特別編 あたし、王道を往きます! 前編
山を1つ超え2つ超え、川も超えて最後にトンネルをくぐる。
そうするとようやくその街に入れるのだ。もう6年も前のことだから、すっかり忘れていると思ってたけど、人間の記憶力は結構ちゃんとしてたりする。この街への道筋を、あたしはちゃんと覚えていた。
もっとも、親の運転する車の後部座席でぼうっとしていただけだから、あたしが道を覚える必要はまったくなく、このワンボックスカーのカーナビさえそれを覚えていれば、万事解決する話ではある。
要するに、無駄話。
「こんな田舎だったっけ・・・」
新居もとい、6年前まで住んでいた家に着いて最初に思ったのはそれ。
記憶の中のこの街はもう少し栄えていたような気がしないでもない。"しないでもない"程度の自信。
「ふむ」
目の前に広がる田園風景、そして遠くに見える山々を見ていて思い出すのは幼い頃にここを駆けまわった友達のことだった。
1人はイヤになるほど元気でうるさかった女の子、もう1人はその子の後ろをずっとついて回っていて、何かとその子の影に隠れたがるような大人しい子だ。
あたしはと言うと、彼女たちの丁度中間で・・・ん、違うなどうだったんだっけ。自分で自分のことってあんまり覚えてないんだよなぁ。
(あの子たち、今なにやってんだろ)
名前は確か・・・、きぃちゃんとみぃちゃん。
まあこの街に戻ってきたからと言って、彼女たちに再会できるかどうかは分からない。田舎とはいえ、広いっちゃあ広いところだ。同じ学区内にまだ住んでいるかどうかも怪しいし、第一、あたしのことなんて綺麗さっぱり忘れてる可能性も大いにある。
ぼやっとしたまま春休みは終わり、海聖中学の入学式の日。
式中もあたしはぼやっとしていた。眠くて眠くて、何度もあくびをしながら、淡い期待を抱いて起立している周りの生徒を見回してみる。
知り合いなんて勿論誰一人おらず、かと言って"彼女たち"らしき人物も見当たらない。
(ま、期待してなかったけど)
それはそれで少し寂しいと言うものだ。
田舎とは言ってもそれほど過疎で悩んでいる様子はなく、中学校のクラスは1学年3つ。1クラス30人強で、学年全体で100人を超えている。あたしが割り当てられたのは1年3組だ。
「鳴坂志衣です。よろしくお願いします」
適当に挨拶して、適当に頭を下げておく。
教師からは特に何か言えとも言われてなかったし、あえてする必要もないだろう。
一息ついて、ゆっくりと椅子に腰かけたその時―――
「新倉悠。よろしく」
ひどく冷たい声が、後ろから聞こえてきた。
思わずばっと振り向くと。
(うわ・・・)
物凄い美人がそこには立っていた。
綺麗な黒髪をポニーテールにまとめた麗人。凛とした雰囲気や、どこか冷たいイメージがその第一印象を更に強調している。
「・・・なに?」
後ろを振り向いて絶句している前席のクラスメイトに、彼女は表情を一切崩さずピシャリと言う。
「い、いやあの、綺麗だなって」
「は?」
「髪・・・。いやごめん、いきなり」
彼女―――新倉悠は腕を組んで、眉を少しだけ吊り上げ。
「不愉快」
と、その一言だけ放ってふんと視線を外されてしまった。
(へいへい、美人様の言うことは絶対ですもんね)
そっちがその態度ならこっちだって。
綺麗って言った分の体力返せ、くらいと思う程度には不愉快になりましたよ。
◆
放課後。
「そ、そこのお二人っ!」
席を立とうとしたところを、突然呼び止められた。
が。
「ちょ、ちょっと無視しないでくださいよぉ~」
知らんぷりしてそのまま歩き出そうとしたところで、がしっと腕を掴まれてしまう。
「・・・あたし?」
「そう! 貴女と、あなた!」
そしてその子はもう1人、新倉悠の腕も掴む。
(マジか)
どういうメンタルしてんのこの子。
他人に対する怖さとか遠慮とか、新倉が作ってる他人近寄るなオーラとか、そう言うの一切気にならないタイプ?
