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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
154/385

VS 緑ヶ原 シングルス3 新倉雛 6 "似た者同士"

 こんな風に全力で気持ちをぶつけあって戦えるの、初めてだ。

 これはダブルスには無かった感覚。

 ダブルスがペアとの共同作業で戦う場なら、シングルスは相手と1対1になって本気で向かい合える場なんだ。


 雛の言いたいことが、ボールに乗って伝わってくるよう。


(楽しいんだね、雛も!)


 その思いをひしひしと感じる。

 だって、雛―――


(今、笑ってる!!)


 だから、わたしも楽しい気持ちでラケットを振れる。

 この瞬間がずっと続いたらいい・・・そんな風にも思える。


 ―――最初はお互い似てたから、同族嫌悪しあってたところもあったけど

 似てるって事は、繋がる部分・共有できる部分が多いってことなんだ。

 わたしと雛は似てるから、こんな風に一緒に気持ちよくなることだって出来る。分かり合う事だって出来るんだよ。


(もし、敵じゃなくて同じチームだったら)


 最高のチームメイトになれていたかもしれなかった。

 そうとさえ思える。


(コントロールが、効かなくなってきたっ!)


 ボールに気持ちが『乗り過ぎている』。

 わたしの悪いところの1つ、力の出し過ぎでストロークが長くなりすぎているのだ。このままじゃ制御(コントロール)できなくなって、ブレ球が暴れてしまう。


 ―――こんな時は!


 『アレ』しか、ない。





 苦しい。

 藍原のショットを返すのが、辛い。

 ただでさえボールが揺れていて芯で捉えるのが難しいのに、ここにきて(パワー)も付き始めている。


(手首に来るね、このボールは!)


 でも、さ。

 終わりたくないよ。アンタとの試合、終わらせたくない。


(テニスをやっててこんなに楽しいの、いつぶりだろう―――)


 もしかしたら、悠と一緒にやってた時以来かもしれない。

 あたしの中にある悠の姿が・・・藍原。

 アンタと被ってさえ見える。


 あたしとアンタは似てるから―――


 同じく似てる悠の影を、重ねてしまってるのかもしれないね。


 ―――瞬間、藍原の動きが鈍った


 何が起きたかはしらないけど、ここで一気に攻め込むしかない。

 コートの後方隅、そこに狙いを定めてショットを放つ!


 楽しいけど、ううん、楽しいから。


「勝つのはあたしだ!!」


 ―――負けられない!


 後方に向かったショットに、藍原は更に後ろに回り込み、軽く体を沈めると。

 下から掬い上げるようにボールを叩き、それが舞い上がって。

 昼過ぎの1番高い位置にある太陽と重なった。


(ああ)


 センパイに警戒しろって言われてたはずだったのにね。


(楽しすぎて、忘れてたよ)


 藍原の『最終兵器』が、コートの反対側へと飛んでいき、沈み。

 ライン上へと落ちていく。


「ゲーム」


 ―――藍原有紀の最終兵器、"ドライブボール"


