VS 緑ヶ原 シングルス3 新倉雛 4 "最高の味方"
(1球目はフラット・・・)
それを頭の中で呪文のように唱えて自分に言い聞かせる。
強いサーブへの対抗策を。
向こうがトスを上げた瞬間に、両手で握るラケットに力を入れ、変化への対抗を捨てて、対パワーに一点張り―――
(センパイのデータだ。これで失敗するなら、悔いはない)
藍原の右手から、トスが上げられ。
普通の―――普通と言っても藍原の普通は普通じゃないんだけど―――モーションから、サーブが放たれる。
ボールは、
「揺れてない!」
フラットだ!
「えええぇい!!」
叫びながら、それをレシーブする。
良い手応えがした。ナイスレシーブが出来たと思う。
自慢の必殺サーブを完璧に返されたことで驚いたのか、藍原の初動が一歩、遅れる。
これならこのレシーブには間に合わ―――
かつん。
乾いたラケットの音がした。
(拾った!?)
しかし、返しただけだ。
ボールは大きく浮き、完全なチャンスボールを手堅くネット近くに落とす。
「0-15」
ふう、と息をひと吐き。
汗が滲んでくる額をリストバンドで拭いて、レシーブ位置に戻った。
(あれを返す、か・・・)
確実に初動は遅れていた。
それでもあれに追いついたのは天性の敏捷性か、それとも偶然か―――
(あいつの場合、どっちか分からないな)
・・・、そんなことはどうでもいい。
あたしはもう一度、センパイのアドバイスを思い出す。
(フラットは連続で打ってこない)
ここでサーブの選択肢はブレ球のサーブか、クイックかの二択になるのだ。
「フォルト」
案の定、クイックサーブを選択したもののそれがネットに引っかかる。
これはさっきのサービスゲームでも見られた傾向。
試合開始直後より、明らかにサーブのコントロールが効かなくなっているのだ。
(フォルトの場合、2球目にフラットは無い。2球目に来るのは高確率で―――)
『クイック!』
心の中の声と実際に見た映像が重なって、少しゾクッとした。
完璧にサーブを読むことに成功したのだ。
クイックに差し込まれることもなく、冷静にそれを相手コートに返す。
そしてサーブを完璧に返しさえすれば―――
「0-30」
―――藍原有紀は、普通の1年生に過ぎない!
ぐっとガッツポーズをして、そのことを思い出す。
(緑ヶ原のエースとしてここまで戦ってきたあたしの中には、あいつには無い自信と経験がある!)
今まで、幾多のエースと呼ばれる選手たちを倒してきた。
その中には、今の藍原より強い選手など何人もいた。
ダブルスを1勝1敗で分けているこの試合―――まさに、団体戦全体を左右するような大切な試合だ。
(負けない。負けて堪るか、あの人が居る、白桜なんかに!)
◆
変な、うっすらとした疑惑めいたものが、頭を過ぎった。
(サーブが・・・読まれてる・・・?)
3種類のサーブのうち、どれを打つのか、読まれているような気がする。
(うそ。わたし、自分でも気づかないクセとか、あるの・・・?)
あってもおかしくない。
元々、有り得ないようなフォームで打ってるんだ。変な癖とか如何にもありそうだし、それがもし敵にバレていたとしたら、サーブの球種が読まれていたとしても何の不思議もない。
―――どうしよう
そんな事で頭がいっぱいになる。
どうしようも何もない。コート上にはわたし1人しか居ないんだ。自分を信じてサーブを打つしか・・・。
自分を、信じて・・・?
そんなに信用できるものを、わたしは持ってるのか。
確かにサーブには自信があった。でも、それが根本から揺らいでるんだ。このサーブが読まれてたとしたら、わたしが雛に勝ってる要素って、何かある・・・?
(こんな時、ダブルスなら)
このみ先輩の背中を見れば、指示を出してくれる。
安心が出来るんだ。
ここにはそれが一切ない。
信じられるものは自分だけ、誰も助けてなんてくれない。
(これが、『孤独』・・・)
あの自信家の文香が、ベッドで丸くなってふさぎ込んでまで戦っていたものの正体。
(そりゃあ、怖いよね)
こんな色んな人が見てる中で―――
そんな正体の分からないようなものと戦うなんて。
今のわたしには、出来ない。
だから。
「ああぁぁぁっしゅ!!」
叫ぶことにした。
「わたしには、自信が無い!」
コートを囲む観衆が、ざわついたのが分かる。
「なので、もっと声援の方、よろしくお願いします!」
この叫びに、応えてくれるとは限らない。
なにこの子、バカじゃないのと白い目で見られる可能性だってある。
―――でも
―――それは、無い!
わたしが自信を持って言えるのは、それだけ。だって。
この観衆の半分は―――
「姉御ー!」
「藍原さーん!」
「有紀!」
―――白桜の応援団だから
(わたしが積み上げてきたのは、チームの仲間たちとの絆!)
寮に居る時も、教室に居る時も、練習する時も、ご飯食べる時も。
寝る時だって。
この数か月間、わたしは24時間―――
「藍原! やってやれです!!」
―――この仲間たちと、過ごしてきた
(だから、独りじゃない)
コートの上に居るのは1人かもしれない。
でも、今は、その外に仲間が居る。
わたしは絶対に、独りなんかじゃない。
―――考えるな
感じるままに、この勢いのままに―――
―――打ってみろ!
打ちたいサーブを、打ちたいように、思い切り。
それしか出来ないわたしには、この勢いに乗るしかない。
勢いに乗っかって乗っかって乗っかって、その勢いをサーブにして、敵にぶつけるんだ!
「15-30」
気づくと。
「よし、1点!!」
サーブは雛のレシーブの勢いを押し切り、敵コートの内に力なく転がっていた。
◆
―――なんだ、こいつ
たった一言で。
このコートのまわりに居る人たちを、味方につけた。
勿論、緑ヶ原の応援団も居る。
しかし白桜の方が数が多いことに変わりはない。段々と声の量でも押され始めている。
(ムカつくムカつく)
1人じゃ何もできない臆病者が、観衆に助けを求めた?
こいつのテニスは間違ってる。
もしコート外に誰も居なかったら、どうするつもりだったんだ。
白桜よりウチの方がもっと多くの応援団を連れてきていたら、どうするつもり―――
(くっ)
こんなの全部、負け惜しみの"タラレバ"じゃないか。
現実とはかけ離れた想定をして、こんなはずじゃなかったって。
(違う違う。レシーブをきちんと返して、この声援を黙らせる!)
センパイのデータ通りなら、次は―――
(フラットは連続してこない。揺れか、クイックか)
どっちだ。
どっちを使って―――
「フラット!?」
しまった。
その可能性を捨てていた。今まで、先輩のデータが全部的中していたから―――
反応しきれず、サーブを見送ってしまう。
「30-30」
データは、データに過ぎない。
100%その通りになることなんて無い、そんなこと分かってたはずなのに。
(この雰囲気・・・!?)
この声援が、一瞬の判断を鈍らせたの?
あたし、呑まれてる・・・?
『白桜に』―――
「違う!!」
こんなの、あたしじゃない。
あたしはこんなもんじゃないんだ。藍原とは、この一戦に懸ける思いが違う。
この試合の為に、あたしは緑ヶ原に入ったんだ。白桜からのしつこいスカウトを全部、断って。
総ては―――
(新倉燐に勝つため!)
こんな奴に負けるようじゃ、あいつには勝てない。
それじゃあ意味が無いんだ。あたしはあいつに勝たなきゃ。
そうじゃなきゃ、こんなもん、全部意味ないんだ―――




