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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
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特別編 あたし、王道を往きます! 後編

 翌日の、放課後。


「新倉さん、勝負してください!」


 美晴は今日もホームルームが終わるなり、懲りずに新倉の席まで行って、そうやって呼びかける。

 教室に居るクラスメイト達も、遠巻きに「またやってるよ」という諦めや呆れの気持ちが込められたような視線を彼女たち2人に向けていた。


「・・・わかったわ」

「「えっ」」


 だからだろう。

 美晴より早く、まわりに居た生徒たちが驚きの声を上げていたのだ。


「その勝負、受けて立つ」


 教室の中が俄かに盛り上がる。

 不思議なものだ、さっきまで冷たい視線を向けていた2人に対してこの反応。


「ほ、本当ですか!?」

「1ゲーム先取の一発勝負。貴女が負けたら金輪際、私には近寄らないで頂戴」

「わっ、分かりました・・・!」


 美晴は驚いていた。信じられない、と言った表情で。


(まったく、苦労したよ)


 あたしはやれやれ、と肩をすくめ、さっきのやり取りを思い出してまた疲れ、ふっと笑いとも違う、ため息とも違う何かを吐き出していた。


(その頑固女を舞台に上げるのは)


 ―――美晴には黙って、昼休みにあたしは新倉を屋上へと呼び出していた


「毎日毎日アンタも大変だね。疲れるでしょ?」

「ええ、いい迷惑だわ。貴女、友人なら彼女を止めてくれないかしら」

「そりゃ出来ない相談だよ。あたしが止めてやめるくらいなら最初からそうしてる」


 半分真実、半分嘘の軽口をたたいてみる。

 ええ、そりゃウソですよ。だって、あたしの目的は・・・。


「ねえ。あの子との勝負、一度でいいから受けてくれない?」

「はぁ?」


 新倉は小さく、呟くように言い返す。


「嫌よ。そういう話なら私、聞く気ないから」

「あの子、諦めないよ」

「・・・」

「アンタが受けてくれるまで延々と言ってくる。新倉さんも静かな学園生活、送りたくない?」


 こんな言い方は美晴を貶めて脅迫してるみたいだけど、この際なんだって良い。


「貴女たちグルなの?」

「否定はしないけど。あたしは新倉さんにも興味があるんだ」

「・・・?」

「どうしてそんなにも頑なに拒否し続けるのか」


 そこで、彼女はぴくりと肩を震わせた。


「本当にイヤなだけなら、さっさと勝負でも何でも受けて適当に負けて、部に入るフリして逃げれば良い。別にアンタにテニス部入部を強制する権利なんて誰にも無いんだ。それで終わりでしょ」

「・・・」

「そしてもう1つの可能性。アンタがもしお姉さん並に強いなら、あんなうるさい奴、さっさと負かして黙らせればいい」

「うるさい」

「どうしてそんなにも頑なに、舞台に上がる事を嫌がるの? お遊び程度のテニスなら、運動経験者のアンタにとっちゃ放課後の軽い運動程度のことだろ」

「・・・ッ!」


 新倉はそれを聞いた瞬間、一気にあたしとの間合いを詰めるようにがん、と一歩踏み出すと、下からこちらを睨み上げ。


「貴女に何が分かるって言うの・・・!」


 明確な怒りの籠った目で、あたしを睨みつける。


「無神経なこと言わないで。こっちの事情も知らないで・・・!」


 あー、こりゃ地雷踏んだっぽいな・・・。

 100パー嫌われた。


 でも。


("美晴が負けたら、あたしも二度と新倉(あのこ)と口を効かない"って条件で、勝負まで取り付けたんだ)


 校庭の隅っこにある運動場。

 そこに1コートだけ、テニスコートがある。砂場のグラウンドに白線を引いて、ネットを張っただけの簡素なものだが、コートはコートだ。


 そこに2人の女の子の姿。

 1人は美晴。一応経験者らしく、ボールをぽんぽんと片手でバウンドさせている。新倉がサーブ権を譲ってくれたから、美晴のサービス。

 片方の新倉はセミロングの黒髪をポニーテールでまとめ、学校の運動着でレシーブの構え。


(なんか、すごく様になってるなぁ)


 上手く表現できないけど、"雰囲気"がある。

 経験者特有の"貫録"とでも言いかえればしっくり来るだろうか―――


0-0(ラブオール)


 審判はあたし。審判席は無いのでコートの真横からだけど、一応判定(ジャッジ)は出来る。


 ―――すべての準備は整った


(勝ってよ、みぃちゃん)


 あとは全部、任せるよ。

 この学校にテニス部を復活できるかどうか。

 全国大会への最初の一歩を、踏み出せるか。


 それが全て、この一戦で決まるんだ―――


「私、寂しかったんです」


 みぃちゃんは昨日、こんな話をしていた。


「しぃちゃんが引っ越した時・・・。突然、居なくなっちゃったから」

「うん。辛くて話せなくて」


 当時の事は今でも覚えている。

 両親に対して、あんなに泣いて反抗したのはあたしの記憶の中でも少ない。床に転がって、赤ちゃんみたいに聞かん坊になって・・・。それほど、きぃちゃんとみぃちゃんと離れるというのは受け入れがたいことだった。


