表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
150/385

VS 緑ヶ原 シングルス3 新倉雛 3 "苦境への入り口"

「フォルト」


 その瞬間、会場が俄かにざわつき始める。


「またフォルトなの」


 隣で戦況を見守る海老名先輩の表情が曇った。

 そう、これは今に始まった事じゃない。

 "このゲームに入ってから"、4度目のフォルト。ダブルフォルトを叩いていないのが不思議なくらい、サーブコントロールに揺らぎが生じている。


「しゃあないかもしんないッスね・・・」


 コート上の姉御の表情を見ていると、なるべく顔には出さないようにしているんだろうなぁというのが伝わってくるようだった。


「プレッシャーに押し潰されかける寸前ッスよ、姉御」


 でも、滴る汗の量、そしてこのコントロールの乱れからも"それ"は明らか。


「あの藍原さんが?」

「いくら強メンタルの姉御でも、鋼のメンタル持ってるわけじゃないんスから・・・。もともと今日が公式戦初のシングルスなのに」


 それでも試合序盤はそんなこと微塵も感じさせなかった。

 疲れてなかった時間帯だというのも勿論あるんだけれど、このゲームになって急に崩れかけたのは理由は明白。


「ダブルス1が負けたことが、かなり影響してるッスよ」

「まさか河内さんと山雲先輩が負けるとは思ってなかったから、ショック受けてーってコト?」

「それもあると思うッスけど、それより1勝取られたっていう事実の方が強いと思うッス。ここで姉御が負けたら2敗・・・、この夏の大会が始まってから、白桜(ウチ)が勝ち数でビハインドになった事って、一度も無いはずッスから」

「そんなの気にしなくても、後ろには燐ちゃんと部長が控えてるのに・・・」


 そう。冷静に考えれば、姉御が負けても白桜のエース格2人が後ろには居る。

 多分、姉御だって頭ではそんな事分かってるんだ。

 でも。


「理屈じゃないんスよ」


 都大会準決勝の大舞台、初めてのシングルス、独りのコート、疲れもピークの時間帯、この暑さとコート上の熱さ・・・。

 それを全部踏まえて冷静でいられるほど、姉御は成熟してない。文香姐さんでも五分五分くらいだと思う。


「"理解してたところで"、"分かったところで"、なんス。こういうのはもう、ひたすら経験と慣れでしか解決できない。問題は―――」


 そこで初めて、視線を相手コートへと移す。


「敵が、ある程度それをクリアしてるってことッスね・・・」


 新倉雛―――

 緑ヶ原の1年生エースとして4月から練習試合に出場している選手。こなしてきた場数が雲泥の差であることは、想像に難くない。


「ゲーム、藍原有紀。3-3」


 姉御のサーブがバシッと決まり、思わず拳を握りしめる。


「ふー、キープなの」

「だいぶ苦しんだッスけど」


 まだ、サービスゲームをキープする力は残っているんだ。

 だけど。


(問題は、ここじゃない)


 次のゲーム(ここ)は取られると考えて、3-4で迎える姉御のサービスゲーム―――


(敵は、間違いなくそこで何かを仕掛けてくるッスよ)


 向こうのベンチで戦況をじっと見つめている、ストロベリーピンクの長い髪が特徴の女の子を見遣る。

 彼女は手元のメモ帳か何かに目を落としていて、絶えず右手のペンをすらすらと動かしていた。

 気づいたことやらなんやらを書き留めているのだろう。


 それは"1ゲーム目から継続して行われていること"だ。


「今のゲームで綻びを見せてしまった以上、何らの対抗策を講じないと」


 この試合、そこを崩されたら間違いなく終わりだ。

 こんな事を言ったら元も子もないかもしれないけれど。


(姉御にはサーブしかないんスから―――)





 4ゲーム目をキープし、ベンチへ戻るとセンパイがぱちぱちと拍手をしてくれていた。


「頑張ったわね、雛」

「いいえ、そんな」


 あたしは思わず目を逸らして、熱くなった顔を必死でクールダウンさせるためにスポーツドリンクを流し込んだ。


「試合前の予定通りだわ」


 センパイのその言葉に、思わずペットボトルを口から離して、濡れたままの唇をきゅっと手の甲で拭き。


「はい」


 力強く、返事をした。


 ―――そう、試合前のシミュレーション通りだ


 ゲームカウント4-3で、相手のサービスゲームを迎える。

 これはいくつか想定した必勝パターンの、その1つ、そのまんまだった。


(ここをブレイクすれば)


 戦前のシミュレート通り、あたしの勝ち。一切、何の誤算も狂いも無く。

 『藍原は大したことなかった』と言えるかどうかは、このゲームの運びにかかっている。


「雛。少しワタシに寄ってくれるかしら」

「? あ、はい」


 座っているセンパイの隣に腰かけると、センパイはぎゅっと間を詰めるように腰を一瞬浮かせ、移動する。


「藍原有紀の3つのサーブ、ある程度、どれが来るか予想出来るわ」

「本当ですかっ?」


 あたしはなるべく声を殺し、表情に出ないように努めて驚いた。


「法則は4つ。0-0(ラブオール)の1球目に来るのはフラット。フラットは連続で打ってこない。フォルトを叩いた場合、次に打ってくるのはクイック。そしてフォルトを叩いたら2球目にフラットは無い」

「・・・これ、今の試合中に導き出したんですか?」

「確定のデータじゃないのは頭の片隅に置いておいてね。フラットサーブの情報を掴めなかったのはワタシの落ち度だから」


 センパイは笑いながらそう言うと。


「だから、フラットの弱点を重点的に探した。あのサーブ、彼女にとっては諸刃の(つるぎ)と言ってもよいものですわ」

「両刃の剣・・・?」

「1番強力な武器で必殺技的な使用をしてくる反面、精度に他のサーブほど自信が感じられない。前のサービスゲームでサーブ全体が乱れ始めた今なら、特に」


 ―――凄いな、この人


 ここまで考えてくれているんだ。あたしの為に。

 あたしなんかの、為に。


(センパイっ)


 センパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイッ―――


 あたしは胸をぎゅうっと握って、そう何度も唱えると、すくっとラケットを持って立ち上がった。


「いってきます」


 今度は、あたしが応える番―――


「このゲーム、死ぬ気でとってきます」


 あのムカつく藍原をぶっ倒して、先輩に貢献する番―――


「いくぞぉー!! 応援団の皆さんも、応援よろしくお願いします!」


 後ろのフェンスの向こうに居るみんなに、そう叫ぶ。


「任せてよー!」

「雛ー」

「ひなっちー」

「ひなぼー」

「ひなぽっぽー」


「ちょっと掛け声いい加減になってません!?」


 最後の方、どう考えても"ひな鳥"に引っ張られてってる感じだったじゃん!


 するとみんな、笑ってくれる。

 そうすればつられてあたしもなんか笑えてくるし。


 ―――いい感じに、力が抜けた気がする


(どうだ、白桜。これがあたしの仲間たちだ)


 緑ヶ原で得たものだ。

 新倉の名前じゃない、あたしが『雛』として手にした絆―――


(絶対に負けない!!)


 あたしを信じてくれてる人達の為にも。

 白桜をあたしの手で倒すことで、あたしは"自分と決別"する。

 そうじゃなきゃ、これ以上先には進めない。


 ―――新倉燐(あねき)

 ―――新倉雛(あたし)は、


("あたし"を振り切って、アンタとの決着をつけてやる!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