VS 緑ヶ原 シングルス3 新倉雛 6 "似た者同士"
こんな風に全力で気持ちをぶつけあって戦えるの、初めてだ。
これはダブルスには無かった感覚。
ダブルスがペアとの共同作業で戦う場なら、シングルスは相手と1対1になって本気で向かい合える場なんだ。
雛の言いたいことが、ボールに乗って伝わってくるよう。
(楽しいんだね、雛も!)
その思いをひしひしと感じる。
だって、雛―――
(今、笑ってる!!)
だから、わたしも楽しい気持ちでラケットを振れる。
この瞬間がずっと続いたらいい・・・そんな風にも思える。
―――最初はお互い似てたから、同族嫌悪しあってたところもあったけど
似てるって事は、繋がる部分・共有できる部分が多いってことなんだ。
わたしと雛は似てるから、こんな風に一緒に気持ちよくなることだって出来る。分かり合う事だって出来るんだよ。
(もし、敵じゃなくて同じチームだったら)
最高のチームメイトになれていたかもしれなかった。
そうとさえ思える。
(コントロールが、効かなくなってきたっ!)
ボールに気持ちが『乗り過ぎている』。
わたしの悪いところの1つ、力の出し過ぎでストロークが長くなりすぎているのだ。このままじゃ制御できなくなって、ブレ球が暴れてしまう。
―――こんな時は!
『アレ』しか、ない。
◆
苦しい。
藍原のショットを返すのが、辛い。
ただでさえボールが揺れていて芯で捉えるのが難しいのに、ここにきて力も付き始めている。
(手首に来るね、このボールは!)
でも、さ。
終わりたくないよ。アンタとの試合、終わらせたくない。
(テニスをやっててこんなに楽しいの、いつぶりだろう―――)
もしかしたら、悠と一緒にやってた時以来かもしれない。
あたしの中にある悠の姿が・・・藍原。
アンタと被ってさえ見える。
あたしとアンタは似てるから―――
同じく似てる悠の影を、重ねてしまってるのかもしれないね。
―――瞬間、藍原の動きが鈍った
何が起きたかはしらないけど、ここで一気に攻め込むしかない。
コートの後方隅、そこに狙いを定めてショットを放つ!
楽しいけど、ううん、楽しいから。
「勝つのはあたしだ!!」
―――負けられない!
後方に向かったショットに、藍原は更に後ろに回り込み、軽く体を沈めると。
下から掬い上げるようにボールを叩き、それが舞い上がって。
昼過ぎの1番高い位置にある太陽と重なった。
(ああ)
センパイに警戒しろって言われてたはずだったのにね。
(楽しすぎて、忘れてたよ)
藍原の『最終兵器』が、コートの反対側へと飛んでいき、沈み。
ライン上へと落ちていく。
「ゲーム」
―――藍原有紀の最終兵器、"ドライブボール"
「藍原有紀! 4-4!」
長い長い1ゲームが、終わりを告げた。
まだ試合中盤、ゲームカウントは同点になったに過ぎない。
だけどその結果以上に、このゲームの内容は―――
◆
「へえ」
彼女達2人のプレイを見ていて、驚いた。
「良い試合してるじゃん」
1年生にしては精神的に成熟している試合だ。
夏の大会は彼女らにとって初めての公式戦。どうしても固くなってしまうことが多いのに、今のこの2人の試合にはそんな面など、まるで見当たらない。
こうやって外で観戦してるのが悔しくなるほどの、良い試合だ。
良い試合は1人では出来ない。
必ず、良い試合を演じてくれる対戦相手が必要になってくる。
そういう意味では、最高の試合だ。
ただ己の激情をぶつけ合っていた"準々決勝のあの試合"より、爽やかな1年生らしくて私はずっとこっちの方が好きだね。
「五十鈴ちんが1年生にキョーミ持つなんて珍しい~」
「この試合なら最初から見てればよかったよ」
「1年生なんか見るに値しない言うとったじゃろが」