「私も有紀ちゃんも大泣きして・・・。その時、2人で誓ったんです。いつかまた、しぃちゃんに会いに行こうって。おかしいですよね、引っ越し先も知らないのに」


 辛いのは、一緒だったんだ。

 あたしだけじゃない。2人も同じように辛かったし、悲しかった。


「それからかな・・・。私、有紀ちゃんの後ろに隠れるの、やめたんです。このままじゃダメだって、幼いながらに感じたんだと思います。悲しい時に何も出来ない自分に嫌になったのかもしれません」


 その覚悟は、よほどのものだったと思う。

 当時のみぃちゃんと、今の美晴はまるで別人のように見えるから。


「でも、私、ホントは・・・有紀ちゃんが東京の学校に進学するって聞いたとき、夜中に泣いちゃうくらい悲しかったんです。しぃちゃんが居なくなった時のこと、思い出して」

「美晴・・・」

「きぃちゃんが居なくなったら、私、この世界で独りぼっちになっちゃう。本気でそう考えて、ホントのホントに悲しくて、寂しくて・・・。だから中学に向かう初めての通学路で、私、逃げ帰りそうになってしまって。ああ、どうせここに通っても誰も居ないんだって、心のどこかでそう思ってた。有紀ちゃんとの約束もほっぽり出して、逃げたかったんです」


 今、弱音を吐く美晴の姿は、幼い日のみぃちゃんに少しだけ似ていた。

 あの頃のきぃちゃんの後ろでただ震えていることしか出来なかった、彼女に。


「それでも」


 だけど―――


「その通学路に、しぃちゃんが居た」


 違う。


「嬉しかった。叫びたくなるくらい、ううん。もっと。抱き着きたくなるくらい、心の中の世界が開けて行って・・・。ああ、私は何でも出来るんだって、そんな風に思えて」


 今の美晴は、もうあの頃みたいな弱い子じゃない。


「有紀ちゃんとの約束を絶対に果そうって、強く誓ったんです。しぃちゃんと一緒なら、しぃちゃんが隣に居てくれたら、そう考えたら、無限に力が湧いてくるみたいで」

「それであんなにテンション高かったんだ・・・」

「しぃちゃんが私のこと忘れちゃってたっぽいの、ちょっと傷つきましたけど」


 美晴は急に声のトーンを落とし、恨み節のように暗い調子でそうぼそっと呟いた。


「ご、ごめん。あれはホントに悪かったと思ってるっ」


 その彼女をあやすように、焦ってフォローを入れる。


「冗談です。ホントはずっと忘れられててもよかった。ただ、私の気持ちの問題・・・それだけでしたから」


 そう言いながらはにかむように笑う彼女を見て。

 ああ、この子。ホントに強くなったんだな、と。

 あたしはこの瞬間、確信した。


 美晴はこの6年間で、別人のように成長した。たくさんの悲しいや寂しいを乗り越えて、今の美晴ができたんだ。

 そんな美晴だから、あたしはこの一戦を全て彼女に任せた。

 この子なら―――


「ゲーム」


 絶対に。


「稲村美晴!」


 勝ってくれるって。

 そう、信じていたから。


「はあ、はあ・・・」


 疲労困憊でその場に倒れてしまった美晴と。


「はあ、はあ、はあ・・・んっ、はあ」


 その美晴より息が荒い新倉を見て、勝因が何なのか、ハッキリ分かる。


(テニスに触れていた頻度・・・)


 新倉は確かに凄い実力者だった。序盤は圧倒していた。

 しかし、ある時からパタリとボールの威力が死んで、息も絶え絶えになりまともに走れなくなっていたのだ。恐らく原因は、新倉が長い間・・・走り込みを中心とした持久力や基礎体力を鍛える練習をしていなかったから。


「粘り勝ち、だね」


 あたしは倒れている美晴の顔を真上から見て、そう微笑む。


「うん!」


 それに彼女は、とびきりの笑顔で返してくれた。

 この子になら―――


(あたしの中学3年間、預けてもいいかな)





「部の申請書、書いたの?」

「うん、バッチリ。でも、部長を誰にしようか迷ってて、2人の意見を聞きたくて・・・」

「悠、部長やる?」

「バカ言わないで。私はリハビリセンターにも通ってるんだからそんなの出来ないわ。志衣がやりなさいよ」

「あたしはそれこそ器じゃないよ」

「めんどくさいだけでしょ」

「半分それもある」


 あの一発勝負から、しばらく経って。

 あたしと美晴と新倉改め悠は、放課後の教室で机をくっつけあってテニス部復活の申請書の最終確認をしていた。


(なんか・・・)


 うん。


(あたし、『王道』を往ってるなあ)


 幼馴染、転校生と一緒に休部中の部活を復活させ、何もないところから全国を目指す―――

 まるで王道スポーツ漫画の序章じゃないか。

 ここから始まるんだ。あたし達のテニスが! 的なね。


「志衣、聞いてるの?」

「あ、ごめん。なんだっけ」

「部長!」


 部長、か。みんなのまとめ役。中心。

 そんなの―――


「そんなの、最初から決まってんじゃん」


 あの勝負の時から、或いはもっと前から。


「美晴」


 テニス部の中心は、彼女だった。

 美晴が行動しなかったらあたしはテニス部になんて入ってなかったし、悠もリハビリと並行して中学でテニスを始めようなんて思わなかっただろう。


「君が、この部の部長だよ」


 美晴は、うん、と軽く頷くと。

 あの笑顔を再び見せてくれた。


「ここから目指そう。みんなで一緒に、全国を―――」


 そんな力強い言葉と。

 まっすぐで一途な、想いと一緒に。


 あたし達海聖中学女子テニス部は、ここから始まったんだ。

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