高い壁
「―――」
思わず息をのむ。
これが全国大会常連のチーム、その1軍のプレー。
「実戦形式の練習じゃないのに、球の速さが1年生と全然違う・・・」
わたしも含めて、さっきまで見ていたプレーはやはりジュニアあがり、少し前まで小学生だった選手のプレーだった。
でも、ここに居る人達は全員・・・、身長や体つき含めて、全員中学生だ。
(子供じゃない・・・。大人になりかけてる人達の)
ふと、目線が胸元にいってることに気づく。
(バ、バカ何考えてんのこんな時に!!)
でも・・・。
そういうところも含めて、"小学生の延長"じゃないのは納得できた。
「球際のさばき方や基本的なフォーム、どれも素晴らしいです」
「分かるのか?」
「なんとなくですが・・・。私が所属していたジュニアの全国選抜チームより明らかにレベルが違うのは分かります」
文香が神妙な顔つきで呟く。
(レベルが違うのなんてわたしでもわかるっつーの!)
心の中でべー、と舌を出す。
「確かに水鳥、お前は1年の中では抜けていた。藍原が力で他の1年を圧倒していたのも確かだ。だが、だからと言って今すぐこの中に入って同じ練習を出来るかと言えば難しいだろう」
「!」
わたしはハッとして監督の顔を見る。
「そ、それじゃあ・・・」
あまりにもはっきりとそれを伝えられて、文香も動揺した様子だった。
「お前たち2人を呼んだのは、あくまで経験を積ませるため。本物を目の前で見てそれを吸収してもらうためだ。何も今すぐ2,3年生に勝てとは言わん」
わたし達はガラにもなく、2人そろって俯いてしまったけれど。
「夏までに勝てるようになれ」
その言葉で、顔を上げた。
「・・・あ」
「やります!!」
何かを言おうとした文香を遮って、わたしは言う。
「わたしの目標はエースになることです! その道を最短距離で走り抜けますよ!」
監督の目を見て、まっすぐに。
「・・・私も」
「ん?」
「私も、有紀には負けません」
そしてそれにつられたかのように、文香は静かにそう宣言した。
監督はそれに納得したように頷くと。
「お前たちにその気があるのなら良い。ついて来い」
わたし達を引き連れて、コートの中へと入っていった。
「小椋コーチ」
「あ、監督」
声をかけたのはあの柔和なお姉さん。
「その子たちは?」
「1年の中で見込みがありそうなのを連れてきた」
「水鳥さん・・・と、貴女は」
顔を見てぽかんとされてしまったので。
「藍原有紀であります! コーチ殿!!」
きっちり頭を下げて、名前を名乗る。
「あ、藍原さん・・・ね」
コーチ殿は若干引きながらも笑って答えてくれた。
「菊池!」
そして監督はその場で手を挙げ、大声で誰かの名前を呼ぶ。
「・・・?」
「・・・??」
わたしも文香も、訳が分からずその場に立ち尽くしてると。
「監督、お疲れ様です」
この人は先輩だろうか。
菊池と呼ばれて駆けつけてきたのは身長がわたしよりも一回りくらい小さな、ショートのピンク髪が特徴的なちんちくりんの先輩。強張った顔つきで、監督に挨拶をしている。
「お前にこの藍原の面倒を見てやって欲しい」
「「えっ」」
この場に居た、監督以外の全員の声が重なる。
それぞれ違う声色だったけれど、共通していたのはその言葉が不意打ちであったこと。
「わ、私・・・ですか?」
「そうだ」
「でも、私には私の練習が・・・」
「それも藍原と一緒に行って欲しい」
「・・・」
先輩はしばらく考えるが。
「・・・分かりました。出来る限り、やってみます」
ムチャクチャ不本意そうに、そう絞り出した。
「そういうことだ。良いな、藍原」
「も、勿論でございます! よろしくお願いします菊池先輩!」
わたしはそう言って、彼女に向かって頭を下げた。
「監督、私は」
蚊帳の外状態になっていた文香が、どうしたらいいのか分からないと言った具合になってしまっている。
「水鳥、お前は基本的な体力強化のメニューを行ってもらう。まずは外周20周だ」
「!?」
外周20・・・!?
この学校の敷地面積ってバカにならんレベルですよ!?
「コーチ。ストレッチと記録、頼めるか」
「分かりました。今の2,3年生の練習は・・・」
「私が引き継ぐ」
そして一言二言交わすと、コーチ殿と文香は一緒に外へと出て行った。
これって・・・。
(文香よりわたしが評価されたって事!?)
マジか! これってすごいことなんじゃないですかね!
「1年、何やってんですか。早く行くですよ」
なんて浮かれていると、さっきのちんちくりん先輩から声がかけられた。
「は、はい喜んで! どこへいくんでしょうか!?」
「隣のコート」
心なしかどこかぶっきらぼうでダウナーな先輩と一緒に、わたしはルンルン気分でコートから出て行った。
(へへ、見たか文香。一流は一流を知る・・・、見る人が見ればわたしはこの学校でも1軍レベルなんだ!)
今頃ランニングを始めているであろう文香の悔しそうな顔が目に浮かぶ。
「随分と楽しそうですね、1年」
「そりゃあもう! 先輩は楽しくないんですか!?」
わたしがテンション高めで言うと。
「・・・はあ」
何故だか思いっきりため息をつかれた。
「お前、まだ状況が分かってないんですか?」
「え? これから先輩と個別練習ですよね!?」
「そりゃあそうですけど」
先輩はこちらを向かずに言う。
「・・・1年を押し付けられて、その上2軍落ちなんて、こんなもんクビにされたのと一緒ですよ」
―――え
頭の中が、真っ白になる。
「そ、そんなことないですよ! わたしは1軍に呼ばれたんですから!」
まるで言い訳をするように。
必死で言葉を出した。
「じゃあ、昇格して即降格になったんですね」
「!」
「確かな事実を1つだけ教えてやるですよ。私は以前から、1年生の中で誰かが1軍へ入るのなら2軍降格だって言われてたんです」
「それって・・・!」
まさか―――
「さっき、体力強化の練習メニューに入った1年。あいつの代わりに私が2軍に落ちるって事です。コートは物理的に限られた人数しか使用できない。だから、余った選手は2軍行きなんですよ」
何も考えられない、何も話せなかった。
「・・・こんなことでショックを受けてるようじゃあ、レギュラーは夢のまた夢ですよ」
「ショ、ショックなんて!」
「強がらなくて良いですよ。私が初めて1軍に呼ばれたのは2年生の時・・・。それに比べればお前は1年の練習2日目から監督と話が出来てる。前向きに考えた方が良いと思いますよ」
ちょっと待って。その言い方って・・・。
「・・・先輩、3年生なんですか!?」
身長が小さすぎるから。ううん、違う。絶対に3年生じゃないと思っていた。
だって、3年生って、そんな人が・・・!
それを考えると、さっきの先輩の落ち込んでいた姿にも―――
彼女はうつろな目で、こちらを見やると。
すっと、手を差し出す。
「白桜女子3年、菊池このみです。よろしく、1年生」




