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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
151/385

VS 緑ヶ原 シングルス3 新倉雛 4 "最高の味方"

(1球目はフラット・・・)


 それを頭の中で呪文のように唱えて自分に言い聞かせる。

 強いサーブへの対抗策を。

 向こうがトスを上げた瞬間に、両手で握るラケットに力を入れ、変化(ゆれ)への対抗を捨てて、対パワーに一点張り―――


(センパイのデータだ。これで失敗するなら、悔いはない)


 藍原の右手から、トスが上げられ。

 普通の―――普通と言っても藍原の普通は普通じゃないんだけど―――モーションから、サーブが放たれる。


 ボールは、


「揺れてない!」


 フラットだ!


「えええぇい!!」


 叫びながら、それをレシーブする。

 良い手応えがした。ナイスレシーブが出来たと思う。


 自慢の必殺サーブを完璧に返されたことで驚いたのか、藍原の初動が一歩、遅れる。

 これならこのレシーブには間に合わ―――


 かつん。


 乾いたラケットの音がした。


(拾った!?)


 しかし、返しただけだ。

 ボールは大きく浮き、完全なチャンスボールを手堅くネット近くに落とす。


「0-15」


 ふう、と息をひと吐き。

 汗が滲んでくる(ひたい)をリストバンドで拭いて、レシーブ位置に戻った。


(あれを返す、か・・・)


 確実に初動は遅れていた。

 それでもあれに追いついたのは天性の敏捷性か、それとも偶然(たまたま)か―――


(あいつの場合、どっちか分からないな)


 ・・・、そんなことはどうでもいい。

 あたしはもう一度、センパイのアドバイスを思い出す。


(フラットは連続で打ってこない)


 ここでサーブの選択肢はブレ球のサーブか、クイックかの二択になるのだ。


「フォルト」


 案の定、クイックサーブを選択したもののそれがネットに引っかかる。

 これはさっきのサービスゲームでも見られた傾向。

 試合開始直後より、明らかにサーブのコントロールが効かなくなっているのだ。


(フォルトの場合、2球目にフラットは無い。2球目に来るのは高確率で―――)


 『クイック!』


 心の中の声と実際に見た映像が重なって、少しゾクッとした。

 完璧にサーブを読むことに成功したのだ。

 クイックに差し込まれることもなく、冷静にそれを相手コートに返す。


 そしてサーブを完璧に返しさえすれば―――


「0-30」


 ―――藍原有紀は、普通の1年生に過ぎない!


 ぐっとガッツポーズをして、そのことを思い出す。


(緑ヶ原のエースとしてここまで戦ってきたあたしの中には、あいつには無い自信と経験がある!)


 今まで、幾多のエースと呼ばれる選手たちを倒してきた。

 その中には、今の藍原より強い選手など何人もいた。


 ダブルスを1勝1敗で分けているこの試合―――まさに、団体戦全体を左右するような大切な試合だ。


(負けない。負けて堪るか、あの人が居る、白桜なんかに!)





 変な、うっすらとした疑惑めいたものが、頭を()ぎった。


(サーブが・・・読まれてる・・・?)


 3種類のサーブのうち、どれを打つのか、読まれているような気がする。


(うそ。わたし、自分でも気づかないクセとか、あるの・・・?)


 あってもおかしくない。

 元々、有り得ないようなフォームで打ってるんだ。変な癖とか如何にもありそうだし、それがもし敵にバレていたとしたら、サーブの球種が読まれていたとしても何の不思議もない。


 ―――どうしよう


 そんな事で頭がいっぱいになる。

 どうしようも何もない。コート上にはわたし1人しか居ないんだ。自分を信じてサーブを打つしか・・・。


 自分を、信じて・・・?


 そんなに信用できるものを、わたしは持ってるのか。

 確かにサーブには自信があった。でも、それが根本から揺らいでるんだ。このサーブが読まれてたとしたら、わたしが雛に勝ってる要素って、何かある・・・?


