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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
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"何も言ってくれなかった"



 あたしと悠は同い年の姉妹だった。

 幼い頃から同じ時間を多く共有して、何をするにも2人一緒。そんな間柄。


「お姉ちゃん、すごいな~」


 そんな悠がキラキラした眼差しで見つめていたのが、一つ年上の長女、燐だった。


 一つしか年が変わらないのに、姉はとても"出来た人"だった。

 新倉家という特別な家系の長女だという自負もあったのだろう。子供とは思えないほどしっかりとしていて、親戚の集まりでも姉妹を代表して前に立つのはいつも姉だった。

 白桜の初等部に入学すれば―――あたし達姉妹は例外なく白桜に入学した―――勉強でも抜群の成績を残し、クラスメイトは勿論、私たち1つ年下の学年からも「あの人はすごい」と一目置かれる存在になっていた。


「すごいね、燐」

「さすがはお母さんの娘だわ」


 両親からも一目置かれ、よく頭を撫でられていたのは、姉。

 そしてその姉を、純粋で無垢で、それでいてまっすぐ、キラキラした視線で見つめていたのが悠だった。


「お姉ちゃんは本当にすごいんだ。私も、お姉ちゃんみたいになりたいっ!」

「うん。なれるといいね」

「なれるといい、じゃなくてなるんだよ。お姉ちゃんに恥じない妹になる!」


 正直、悠のその勢いにあたしは着いていけなかった。

 確かに姉のことはすごいとは思うし、内心尊敬もしていたんだろうけど、あくまであの人は家族。そんな憧れとか、大したもんじゃないと思っていた。

 みんな過剰に姉のことを褒めるけど、あたしや悠だって、頑張ればああいう風になることだって出来るはずなんだ。


 ―――そんな姉が特に熱を上げていたが


「お姉ちゃん、もう無理っ。強すぎだよ~」

「あら悠。もうおしまい?」

「お姉ちゃんの球って速いし、私もう疲れちゃって・・・」


 ―――テニスだった


 元々は母親の影響。

 母さんは大学までテニスをやっていた筋金入りのテニス選手で、テニス好き。子供にも英才教育を、と考えていたのだろう。姉もあたし達姉妹も、5つになる前からラケットとボールに触れていた。


 特に姉はその母さんの遺伝子を一身に受け継ぎ、めきめきとその才能を開花させていっていた。

 そして。


「悠、凄いよ。あたし、こんな球打てない」

「私なんて全然! お姉ちゃんに比べたらこんなのまだまだだよ!」


 悠もまた、母さんの才能を受け継いでいた。

 姉程ではないにしろ、悠のテニスプレイヤーとしての才能は疑いようのないほど高く、天才姉妹として騒がれ始めるほどになっていた。


「ふふ。また私の勝ちね」

「むぅ~、また負けたぁ。1回くらい勝たせてくれてもいーじゃん!」

「悠はわざと手を抜いた私に勝って嬉しい?」

「くそー! もっと上手になって、ぜったいお姉ちゃんに勝つ!」


 すると姉はくすくすと笑って、それにつられて悠も笑い始めた。

 いつもの練習終わりの風景。大抵、悠が疲れで動けなくなって終わるのだ。


 でも、そんな疲れた状態でも。

 2人は心の底から、本当に楽しそうだった。


 ―――あたしは、


 ―――そんな悠の姿を見るのが大好きだ


 不思議と、嫉妬のような感情は無かった。

 姉と悠が2人でテニスをしているところは画になるし、どんどん上達していく悠を見るのが自分のことのように嬉しかったのだ。


「お姉ちゃんに勝つために、もっともっと練習がんばる! 1回も勝てないままなんて、悔しすぎるもん!」

「悠なら勝てるよ。悠はすごく上手だし。あたし、応援してるからね」

「ほんとぉ? ありがとー、雛ー」


 ぎゅっと抱き着かれ、全身、悠に包まれる感覚。

 あたしはそれが嬉しくて。思わず顔が赤くなってしまう。


 嫉妬なんてあるはずがないんだ。

 だって、あたしがどんなに頑張っても、姉や悠のようにはなれない。

 そう感じ取っていたから、嫉妬というものが芽生えなかったんだと思う。


(悠が幸せなら、あたしも幸せ)


