表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
149/385

VS 緑ヶ原 ダブルス1 山雲・河内 対 最上・楠木 8 "気付けなかった"

「ゲームカウント、2-3・・・!」


 自分に言い聞かせるように今の状況を口に出す。


(雛の粘りが凄過ぎて、ぜんっぜん試合が進まない・・・。わたしのサービスゲームは簡単にキープできるけどっ)


 ブレイクを狙いにいくと途端にラリー戦になり、走る時間が長くなってしまう。

 そして悔しいけど、雛が得意とする打ち合い(ラリー)になるとどうしても最後の最後に競り負けてしまう。あと少しで取れそうなのに、1球への執念が半端無くて破れない。


「まるで、バリアが張られてるみたいです」


 荒い息を吐きながら、監督に向かって話しかける。

 水はもう十分飲んだ。それより、この暑さと汗のべたつきが鬱陶しい。1回、シャワーでも使って冷水を頭からかぶりたい気分だ。


「試合の終わりが見えない今が1番苦しい時間帯だな。しかも相手は徹底的に走らせてくるし、粘り敗けてくれない」

「はい」

「2時半か・・・。1番暑い時間だが、条件は相手も一緒だ。ペース配分を考えろ。お前のスタミナを(から)にすることが敵を1番喜ばせるぞ」

「はいっ」


 条件は相手も一緒―――

 言葉にするのは簡単だけど、なかなか理解するのは難しい。


「とにかくサービスゲームを取ってこい。キープし続ければ、必ずこちらに風は吹く」


 だけど。

 監督はわたしの目をまっすぐにに見て、何の迷いもなく言ってくれる。


「自慢のサーブを叩き込んで来い。走るのは辛くてもサーブを打つのは楽しいだろ?」

「・・・!」


 楽しい。

 その一言で、この終わりの見えない試合―――


「はい!!」


 ―――どれだけ励みになっただろう


「不肖藍原、一球入魂で行ってまいります!!」


 1つのサーブに、魂を。

 その気持ちで打ち込めば、返されない。


 求めるのは―――『返されないサーブ』!


 ―――その瞬間


 わああ、と。隣のコートが、ここに居るわたしからでも分かるくらいの大きな歓声に包まれ、湧いた。

 それから十秒したかしないかのうちに、またさっきの先輩がコートに入ってきて監督の下に寄り、試合再開に「待った」が入る形となる。


(なに? 何が起きたの?)


 わたしは呆然と立ち尽くすことしか出来ない。

 ふと、コート外に視線を移した、その刹那。

 視界の隅に、『それ』が映りこんでしまった。


「―――ッ!」


 泣きながら自らの顔を手で覆い隠すように押さえる瑞稀先輩と。

 その瑞稀先輩の身体を肩で抱え込みながら足早にコートを去る、咲来先輩の姿が。





「ウォンバイ、最上・楠木ペア。6-4!」


 審判のコールが聞こえた瞬間に、瑞稀が膝から崩れ落ちた。


「瑞稀っ!」


 私は何よりも速く彼女の下へ駆け寄る。

 そして、手を地面について伏せてしまっている瑞稀の顔を覗き込んだ。


「瑞稀・・・」


 私は、どうして―――


「ごめんね」


 気づいてあげられなかったんだろう―――


「ごめんね瑞稀・・・」


 瑞稀は憔悴しきっていた。

 それは5ゲーム連取されたときも、その後追い上げた時も変わらず。

 彼女は正常な状態ではなかった。それほどまでに―――


「私が、軽はずみにあんな事したから・・・」


 瑞稀は深く傷ついていたんだ。

 表面上は立ち直ったかに見えた時もあった。でも、あの時も、あれ以降も。

 瑞稀の精神(メンタル)はボロボロになり、とてもテニスの試合をやれるような状態ではなかった。


 私は5-5に追いつき、7ゲーム目を取って勝つまで、試合を続けるつもりだった。

 瑞稀も気持ちは勿論そうだったと思う。

 でも、1度崩れたメンタルで身体を奮い立たせていた彼女に、それはあまりにも酷なことだったのだ。


「先輩」

「なに? なに瑞稀?」


 瑞稀は聞こえるか聞こえないか、言ったか言わなかったかギリギリの声量で、言葉を絞り出す。


「ごめんなさい゛」


 ―――ああ


「足、引っ張りました」


 ―――そんなになっても


「咲来先輩の、最後の夏なのに」


 ―――まだ、私のことを想ってくれるんだね


「瑞稀は悪くないっ!!」


 その瞬間にはもう理性は飛び、気づいたらそう言って瑞稀を抱きしめていた。


「悪くない、悪くないよ」


 すべてはこの子の異変に気づいてあげられなかった、私の責任。

 どんな些細なことでも良い。どうして何もわからなかった。

 瑞稀は発していたはずだ。

 『助けて』ってシグナルを。


 もうできませんっていう、意思表示を―――


 瑞稀の肩を担ぐように抱いて、ゆっくりと立ち上がる。


(この子が足を引っ張った? ううん、そんなこと、あるはずがない)


 すべては先輩である私の責任。

 副部長という責任ある立場にありながら、ダブルス1というチームの根幹を任されておきながら、ほとんど何も出来ずに負けた責任。大事な準決勝でチームに負けを1つ付けた、重い重い責任―――


 今は観客や応援団のみんながしてくれる温かい拍手も、聞くのが辛かった。

 私たちに、拍手なんてされる権利、無い。

 こんな時、静まり返って突き放された方が。


「咲来、河内さん」


 ブーイングされて、貶された方が。


「がんばったね」

「後半の追い上げ、感動したよ!」


 ―――どんなに楽だったろう


「また次があるよ、絶対!」

「私たちの応援が足りなかったんだよ」


 ―――どんなに、簡単だったろう


(私が泣いちゃ、絶対にダメだ)


 下唇を噛んで、溜まった涙を決して流さないように目と眉を吊り上げて、まっすぐに前を見た。

 右肩に瑞稀を担いでいても、絶対に下は見ない。


 ―――下を見たら、涙が落ちてしまう


「応援にこたえられず、すみませんでした」


 私はコートから出た時、一言だけそう言いうと。

 隣で号泣する瑞稀を引きずるように担ぎながら、一歩一歩、確かに前へ、歩み続けた。





(勝った、のか)


 実感が無い。

 都内最強のダブルスペアを打倒したのに、まったく。


 いつもなら隣でぴょんぴょんと小躍りしながら喜ぶ八重が、唖然としてしまっていることから、それは明らかだった。


「そんな顔をしないでくれ」


 ―――だけど、部長として

 ―――最上乃絵として


「私たちは、勝ったんだ」


 八重にだけは、喜んでほしい。

 勝った(こんな)時くらい、笑っていてほしい。


「部長さん。八重、なんかね・・・」


 八重の言いたいことは分かる。

 これはきっと、フェアな勝利ではないのだろう―――

 そのことを、感じ取っているんだ。


「いいんだ」


 でも、君がそんな事を気にする必要はない。


「笑ってくれ、八重」


 如何なる批判も、文句も、ケチも。

 3年生である私が、このチームの部長である私が受けよう。


 まかり間違っても、八重にその矛先を向けさせない。

 それが、今、私がすべきことなのだろう。


 それ以外は・・・『今は』考えないでおこう。


(何にしろ、ひとつ)


 白桜の牙城を崩した。

 大きく、深い一撃を、見舞ったんだ―――




 東京都大会 準決勝 "白桜女子中等部 vs 緑ヶ原"

 『ダブルス1』

 ●山雲・河内 4-6 最上・楠木○


 ―――緑ヶ原の勝利

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