「あの時はそう思ったけど、今はそうは思わない!」
手のひらをくるっと返すジェスチャーをして、ハッキリとそう言う。
「五十鈴、あの子に特別思い入れがあるから・・・」
志麻ちゃんが、コート上の藍原ちゃんを見ながらぼそりと呟く。
「そういうわけじゃないけどね。本当に良い試合だと思ったからそう言っただけだよ」
「でもあの1年生、節目節目で私たちの前に出てくるよね」
幸か不幸か、偶然が必然か、確かにそう言われればそうだ。
たかが1年生、それも白桜のレギュラーとはいえ基本ダブルス要員。
全然関係ないかと思ってたけど・・・。
(あの子の中にあるのかな。『永遠』が・・・)
目を細めて、彼女を見る。
おかしな打ち方、おかしな球質。それだけでは説明できない何かが、あの藍原有紀の中にはあるのかもしれない。
「・・・」
ふと、隣を見ると。
「・・・!」
完全に、へそを曲げてしまっていた。
「ハニー。嫉妬焼き焼き?」
―――私の、みーちゃんが
ちょっとだけ膨れているほっぺたに、ぷにっと人差し指を差してみる。
「してない」
「ごめんごめん、私の1番は断然ハニーだからね?」
「だからしてない」
「もう、機嫌直してよ~」
こうなっちゃうと長いんだから、ハニーは。
銀ちゃんと弥生ちゃんじゃないんだから、私たちはあんまり喧嘩とかしないタイプでしょ?
そんな風に語り掛けるも、ぷいっとそっぽを向てしまう。
(気分屋ってよく言われるけど、私だけじゃないよ)
ハニーも十分、気分屋だよ。
それがある程度自制できるか、できないかの差だけであって。
「決まったのう」
左隣に居た銀ちゃんが、ぼそりと呟く。
正面のコートを見ると・・・確かに、試合が終わったようだった。
◆
「ゲームアンドマッチ」
そのコールを受けた瞬間。
「ウォンバイ、藍原有紀! 6-4」
自分でも気づかないうちに右手でぐっとガッツポーズをしていた。
頭が真っ新になっていく感覚。
ダブルスの時と同じようなものだけど、現在は喜びを分かち合うパートナーが近くに居ない。
こういう時、どうしたらいいものだろうか―――
そんなことを考える余裕も無く。
頭の上を通り過ぎていく大声援と、カーテンコールの様に流れる拍手の音。
それらが自分の方へぐわっとやってきて、一身に浴びる気分。
―――最高
―――それ意外に言葉が思い浮かばない
嬉しくて嬉しくて嬉しくて、いっぱいいっぱいになりながらもそれでも嬉しくて。
笑うとか、喜ぶとか、どうしていいのかやっぱり分からないけど。
「ありがとうございます!!」
そう精一杯の声を出して、ラケットを持つ左手を挙げて、歓声に応えるように大きく手を振る。
「この不肖藍原、皆様の声援のおかげで勝てました!」
言う言葉はどれも清々しいように思えた。
それがどんなものであっても、今なら口に出せる。
―――だって、わたしは"勝った"んだから
「おめでとうございますっ!」
そして、言ってから気づくんだ。
「あれ、おめでとうって、今、おかしいっけ・・・?」
訳が分からなくなって、コートの外を見ると。
『いいよー、藍原ちゃん!』
『それでこそ藍原だ』
『どうせ考えても分からないッスよ~』
って、どう聞いても該当する人物が1人しか居ない返事が飛んできて。
「あ、今の万理でしょっ。分かるよ! 試合中も散々いろいろ言って! 聞こえてるんだからね」
わたしがそう言うと。
あはは、というたくさんの笑い声を返してくれる。
「最高の応援団だよ!」
この声援が、試合中に飛んでくる励ましの言葉が無かったら、きっと勝てなかった。
みんなが後ろに居てくれたから、わたしは独りじゃなかったんだ。
「ありがとう」
最後にもう一度、そう言って。
わたしはコートの外へと続く金網フェンスの扉へ、歩みを向けた。