(こんな時、ダブルスなら)


 このみ先輩の背中を見れば、指示を出してくれる。

 安心が出来るんだ。

 ここにはそれが一切ない。

 信じられるものは自分だけ、誰も助けてなんてくれない。


(これが、『孤独』・・・)


 あの自信家の文香が、ベッドで丸くなってふさぎ込んでまで戦っていたものの正体。


(そりゃあ、怖いよね)


 こんな色んな人が見てる中で―――

 そんな正体の分からないようなものと戦うなんて。

 今のわたしには、出来ない。

 だから。


「ああぁぁぁっしゅ!!」


 叫ぶことにした。


「わたしには、自信が無い!」


 コートを囲む観衆が、ざわついたのが分かる。


「なので、もっと声援の方、よろしくお願いします!」


 この叫びに、応えてくれるとは限らない。

 なにこの子、バカじゃないのと白い目で見られる可能性だってある。


 ―――でも


 ―――それは、無い!


 わたしが自信を持って言えるのは、それだけ。だって。

 この観衆の半分は―――


「姉御ー!」

「藍原さーん!」


「有紀!」


 ―――白桜の応援団(わたしのなかま)だから


(わたしが積み上げてきたのは、チームの仲間たちとの絆!)


 寮に居る時も、教室に居る時も、練習する時も、ご飯食べる時も。

 寝る時だって。


 この数か月間、わたしは24時間―――


「藍原! やってやれです!!」


 ―――この仲間たちと、過ごしてきた


(だから、独りじゃない)


 コートの上に居るのは1人かもしれない。

 でも、今は、その外に仲間が居る。

 わたしは絶対に、独りなんかじゃない。


 ―――考えるな


 感じるままに、この勢いのままに―――


 ―――打ってみろ!


 打ちたいサーブを、打ちたいように、思い切り。

 それしか出来ないわたしには、この勢いに乗るしかない。

 勢いに乗っかって乗っかって乗っかって、その勢いをサーブにして、敵にぶつけるんだ!


「15-30」


 気づくと。


「よし、1点!!」


 サーブは雛のレシーブの勢いを押し切り、敵コートの内に力なく転がっていた。





 ―――なんだ、こいつ


 たった一言で。

 このコートのまわりに居る人たちを、味方につけた。


 勿論、緑ヶ原の応援団も居る。

 しかし白桜の方が数が多いことに変わりはない。段々と声の量でも押され始めている。


(ムカつくムカつく)


 1人じゃ何もできない臆病者が、観衆(ギャラリー)に助けを求めた?

 こいつのテニスは間違ってる。

 もしコート外に誰も居なかったら、どうするつもりだったんだ。

 白桜よりウチの方がもっと多くの応援団を連れてきていたら、どうするつもり―――


(くっ)


 こんなの全部、負け惜しみの"タラレバ"じゃないか。

 現実とはかけ離れた想定をして、こんなはずじゃなかったって。


(違う違う。レシーブをきちんと返して、この声援を黙らせる!)


 センパイのデータ通りなら、次は―――


(フラットは連続してこない。揺れか、クイックか)


 どっちだ。

 どっちを使って―――


「フラット!?」


 しまった。

 その可能性を捨てていた。今まで、先輩のデータが全部的中していたから―――


 反応しきれず、サーブを見送ってしまう。


「30-30」


 データは、データに過ぎない。

 100%その通りになることなんて無い、そんなこと分かってたはずなのに。


(この雰囲気・・・!?)


 この声援が、一瞬の判断を鈍らせたの?

 あたし、呑まれてる・・・?


 『白桜に』―――


「違う!!」


 こんなの、あたしじゃない。

 あたしはこんなもんじゃないんだ。藍原(あいつ)とは、この一戦に懸ける思いが違う。


 この試合の為に、あたしは緑ヶ原に入ったんだ。白桜からのしつこいスカウトを全部、断って。


 総ては―――


新倉燐(あいつ)に勝つため!)


 こんな奴に負けるようじゃ、あいつには勝てない。

 それじゃあ意味が無いんだ。あたしはあいつに勝たなきゃ。


 そうじゃなきゃ、こんなもん、全部意味ないんだ―――

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