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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
158/385

そのままでいてね?

 緑ヶ原に入ってからはあっという間に日々が過ぎていった。

 まずはレギュラーになること。どこの馬の骨とも知れない1年生の話を先輩たちが聞いてくれるとは思えない。最低限、レギュラーを獲って部内での発言権を得る。これはワタシの腕があれば必ず達成できる目標だという自信があった。ジュニアで東京都大会ベスト4・・・1番で無いとはいえ、ワタシは決して弱くない。

 秋の大会でレギュラーになり、同級生、やがては先輩まで含めた部員全員の姿勢、練習、考え方、プレースタイル、果ては起用法に至るまで。ありとあらゆる点で、ワタシは"部内改革"を開始した。せいぜい都内の強豪校レベルだった緑ヶ原を、全国優勝を果たした黒永学院に勝てる集団にする為に―――


 そして臨んだ春の大会、緑ヶ原は準決勝で白桜に敗北する。


(まだ足りない―――!)


 白桜に勝てないようでは黒永には絶対に勝てない。

 足りない足りない、これだけやってもまだ足りない。


 ワタシは、この敗北を機に最終手段に踏み切る。


(最上乃絵のダブルス転向)


 最後のカードを、切る。

 春大での白桜戦、ダブルスの2敗が敗因だったのは誰の目からも明らか。

 小嶺姉妹ではダブルス1は荷が重い。黒永のダブルス1はジュニアでの全国優勝経験のあるペア―――ここに勝つには、もう最上乃絵を()てるしかない。


 相手(ペア)は・・・筋の良い選手が多い、新1年生の中から選出しよう。

 スカウト部が「今年は大豊作」と言ってのけた今年の1年生には確かに見どころのある選手が多い。この中から夏の大会までにシングルスプレイヤーを1人、用意できれば。


 ―――はじめて黒永と、正面から戦える


 そして夏の大会はラストチャンスでもあった。


 この大会で、ワタシの1つ年上である綾野五十鈴は中学テニス界から引退する―――

 あの女を負かすには、この最後の都大会で黒永と当たるしかない。

 ここを逃せば―――


(もう、ワタシの人生に二度とチャンスは来ない・・・!)


 綾野には『とある噂』が存在する。

 仮にそれが本当ならば、恐らく二度と彼女と対戦する機会は無いだろう。


(失敗できない、絶対に勝たなきゃ。勝たなきゃ、ワタシはあの女を、そして自分を許せなくなる)


 1年半かけて作り上げた、綾野に勝つための『ワタシの軍団(チーム)』。

 自信も、手ごたえもある。このチームで綾野に、黒永に勝つ。


 せいぜい慢心するといい。自分にまわらずチームが負けていく絶望を、"もう一度"味あわせてやる―――


 チームが強くなった確かな手ごたえを感じ始めていた、6月のこと。

 この日、東京に季節外れの大型台風がやってきていた。テニス部の練習も、今日ばかりは室内練習にせざるを得ない。

 緑ヶ原の室内練習場は決して満足するものとは言えず、練習できる選手はレギュラーの2,3年生に限られるが、平成最強レベルの強さの嵐だ。冗談抜きで、ここでの無茶は"命に関わる"。


「風、強いですわね・・・」


 ぼんやり、がちがち震える室内練習場の窓から外を見やりながら、愚痴に似たものを零す。


「こりゃー凄いな。さすがのボクも恐怖を覚えるレベルだ」

「あら珍しい。梶本さんの弱音だなんて」

「だってこの風、この雨だよ。外出たら飛ばされて死んじゃうよ」


 顔を曇らせながら、梶本はふうと息を吐いた。

 同級生の梶本(このおんな)―――性格的に少し抜けたところはあるものの、彼女のセンスは本物だ。今のまま成長していけば、来年の夏には東京都を代表する選手になっていても不思議ではない。


(まあ、別にどうでもいいけど・・・)


