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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第5部 都大会編 3
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特別編 あたし、王道を往きます! 中編

「や、そんなん無理でしょどう考えても」


 だから、あたしはそれを真正面からバッサリ切り捨てた。


「いくらウチの県が田舎で出場校が少ないからって、全国だよ? 出場校が少ないって言うのも都会に比べればって話だし、こんな休部中で部員が1人も居ない学校のテニス部が全国なんて、夢想も良いとこでしょ」


 この子の言ってることは無茶を通り越して無謀だ。

 早いうちに夢から覚ました方が良い。その方が、長い目で見れば彼女の為でもある。


「そ、そうでしょうか・・・」


 美晴はここで急にトーンダウンした。

 直球で現実を突きつけすぎただろうか。でも、それが長い目で見れば彼女の―――


「うぅ」


 下を俯く、隣の女の子。

 でも、それが長い目で見れば―――


「・・・」


 長い目で―――


「ぐすっ」

「あー、ウソウソ! 今の嘘っ」


 今更、否定してどうなるわけでもあるまい。

 でも、入学初日にクラスメイトの女の子を泣かせておいてそのまま放置するほど、あたしはガサツではないつもりでいる。そうでありたいとも思っているし。


「でも、こんな部員が1人も居ない田舎の・・・」

「部員なら1人は居るじゃん、美晴」

「・・・」

「ウソウソ! 新倉さん、だっけ。あの子、誘えば2人になるじゃない」

「2人じゃ部の申請できないんです・・・」

「何人、必要なの?」

「3人・・・」


 まじか。

 袋小路に追い詰められたぞオイ。

 だけど。


(ここで、うんと言っていいものだろうか)


 こんな簡単に、成行きみたいな形でテニスを始めて。

 覚悟もやる気もない状態で、果たして。


 ―――全国へ、いけるだろうか


「分かった」


 だから、あたしは注文をつけることにした。


「美晴が新倉さんを部に勧誘できたら、あたしもテニス部、入るよ」

「ほ、ホントですか・・・!?」

「うん。あのね、こんな事言うの失礼かもしれないけど」


 あたしが問うのは、たったひとつだけ。


「貴女が本気かどうか、あたしに見せて欲しい」


 そう、その1つ。


「美晴の"本気"を、見せて」


 本気で全国の舞台へ行くんだという姿勢、熱意、想い。

 全国という果てしなく遠い道のりを歩き始める、最初の一歩目を踏み出すんだと言う気概を、この目で確認しておきたい。


「分かり、ました」


 数秒。

 たった数秒、彼女は考えて。

 こくりとその小さな顔を縦に振る。


「私は本気だって、鳴坂さんに証明して見せます」

「志衣で、いい」

「え・・・」


 自分でも驚いた。

 こんなことを言うんだなって。

 でも、なぜか自分の心の中では全会一致の異論ない答えで。


「別に苗字じゃなくていいやって、そう思ったんだ」

「じゃあ、しぃちゃん・・・だね」


 瞬間。

 頭の中のどこかしらの回路が、バチッと火花を散らしたのを感じた。

 大袈裟に言えば頭痛とも言えるような、強い頭のひらめき。


(あれ)


 今の、なんだっけ。

 おでこを押さえて少し考えてみる。

 だがしかし、本気で考えれば"そんなこと"、簡単に思い出せた。


 あたしの脳裏にあったのは、田舎の田んぼ道を走る2人の女の子と自分。

 その1人が―――


「みぃ、ちゃん・・・?」


 目の前の稲村美晴であることに辿りつくのは、随分と容易なことだったのだ。





 幼い頃、この田舎の街で日が暮れるまで遊びまわった2人の女の子。

 うるさく活発で、あたし達をぐいぐいと引っ張ってくれるような子・・・彼女が、都会の学校に進学したという『藍原有紀』だった。あき、の"き"を取ってきぃちゃんだったわけだ。


(・・・なんで、あーちゃんじゃなかったんだろ)


 まあいいや。

 もう1人、あたし達の後ろをいつもついてくるような大人しい女の子。一回り背が小さいのが印象的だったみぃちゃんこそ、『稲村美晴』で。


(印象変わったなあ)


 あんな積極的な子じゃなかった。常に敬語を喋ってる辺りに大人しさの名残はあるけれど、それでも初対面の人間に「この雑誌の人の妹さんですよね」と迫れるような感じの子ではなかったのを覚えている。それはどっちかと言えば、きぃちゃんの役割だった。


