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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
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"いちばん"

 昔から何をするにも一番だった。

 かけっこをしても一番、絵を描いても一番、作文を書いても一番、勉強をしても一番。

 同級生の誰よりもかわいくて、誰よりも大人に気に入られていた。

 もとより、"やり方が分かっていた"。

 どうすれば一番になれるのか、その方法が。


 いつしかワタシが周囲から神童と呼ばれるようになっていたのも、当然だったのかもしれない。


 そんな小学生だったワタシは、ある日。


「・・・ふぁあ」


 テレビでやっていたテニスをたまたま目にした。

 ボールを追いかける選手は華麗で、まるでダンスを舞っているかのよう。それがワタシのテニスに対する第一印象だった。


「お母さま、ワタシ、テニスをやってみたいですわ」


 そう言うと、母は「またなの」というような微妙な表情をした。

 それもそのはず。ワタシが趣味や習い事のようなことを「やりたい」と言い始めたのはこれが最初ではない。

 今までも色々なものに手を出しては、その都度ある程度のところまで極め、飽きてはやめていた。


 ―――『神童』は何をやっても一番だから


 テニスも、そのうち飽きてやめるだろう。母はそれくらいにしか考えていなかったはずだ。

 ワタシは道具を買い与えられ、近くの(スクール)に通い始めた。一番になるために。


 一度やり始めれば、一番になる方法が頭の中に浮かんでくる。

 今までがそうであったように、今回もそうだった。コツを掴んでしまえば、一番になるのは容易い。

 そう。ワタシは―――


「凄い、神宮寺さん」

「もうこの塾であの子に勝てる子なんて誰も居ないよね」


 ―――ここでも、一番になっていた


(一番になっちゃった)


 じゃあ、もういいや。


 ワタシはそう思い、小学校5年生いっぱいでテニスをやめることにした。

 6年生になれば中学受験に本腰をいれなければならなくなる。神宮寺の家は代々、黒永学院に籍を置いているのだ。ワタシも黒永(そこ)に入学すべく、勉強を頑張らないと。

 そんな決意を固めた、その直後くらいに。


「神宮寺さん、最後にジュニアクラスの東京都大会、出てみない?」


 塾のコーチに一枚の用紙を手渡され。


「貴女なら6年生に混じってもベスト8・・・いえ、ベスト4も夢じゃないわ」


 その話を聞かされた時に、ワタシは変な引っ掛かりを感じた。

 ベスト8? 4?

 この人は何を言っているんだろう。


「コーチ、ワタシ、優勝を狙いますわ」

「大きく出たわね。うん、頑張って」


 一番になるんだよ、ワタシは。

 都の大会か何だか知らないけれど、関係ない。ワタシには一番以外の選択肢なんて、無いの。


 大会当日、コーチの言う通り、ワタシはベスト8に進出した。そして。


「ゲーム、神宮寺珠姫。6-2」


 準々決勝(ベストエイト)を、楽々と突破する。


「すごいすごい! すごいわ神宮寺さん! あと2勝で優勝よ~!」

「はい、どうも」


 喜び方が大袈裟な人だ、と思った。

 まだあと2回勝たなきゃならないのに、何をこんなに喜んでいるんだろう。


(一番以外、何の価値も無いのに)


 ベスト4が何だって言うんだろう。

 ワタシは準決勝に臨む。一番になるために―――


「ゲーム」


 いちばんに、


「綾野五十鈴。6-0」


 いちばんに、


「しょ、しょうがないわっ。あの子、6年生だし!」


 いち、ばん、に・・・。


「・・・ほとんど中学生よ。アメリカ帰りの帰国子女。天才テニス少女の五十鈴ちゃん、って聞いたことない?」


 なるために―――


 その日の帰り道、ぽつんと1人になった。

 塾から家までの帰り道。夕暮れもほとんど落ちかけていて、辺りは暗くて誰も居ない。人通りの少ない路地に入ったところで。

 ワタシは息をすうっと吸い込んで。


「ふざけるなあああああぁぁぁ!!」


 ふざけるなふざけるなふざけるなざけるなざけるなざけるな。


「なんでっ! はあ!? ワタシが負け、負けっ! はあぁ!?」


 こんなの認めないこんなの認めないこんなに認めない。


「ワタシは一番なんだ、一番になるんだッ! それを、うぅ・・・ああああぁ!!」


 生まれて初めてだ。

 惨めという言葉じゃ足りない。

 あの会場に居た全員に見られたんだ。"一番じゃないところ"を。

 そんなの、


「ッころしてやる!!」


 受け入れられるわけが無かった―――





「綾野五十鈴、名前は覚えた」


 その日帰ってから、スマホで名前を検索する。

 『天才テニス少女』『小4からアメリカに留学』『海の向こうで数々の賞を勝ち進んだ天才が凱旋帰国』『中学テニスの時代が変わる』

 読む記事読む記事、そんな内容ばかりで嫌になる。

 来月から中学生になるのに、なんでジュニアの大会なんかに出てんだよ。そんなの反則だろ。こいつさえ居なかったらワタシは今頃、一番になってたのに・・・!


(こいつに―――勝つ!)


 勝って、泣かせてやる。吠え面をかかせてやる。

 この女に勝ってワタシは一番になるんだ。その為なら―――


『綾野は黒永学院中学へ進学予定であり・・・』


 黒永への進学も取りやめだ。

 親には相当反対されるだろうけど、関係ない。


(ふう。冷静になれ、神宮寺珠姫)


 あいつと1度戦って、分かったことがある。

 それは―――


「ワタシじゃ、あいつには勝てない・・・!」


 悔しいけれど、認めるしかない。

 本当に悔しいけれど、認めたくないけど、客観的に見て認めるしかないんだ。それしかない。


 才能が違う。桁違いだ。

 運動神経というのは両親からの遺伝が大きいと言う話を聞いたことがある。

 それならば、神宮寺家(ワタシ)はかなり不利だ。

 両親ともに、学業に励んだ人で運動神経が特別良いわけじゃない。悪くは無いが、良くもないのだ。


 つまり、どれだけ努力してもワタシが綾野レベルのプレイヤーになるのは不可能に近い。


 ―――じゃあ、どうやって綾野を倒す?


(・・・頭を使え。どうすればあいつに勝てる・・・)


 それからは毎日そんなことばかり考えていた。

 綾野五十鈴を倒す。負かす。ぶちころす。

 その方法を。


 やがて綾野五十鈴を倒すという考え方から、綾野擁する黒永を倒すという方へシフトしていった。

 1人で倒すのが無理なら、チームで倒すしかない。

 正直、納得はいかないがこれが最も現実的な方法である。そこはクールになって妥協するしかない。


「中学テニスは3勝先取・・・、だったらシングルス1(あいつ)に回る前に試合を終わらせてやる」


 その他にもいくつか方法はある。

 チームの力を120%、いや200%引き出せば、黒永に勝つことも出来る。

 ワタシがその引き出し役になれば良い。チームの"行く先"を決める立場になれば、それが出来るんだ―――


 進学先はどこが良い―――黒永に対抗するなら、白桜?


「ここはダメ。縦社会過ぎるし監督の権限が強すぎる。久我まりかを味方に出来るのは相当のメリットだけれど・・・」


 ワタシの意見にいちいち大人が指図してくるようなチームはダメだ。

 そうやって絞り込んでいくと―――


緑ヶ原(ここ)だ! 最上乃絵は味方の駒として相当優秀だし、監督も口を出してくるような人間じゃない。この学校なら・・・」


 ―――おのずと答えは、出てきていた

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