「・・・なに?」
新倉の方はキレかけ・・・というか、完全にキレてる。
この子が気づいてないだけ。
さっきのあたしを見るような目で彼女の方を見ていた新倉に対して。
「あなた、新倉燐さんの妹さんですよね!?」
その子は、目をキラキラと輝かせながら言うのだ。
「ほら!」
そして高速で鞄の中からテニス雑誌を出し、広げると。
「この黒髪、目、すらっとした体系、そして名前! 間違いない!!」
雑誌の中の新倉燐選手を指差しながらぐいっと新倉に迫る。
「何が・・・」
「私、稲村美晴と言うものですっ。貴女にお願いがあって!」
彼女は新倉に有無を言わさぬ勢いで捲し立て、ちらりとこちらに目をやり。
「あ、貴女もですよ!?」
逃がさないから、とでも言わんばかりにすかさず言葉を入れてくる。
(なんなんだ、こいつ)
―――正直、
「私と一緒にテニス、やりませんか」
―――うぜえ、以外に言葉が出てこなかった
「いい加減にして」
あたしがそのことを喉元で飲みこんだのは―――
「姉さんがどうだか知らないけど、私はテニスなんかやらないし、興味も無いの」
(あ、ホントに妹だったんだ)
「あと、貴女のそのテンション、どうかと思うわ。嫌われたくないなら自重すべきね」
新倉はそうやって言い放つと、明らかな拒絶の意志を持って、教室から出て行った。
残されたあたし達。
地獄のような雰囲気だ。
教室のみんなもこっち見てるし、入学初日にしてこんな悪目立ちの仕方、最悪としか言いようがない。
恐る恐る、あたしは稲村美晴の顔を覗き込んでみる。
「~~~」
―――この子が、半泣きの表情で震えていたからだ
ここで追い打ちをかけるようなことをするほど、無神経ではないつもりでいる。
武士の情け?みたいなことを考えたんじゃない。
この地獄のような雰囲気の中で、あたしくらい、この子の味方になってあげてもいいんじゃないか。そういう『同情』だ。
ぽん、と彼女の肩に手を置いて、神妙な面持ちで話しかける。
「ま、あたしは話くらい聞くよ。稲村さん」
「・・・美晴でいいです」
あ、この子まだ結構元気だわ。
◆
場所を学校の屋上へ移す。教室じゃやりにくいったらありゃしないから。
この学校の屋上は解放されていて、ちゃんと昇れるパターン。決してドアを蹴破って無理矢理昇ったわけじゃない。フリじゃなくて本当に。
校庭を臨む金網フェンス際にぺたっと座り込んで、彼女の話を聞く。
「ウチのテニス部は休部中なんです」
「休部中? テニス部って中学では割かし人気の部活じゃ」
「3つ上の先輩たちが揉め事を起こしたせいだと聞いてます」
「・・・なるほどね」
こんな小さな街でゴタゴタなんか起こすから、悪評が飛び回って休部になったってわけだ。
「でも、私は絶対にテニス部を復活させたいんです」
「またなんで」
軽く聞くと、彼女は胸辺りをぎゅっと握りしめて。
「幼馴染との"約束"・・・って言ったら、笑いますか?」
「あはは」
ってからかったら、それなりにマジのトーンで怒られました。
「私には幼馴染が居るんです。その子は、」
なんだろう―――
「とても強くて、まっすぐで、前だけ向ているような子で」
その幼馴染の話をする彼女の表情、声、仕草。
「彼女、東京の中学に進学したんです。テニスの名門に、何も持たずに乗り込んだんですよ。経験者や名のある選手が行くような学校に」
その総てが―――
「私には彼女が、すごくキラキラして、輝いてて、かっこよく見えて・・・。凄いなって、心からそう思えて」
恋する女の子、そのもののように見えて仕方がなかった。
「彼女は、私と"約束"してくれたんです」
そう、"約束"。
「『わたしが白桜でエースになって、みーちゃんは海聖中のテニス部を立て直す。それでお互い、全国の舞台で会おう』って」
「ぜ・・・」
驚きすぎて、口から言葉が上手く出てこなかった。
「全国!?」
なにこの子。
ばかなの。ちょっとあれな子なの。
そう思わずにはいられない。
この子の言っていることはあまりに無謀で。
あまりに計画性の無い、ただの"夢"に過ぎなかったから―――