「藍原有紀! 4-4!」


 長い長い1ゲームが、終わりを告げた。


 まだ試合中盤、ゲームカウントは同点になったに過ぎない。

 だけどその結果以上に、このゲームの内容は―――





「へえ」


 彼女達2人のプレイを見ていて、驚いた。


「良い試合してるじゃん」


 1年生にしては精神的に成熟している試合だ。

 夏の大会は彼女ら(いちねんせい)にとって初めての公式戦。どうしても固くなってしまうことが多いのに、今のこの2人の試合にはそんな面など、まるで見当たらない。

 こうやって外で観戦してるのが悔しくなるほどの、良い試合だ。


 良い試合は1人では出来ない。

 必ず、良い試合を演じてくれる対戦相手が必要になってくる。

 そういう意味では、最高の試合だ。

 ただ己の激情をぶつけ合っていた"準々決勝のあの試合"より、爽やかな1年生らしくて私はずっとこっちの方が好きだね。


「五十鈴ちんが1年生にキョーミ持つなんて珍しい~」

「この試合なら最初から見てればよかったよ」

「1年生なんか見るに値しない言うとったじゃろが」

「あの時はそう思ったけど、今はそうは思わない!」


 手のひらをくるっと返すジェスチャーをして、ハッキリとそう言う。


「五十鈴、あの子に特別思い入れがあるから・・・」


 志麻ちゃんが、コート上の藍原ちゃんを見ながらぼそりと呟く。


「そういうわけじゃないけどね。本当に良い試合だと思ったからそう言っただけだよ」

「でもあの1年生、節目節目で私たちの前に出てくるよね」


 幸か不幸か、偶然が必然か、確かにそう言われればそうだ。

 たかが1年生、それも白桜のレギュラーとはいえ基本ダブルス要員。

 全然関係ないかと思ってたけど・・・。


(あの子の中にあるのかな。『永遠』が・・・)


 目を細めて、彼女を見る。

 おかしな打ち方、おかしな球質。それだけでは説明できない何かが、あの藍原有紀の中にはあるのかもしれない。


「・・・」


 ふと、隣を見ると。


「・・・!」


 完全に、へそを曲げてしまっていた。


「ハニー。嫉妬焼き焼き?」


 ―――私の、みーちゃんが


 ちょっとだけ膨れているほっぺたに、ぷにっと人差し指を差してみる。


「してない」

「ごめんごめん、私の1番は断然ハニーだからね?」

「だからしてない」

「もう、機嫌直してよ~」


 こうなっちゃうと長いんだから、ハニーは。

 銀ちゃんと弥生ちゃんじゃないんだから、私たちはあんまり喧嘩とかしないタイプでしょ?

 そんな風に語り掛けるも、ぷいっとそっぽを向てしまう。


(気分屋ってよく言われるけど、私だけじゃないよ)


 ハニーも十分、気分屋だよ。

 それがある程度自制できるか、できないかの差だけであって。


「決まったのう」


 左隣に居た銀ちゃんが、ぼそりと呟く。

 正面のコートを見ると・・・確かに、試合が終わったようだった。





「ゲームアンドマッチ」


 そのコールを受けた瞬間。


「ウォンバイ、藍原有紀! 6-4」


 自分でも気づかないうちに右手でぐっとガッツポーズをしていた。

 頭が真っ(さら)になっていく感覚。

 ダブルスの時と同じようなものだけど、現在(いま)は喜びを分かち合うパートナーが近くに居ない。


 こういう時、どうしたらいいものだろうか―――


 そんなことを考える余裕も無く。

 頭の上を通り過ぎていく大声援と、カーテンコールの様に流れる拍手の音。

 それらが自分の方へぐわっとやってきて、一身に浴びる気分。


 ―――最高

 ―――それ意外に言葉が思い浮かばない


 嬉しくて嬉しくて嬉しくて、いっぱいいっぱいになりながらもそれでも嬉しくて。

 笑うとか、喜ぶとか、どうしていいのかやっぱり分からないけど。


「ありがとうございます!!」


 そう精一杯の声を出して、ラケットを持つ左手を挙げて、歓声に応えるように大きく手を振る。


「この不肖藍原、皆様の声援のおかげで勝てました!」


 言う言葉はどれも清々(すがすが)しいように思えた。

 それがどんなものであっても、今なら口に出せる。


 ―――だって、わたしは"勝った"んだから


「おめでとうございますっ!」


 そして、言ってから気づくんだ。


「あれ、おめでとうって、今、おかしいっけ・・・?」


 訳が分からなくなって、コートの外を見ると。


『いいよー、藍原ちゃん!』

『それでこそ藍原だ』

『どうせ考えても分からないッスよ~』


 って、どう聞いても該当する人物が1人しか居ない返事が飛んできて。


「あ、今の万理でしょっ。分かるよ! 試合中も散々いろいろ言って! 聞こえてるんだからね」


 わたしがそう言うと。

 あはは、というたくさんの笑い声を返してくれる。


「最高の応援団だよ!」


 この声援が、試合中に飛んでくる励ましの言葉が無かったら、きっと勝てなかった。

 みんなが後ろに居てくれたから、わたしは独りじゃなかったんだ。


「ありがとう」


 最後にもう一度、そう言って。

 わたしはコートの外へと続く金網フェンスの扉へ、歩みを向けた。

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