 ワタシは目を再び窓の外に向ける。

 その時だった。


「・・・人?」


 ―――"彼女"に、出逢ったのは


「誰か外に人が居る」


 ワタシのこの呟きで、事態は大事(おおごと)になった。


「なにやってるんだ、そこのお前ーーー!!」

「今すぐ中に入って! 危ないでしょ!?」


 言っても、"彼女"はまったく聞き耳を持たない。


「私が連れ戻してくる」

「部長!? 危ないですよ!」

「あれを放っておく方がよっぽど危ない!」


 吹き抜ける嵐の中を、最上乃絵は必死で歩いていき、大粒の雨のカーテンの向こうにいる"彼女"を、引きずるように連れ戻してきた。


 その、一連の様子を見ていて。


 ―――ドクン

 心臓が、今まで一度として鳴らなかった種類の鼓動を叩き始めたのだ。

 ドクンドクンドクン、と。強く強く、強く。


「バカ野郎!! 死ぬ気かお前は!」


 連れ戻してきた"彼女"を、最上は正座させてお説教を食らわせ始めた。

 普段から気が長く、何をするにも飄々としている彼女にしては珍しい。


 最上は、この時、本気で怒っていた。


「・・・だって」

「なんだ、反論があるのか!」


 この時、"彼女"が発した言葉が―――


「練習、したかったから・・・」


 ―――ワタシの世界を、変えた


 ドクン!

 心臓の高鳴りは最高潮を迎える。もう胸を押し付けて、息を荒くしないと耐えきれないほどの鼓動。


「は、はは・・・」


 ダメだと分かっているのに。

 笑いがこみ上げてきて、止まらなかった。


(すごい。すごいすごいすごい、この娘はすごい―――!)


 死ぬかもしれない環境で、それでもまだテニスを、練習をやめない?

 どんな頭してるんだ。どんな考え方を、どんな発想を、どんな目的を()ってそこに至ったんだ―――


(―――新倉、"雛"!)


 1年生の中でも卓越したメンタルで、レギュラーを獲りかけている選手。

 決めた、この子はレギュラーだ。


 だって、この新倉雛は―――


(テニスの為に死ねる子だ!)


 だから望み通り、死ぬまで練習させてあげる。

 そして、ドンドンドンドン使っていく。重要なところを任せて、エースに育てて見せる。


 ―――テニスの為に命を差し出せる女の子が、一体どれだけいるだろう?

 ワタシには、無理だ。

 無理だと割り切って、投げ出した道―――それをこの子は、歩こうとしている。何の恐れも、躊躇いもなく!!


(ああ、ドキドキが、胸の高鳴りが収まらない)


 彼女を見ているだけで、こんな気分になるなんて。

 この気持ちをなんと表現したらいいだろう。

 いいや。

 どう言っても、どの言葉に当てはめても、きっと陳腐になってしまう。この気持ちは―――


(もっと貴女のことを知りたい。もっと貴女の近くにいきたい。もっと貴女と一緒に居たい!)


 新倉雛―――

 貴女はワタシが失った、『1番』だ。『1番』たりえる子だ。貴女なら『1番』になってくれる! ワタシに再び『1番』を取り戻させてくれる!!


(ああ)


 ワタシはなんて、幸せなんだろう―――





 だけど、ワタシは知っていた。


 雛は自らの目的を達成した瞬間、今の雛ではなくなってしまうことを。

 ワタシの『1番』である雛は、居なくなってしまうことを。


 ―――雛、貴女にはずっとそのままでいてもらわなきゃ、困るの


 そうじゃなきゃ、ワタシはまた『1番』を失ってしまう。『1番』になってくれるかもしれないものを、なくしてしまう。

 だから貴女は、ずっとそのままでいてね。ずっと、姉である燐を恨み続けて。憎み続けて。対抗し続けて。絶対に、その貴女と、お別れしないでね? ワタシの為に。


(だからね、雛)


 貴女は燐と戦わせてあげない。戦わせてなるものですか。

 もし万が一、貴女が燐に勝ってしまったら―――考えるだけでもおぞましい。けがらわしい。

 貴女はワタシを置いて、勝手にどこにも行かないで。行けないようにしてやる。


(準決勝のオーダーで、意図的に貴女をシングルス2から外した)


 そう。

 新倉燐がシングルス2に来ることなど、誰の目からも明らかだろう。

 貴女を姉と戦わせるつもりなら、オーダー表のシングルス2の欄に貴女の名前を書けばよかった。

 それをしなかったのは、ワタシの意志。

 ただ、それだけのこと。


 ―――そして


(ワタシ自らの名前をシングルス2に書いたのも―――)


 燐の放ったショットを拾うフリをして、わざと見送る。


(ワタシの意志、ですのよ)

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