなりに悩んだりするんですっ!」


 なんか、このみ先輩とのこういうやり取り久々のような気がしてきた。

 おかしいな。今日の朝にもやったと思うんだけどな。


「藍原、また胸大きくなったんじゃないですか?」

「え? そうですか?」


 急に話を変えられどう返して良いかも分からず、自分で自分のものを両手で持ち上げるように触って確認してみたりする。

 ・・・うん。


「自分じゃ分かんないです」

「そういうもんなんですか?」

「このみ先輩は大きくなった経験無いから分かりませんもんね」

「殴りますよ?」


 真顔のまま握り拳のグーを見せつけられて、すぐに平謝り。


「でも確かに、そういえば最近ブラがきつくなってきたかも・・・。またカップ上げなきゃなんないかなぁ」

「カップを上げッ・・・!? "また"っ・・・!?」

「先輩から話振ってきたのに本気でショック受けないでくださいよ~」


 このみ先輩の顔が瞬く間に真っ青になっていくので、なんとか引き留める。


「藍原、アンタ背も伸びてるし、完全に成長期入ったね」


 すると一連の流れを聞いてたっぽい野木先輩が、左隣にちゃぷんと入ってきた。


「これから体型、下手したら体格まで大きく変わると思うから、なんか異変があったらすぐ言いな。成長痛とかほっとくと危ないよ」


 体格変わるとか、今も十分身体痛いのにもっと痛くなるとか・・・!


「わ、わたしどうなっちゃうんですか・・・!?」


 なにそれちょっと怖いですっ。


「大人になっていくってことですよ。入部してきたときのお前、やっぱり身体がまだ小学生でしたから。身体が出来てくれば、当然プレーにも大きく影響してくる。いつかブレ球やドライブも、本当の意味でコントロールできるようになるかもしれんです」

「ま、まじですか・・・」

「"伸びしろ"があるってだけだよ。今すぐどうにかなるわけじゃない。安心しな」


 今はまだその姿は想像もできないけれど、野木先輩の言葉で、なんとか胸のバクバクを抑えることは出来た。


 ・・・でも、まだ不安はある。

 こういう時は、より詳しそうな人に聞いてみた方が良い!


「というわけで、海老名先輩、教えてください!」

「えー。私なのー?」

「それだけおっぱい大きいってことはもう専門家みたいなものじゃないですか」

「うぅ。じゃあ瑞稀ちゃんに聞けばいいのに・・・」

(瑞稀先輩、ご機嫌ナナメでこっちから話しかけられる雰囲気じゃないんですよ)


 あの人、ただでさえ咲来先輩とのイチャラブタイム邪魔すると人殺しそうな目で睨んでくるのに、あんなことがあった試合後の今日は本当に殺されかねない。


「あと、私おっぱい専門家じゃないのー」

「何かやっておくべきことってありますか?」

「そんなの分からないの。苦しくなったら無理せず早めにサイズ上げた方が良いかもなのー」

「ちゃんと教えてくれる先輩のそういう従順なところ、好きです」


 白桜(ウチ)の先輩の中では1番扱いやすいかもしれない。

 このみ先輩みたいに時折本気でぶたれる心配もないし。


「藍原さんの悩み聞いたから、私の悩みも聞いて欲しいの」

「あ、ええ。この藍原に答えられることなら何でも聞きますよそりゃあ勿論」


 どうしよう。先輩に相談持ち掛けられるなんて初めてだ。


「私ね、なんだかちょっとだけ、自信がなくなってきちゃって」

「え・・・」

「藍原さんや水鳥さん、1年生がどんどん頑張って結果残していくの見てて、すごいなあって。同じ2年生でも杏ちゃんが初めての公式戦なのに熊原先輩とのダブルス、すごいし、燐ちゃんや瑞稀ちゃんはもうチームの軸になってるのに・・・。それに比べて私、都大会のメンバーからも外れて・・・」


 海老名先輩の表情は、さっきまでふざけていたとは思えないほど真剣で、本気だった。

 わたしも最初はびっくりしちゃったけど、あまりに真面目な言葉に、頭を切り替え本気で先輩の相談を考えてみることにした。だけど。


(分かんない・・・)


 簡単には、言葉が出てこなかった。


「もう、無理かもって」


 ここでこのもやもやを上手くまとめられたら、カッコいいんだろうけど―――


「無理・・・って思ってる奴が、あんなに毎日必死になって自主練するかよ」


 そんな風に困っていたわたしを救ってくれたのが。


「野木先輩、なんでそのこと」

「2年生の後輩から聞いてるよ。都大会のメンバー発表後も、アンタは腐ることなく練習し続けてるって」

「そ、それでもみんなに追いつくには全然足りなくて・・・」

「あー、もう」


 煮え切らない態度の海老名先輩に対して、野木先輩は頭をかきむしると。

 ザバーッと言うお湯の音と共にその場で立ち上がり、海老名先輩に対してビシッと人差し指を差す。


「アンタの悪いとこはそうやって下向きに下向きに考えちゃうとこだよ! なんでもかんでもそうやってマイナスに考えて、だからいつまで経っても自分に自信が持てないんだ」

「・・・」


 面を食らったように、ぽかんとただそれを見つめているだけの海老名先輩に。


「アンタはシングルスもダブルスも出来る。ダブルスは今、ペアが固定されてるから難しいかもしれないけど、シングルスならこれから連戦が続きゃそのうち今日の藍原みたいに試合に出れる機会がくるかもしれないだろ」


 雨あられのように言葉を浴びせ続ける野木先輩。


「大体、海老名はセンスあるんだ。ベンチで(くすぶ)ってる私くらい、超えられなくてどうすんの!」

「・・・!」

「うだうだ考えるのはせめて私を超えてからにしな。・・・こんなこと、先輩に言わせるなよ。恥ずかしい」


 最後にそう言い残すと、ちゃぷんと再び湯船に身体を戻す。

 言いたいことは全部言い終わった・・・、そんな表情をしていた。


 わたし、


(野木先輩がこんなにしゃべってるところ、初めて見た・・・)


 多くを語らない人と言うか、寡黙なイメージがあったから、こんな風にマシンガンのようにまくし立てる姿は想像が出来なかった。

 最後の言葉とか聞くと、結構熱い人だったんだ。


「野木先輩・・・」


 言われた海老名先輩は、肩を震わせて。


「かっこいいの・・・!!」


 いや、よく見たら目の中を星の形に輝かせていた。


「すごく、かっこいい台詞だったの。野木先輩、あまり後輩を気にかけてくれない人なんじゃないかなって思ってたけど、後輩想いの塊だったの・・・!」

「私だって、咲来とかこのみみたいに後輩に何か残したいって気持ちはあるんだよ」

「頑張りますなの。そしていつか、野木先輩を超えて見せますなの」


 海老名先輩は言って、ぐっと両手を自らに引き寄せるようにガッツポーズをする。


「ああ、やれるもんならやってみな」

「言っておきますけど、真緒の壁は低いようで全然低くないですからね」

「このみ、低いようでは余計」


 そうこのみ先輩に突っ込む野木先輩。

 なんか、今日は違う一面を見られたな。今まで見られなかった一面というか、知らなかった部分。

 これが裸の付き合いってヤツなのかな―――

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