 そして、あたし、『鳴坂志衣』こと、しぃちゃん。

 3人で遊びまわった日々は掛け替えのない思い出になっている。だから、いつかはこの街で3人が再会できるのを、あたしは心のどこかで願っていた節があった。昨日までは。


「丁度、きぃちゃんと入れ違いになるなんて」


 神様って残酷だよなあ。

 まあ、別にあたしは東京から来たわけじゃないけど。


 東京から来たのは―――


「新倉さん」


 あたしの後ろの席でつまらなさそうに頬杖をついている、この女だ。


「・・・なにかしら?」

「あの、私とテニス勝負してくれませんかっ」


 朝の爽やかさとはかけ離れた、まるで時間が止まったような雰囲気になって朝の教室の空気が凍る。寒いくらいの凍り方だった。

 いや凍るもんだね。この新倉悠って女にはぴったりな表現だ、"凍る"。


「あの、テニス勝負!」


 それからというもの、みぃちゃんこと美晴はことあるごとに新倉にテニス勝負を挑むようになった。(いくら幼馴染とはいえ、中学生にもなってみぃちゃんは恥ずかしすぎるので美晴と呼ぶことにする。)


 授業の間の休み時間も。


「これ、食べ終わったらテニス勝負!」


 給食の時間も。


「あの、勝負!」


 体育の授業のオリエンテーリングを受けている時ですら、勝負を仕掛けていたが。


「・・・」


 悉く、無視、もしくは軽くあしらわれて、まったく受けてもらえずにいた。

 あたしはそれを遠目で見ているだけ。


(一本調子じゃ通用しない相手だよ、どうする?)


 第一、あの新倉悠は本当にテニス経験があるのか、と半分投げやりな気持ちで美晴に問いかけた時。


「あります」

「そりゃまたどうして」

「新倉さんの脚や腕、細いながらも確かに鍛えた筋肉がありました。それに授業中、挙手してる時に見たんですけど、手のひらにマメの痕みたいなものがあったんです」

「いや、それだけじゃスポーツ経験者ってことは分かっても、テニス経験者かどうか分かんないじゃん」

「あの新倉燐選手の妹さんだと言うことを考慮すると、テニスである可能性は低くはないと思います。それに・・・」


 美晴はそこで少しだけ、顔を下に俯け。


「テニスって初めて私が新倉さんに言った時、寂しそうな表情をしたんです」

「寂しい?」

「なんと説明したらいいのか、ちょっと分からないんですけど・・・辛いとも違う、怒ってるではない、寂しい、悲しい表情を」


 あんな顔をするのは、きっとテニスに対して何か思うところがあるからなんです、と美晴は続けた。

 それは姉の七光りというか、そういうコンプレックスみたいなものが嫌になってテニスと言う単語を聞くだけで不快な気持ちになってるんじゃないのか、と言うようなことを返したんだけれど。


「嫌いなだけなら、寂しいって表情はしないと思うんです」


 と、美晴が一点の迷いもない口調で返して来たものだから、あたしはそれ以上何も言わなかった。


(何かあるんだよね、みぃちゃん・・・)


 貴女にそう思わせるだけの何かを、新倉に見出したってことなんだよね。

 みぃちゃん・・・美晴は、昔から人の表情を伺うのが上手な子だった。それはただご機嫌伺いをしているという捉え方をあたしはしてなくて、本当に人の気持ちが分かる・・・みたいな面があったんじゃないかと、未だに思っている。


 だから、美晴がその糸口を見つけたのなら、きっとそれはそうなんだ。

 あのいけ好かない女の中に、『寂しさ』という言葉で表現した何かを、見つけたんだよ。


(でも、それって・・・)


 そこで、ふと原点回帰する。

 新倉がテニスをやりたくない理由が、その『寂しさ』なら。

 彼女が美晴の言葉を頑なに拒み続ける理由って、結構立ち入った話というか・・・心の奥底にしまい込んでおきたいような、そんな繊細な話ではないのだろうか。


 ―――どうする?


 美晴にこのことを言うか? 忠告するか?

 いや、待て。だったら尚更、あたしが口を挟むべきではないのでは。

 拒否するのも新倉の自由だし、押し付けるのも美晴の自由だ。このまま平行線でいつまでも話がまとまらないなら、それはそれで―――


「うん」


 だから、あたしがすべきことは、きっと。

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