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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
148/385

VS 緑ヶ原 ダブルス1 山雲・河内 対 最上・楠木 7 "少しでも、長く"

 インか、アウトか―――


「40-15!」


 その瞬間。

 冷たかった全身の血液がゆっくりと温かくなっていく感覚が身体を包む。


「うわー、ギリギリ」

「最上さんの判断も正しいと思ったけどなー」


 本当、瀬戸際のプレーだったと思う。

 もし今日の天候(コンディション)が、こちらから向こう側に追い風だったら―――確実にアウトだったようなレシーブだ。


「咲来先輩」

「瑞稀」

「ナイスレシーブ、です」


 言って、今度は瑞稀がレシーバーの位置へと駆けていく。

 まだ相手のマッチポイント。それは変わらない。1ポイントでも取られれば試合終了の場面は続く。


(瑞稀のパワーなら、今みたいなギャンブルに出なくても後衛に打たせるレシーブが出来るはず)


 私は少し、ネットから離れた。

 瑞稀がレシーブした瞬間、逆方向に走ってクロスへの深いショットを封じる。

 そこさえ乗り越えれば、ラリー戦―――


(私たちの土俵で、勝負できる!)


 最上さんがトスを上げ、サーブ。

 高速の打球が私の横を通り抜けていく。だけど、不安は無かった。


(瑞稀なら、絶対に返してくれる)


 その信頼があるから、後ろは気にならない。

 事実、レシーブの音が聞こえ、正面のコートへ長いストロークのレシーブが返っていく。


 私はクロスへのショットを防ぐべく―――


「!?」


 そこで、最上さんは。

 無理矢理クロスへ、強いショットを打ってきた。


(『勝負』に来た!)


 それを直感する。

 今度は敵が、試合を決めるべく『賭け』に出てきた。

 失敗を恐れない攻めのテニス―――


 だけど、あらかじめ私はそちらへ回りこんでいる。


(正面が―――がら空き!!)


 敵前衛(わたし)に向かってショットを打ったのだ。

 その私の正面に味方の前衛(やえちゃん)は居ない。狙うは正面コートの最奥、隅。絶対に返せないところ。

 そこを狙って、ショットを―――打つ!


「いかせない!!」


 驚いた。

 八重ちゃんが身体を投げだし、飛び込むような形でそれを拾ったのだ。


(なんて俊敏性(スピード)・・・!)


 それにも驚いたし、空中で私のショットを打ち返したことにも驚いた。

 ボールは小さな弧を描いて、後衛の瑞稀の正面へ。


(瑞稀っ)


 私は軽く後ろを振り向きながら、彼女の姿を見る。

 瑞稀は片手でラケットを持ち、そのショットを下から掬い上げるように―――


 最上さんが咄嗟の判断で強打を警戒、プレー位置を下げた。


 ―――ボールを軽く、打ち返す。


 弱い打球はネット際ギリギリのところにぽーんと落ちて、そのまま力を失っていった。


「40-30」


 呆然と、ころころ転がっていくボールを見つめる最上さんと。

 転んだ体勢から、すぐに立ちあがってぱんぱんとスカートに着いた砂埃を掃う八重ちゃん。


「よく堪えたね、瑞稀」

「あたし、パワー馬鹿じゃないです」

「うん、そうだね」


 よしよし、と頭を撫でてあげる。

 瑞稀は嬉しそうに目を瞑って頬を赤くさせた。


(あんな弱いボールが正面で跳ねたら、強打したくなるよね、普通)


 そこで瞬時に頭を切り替えて、弱いショットをネット際に放つことができる。

 瑞稀の凄さはそこにあるのだ。

 柔も剛も、自由自在―――


(普段の瑞稀を知ってる人からは意外かもしれないけど、瑞稀はああいう場面で冷静でいられるんだ)


 目先の点を取りにいかないというか。

 力任せにボールをひっぱたいて、それでポイントを取ってやろうと言う欲が、あまりない。


(協調性のある子なんだよね)


 "私だけ"に対しては―――


(こんな良い子とダブルスが組める)


 その嬉しさがある。

 テニスプレイヤーとしての山雲咲来、普通の女の子としての山雲咲来、両方として。

 こんなに良いパートナー、一生に1人巡り合えるかどうかだ。


 ―――だから


(1日でも長く、瑞稀とテニスをしていたい!)


 そのためなら。


(何にも怖くない!!)


 どれだけ強い敵が目の前に立ちふさがっても、どんな苦境に追い込まれても。


 ―――それはただ、"それだけのこと"に過ぎない


 最上さんがボールを追いきれず、ラケットを引っ込めて駆け抜ける。


「デュース!」


 その瞬間、ひときわ歓声が大きくなった。

 気持ち、白桜応援団にも勢いが出てきたように思える。


「せーのっ!」

「「"ヤマカワ"ペアー!」」


『最高ー!!』


 観客に活気が出てきたのは良いことだ。

 試合会場の雰囲気が、段々と私たちに味方し始めている。


 このまま、この勢いのまま、このゲームを取れば―――


同点(タイ)に戻せる・・・!)


 次のポイントも瑞稀がサーブを返し、長いラリー戦の末、ポイントを奪う。

 そして、その次―――


「フォルト」


 この試合で始めて、最上さんがフォルトを叩いた。


(プレッシャーが、あるんだ)


 彼女ほどのプレイヤーになっても、この場の流れに呑まれつつある。

 そしてそれは―――


「ダブルフォルト! ゲーム、山雲・河内ペア。4-5!」


 ―――ゆっくりと、それでも確実に試合の流れを変えていく


 試合はまだまだ、これからだ。

 私たちのダブルスは、中盤以降(ここから)が本領発揮だから。


「やったね!瑞稀っ」


 ハイタッチを交わそうと、私は瑞稀に向かって左手を挙げた。

 彼女も同じように、左手を挙げ。

 それがぱちんと―――


「―――え?」


 合わなかった。

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