 悠が楽しそうにラケットを振る姿を見ている。それだけで、あたしにとっては十分だった。


 十分、幸せだったんだ。


「悠ッ!!」


 ―――あの日、


「いたい、痛いよぉ雛ぁ・・・」


 ―――あたしの名前を叫びながら泣く、悠を見るまでは


 練習中の不慮の事故だったとか、誰のせいでもないとか、周りの大人はそんな事ばかり。

 悠本人だって「仕方ない」って、「無理しすぎちゃった」って、言ってたけど。


 あたしには分かっていた。


(悠の無茶(オーバーワーク)を招いたのは、あの場に居た年長者である(あいつ)だ)


 いつも子供だけで練習する時は、姉が指導者だった。

 姉に導かれて悠は自主的に(スクール)以外でも練習するようになったんだ、そういう習慣が出来ていた。


 あの人は来年、中学生になる。

 もう何もわからない子供という年齢じゃない。

 特に、あたし達姉妹にとっては―――姉は目指すべき目標で、あたし達のまとめ役だった。


 こんな時ばっかり子供ぶるのは、卑怯じゃないか。


 ―――何よりも


(あたしだって、血の繋がった家族を逆恨みみたいに憎みたくはなかった)


 ―――あたしが姉をこんな風に思うようになった、最大の原因は


 悠の居なくなった部屋で1人、呆然とする。

 やり場のない怒りと、何か今までに思った事のない、黒い感情を抱きながら。


 『あいつは、何も言ってくれなかった』


 あたしに対して、姉は何も言ってくれなかった。何もしてくれなかった。

 一緒になって悠の怪我を悲しむことも、泣くことも、起こってしまった事故を嘆くことも、悔やむことも、謝ることも無く。

 ただ黙って、あたしに背を向けた―――


 いくらなんでも、家族に対してそれは無いんじゃないか。

 何でもいい。何か言ってくれたら。

 あたしはどれだけの夜、それを考えて悩み続けただろう。


 結局、その後、姉とは一切疎遠となり、あの人が中等部テニス部の寮に入り家を出るまでロクに口もきかなかった。


「雛、私ね。地方の中学に行くことにしたんだ」

「ふぅん・・・」

「良いリハビリセンターのある街なの。そこでリハビリを続ければ」

「ごめん、悠。明日朝練だからもう寝るわ」

「あ、うん」


 聞きたくない。

 あたしと違うところに行っちゃう悠の話なんか、聞きたくないよ。


 ―――あたしには、目標があるんだ


(あいつに、テニスで勝つ・・・!)


 1回。1回で良い。

 テニスで姉に勝つっていう目標を。夢を。

 "悠の代わりに"、あたしが―――


 あたしが、悠の『願い』を叶えるんだ。


(悠がそれを諦めざるを得ないなら、姉であるあたしが!)


 こんな事して、何になるのかって、そんなの分からない。

 何にもならないかもしれない。それでも。


 ―――あたしには、"これ"しかないんだ


 別にもう今更、謝って欲しいとも思わないし、謝られたってそれこそ何にもならない。

 この目標の深い意味とか、意義とか、そんなのどうだっていい。

 あたしはあの日、見ているだけで何もしなかった―――後悔しかできなかった自分と決別をしたい。

 そのための目標が、あたしを(ないがし)ろにした姉との決着だ。

 この道は誰にも邪魔させない。あたしはあたしの全てを懸けて、あの人に勝つ。


「私、緑ヶ原中学のものですが・・・」


 そんな時、塾で練習するあたしに、最初に声をかけてくれたのが緑ヶ原だった。


「貴女の努力する姿勢、勝ちに対する執念、大変素晴らしいです。ウチに来れば、もっとその才能を伸ばしてさしあげられるかと」

「本当に、あたしなんかで良いんですか?」

「全面バックアップする体制が、我々にはあります」


 心は決まった。

 しつこく勧誘してくる白桜中等部への進学を断り、あたしは白桜を出た。

 自分と決別する為に、まずは白桜という大きなくくりから決別する。


「今年の新入生は以上か。緑ヶ原は特別な申請をした者以外は、寮に入ってもらうことになる。申請書は顧問の―――」


 この人が、"東京四天王"の1人、最上乃絵部長か。

 それほどまでに強い人の下でプレーできる。恵まれた環境であることに違いは無い。


(あたしだって、部長くらい強く―――)


 入部1日目から、あたしは全力だった。

 挨拶も全力、走るのだって全力、先輩たちへの挨拶だって全力でやった。


 すると―――


「あなた」


 あたしの前に。


「ちょっと力を入れ過ぎじゃないかしら。リラックスしなきゃ、1週間でバテてしまいますよ♪」


 女神様が舞い降りた―――

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