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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
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最上乃絵 前編



 昔から背の順で並ぶときは、決まって1番後ろに居た。

 集合写真を撮るときなんて言うのは顕著で、後ろに1人、頭1つ抜けて大きな女の子が映っていて、よく目立っていた。良くも、悪くも。


 運動会の時に玉入れが簡単だったり、小学校の体育館のバスケットゴールに頑張ればダンクシュート決められそうだったり。良いことって言ったってそれくらいだ。

 それより何より、私はこの身長に対して悪い印象しかなかった。


 全然―――


(かわいくない・・・)


 同級生の女子を見ていてそう思った。

 みんな、同じくらいの身長。小学校だから男女で成長の差もほとんど無く、平等にみんな子供だった。


 なのに、私は下手したら先生と同じくらいの身長。

 それはまるで子供の中に大人が混じっているようだった。


「やーい、大女ー」

「やめなさいよ!」


 からかわれても、私は自分から積極的に誰かを追い回すような性格でもなかったので、代わりに周りの子が怒ってくれていた。

 それでも―――


 1回、言われるたびに、心に何かがちくりと1つ、刺さったまま。


 そしてそれは、抜けることは無かった。


「あ、この服・・・」


 やがておしゃれにも興味が出てくる歳になり、雑誌を見てはかわいい服を見つけたりもした。

 しかし。


「サイズ、無いんですか」


 可愛らしい服は、私の身長に見合うようなサイズのものなんて大抵無い。

 その事実に気づくまで、そう大して時間はかからなかった。


 ―――結局私は、どこまでいっても『かわいい』とは無縁の人生なんだ


 そんな風に悲観する小学生を、誰が責められよう。


 だが、"それ"は突然現れる。


「緑ヶ原中・・・?」


 ある日、家に知らない女の人が来ていた。

 聞けば、緑ヶ原中学という学校の―――テニス部のスカウトさんなのだとか。


「あなたの身長があれば、東京都内でトップを獲ることだって出来るわ」

「でも私、テニスなんてやったことありませんよ」

「やった事ないなら覚えればいいの。あなたの身体は天からの贈り物! あなたがウチに来てくれれば、3年後には全国で通用する選手に育て上げるプランがあるわ」


 全国―――

 なんだか、途方も無さすぎる話で実感が無かった。

 私なんてただの小学生・・・、それがテニスで全国を目指す、とか。


「わかり、ました」


 でも。

 私は、今の自分が嫌だった。かわいくなくて、いつも他人にからかわれても言い返せる力もない自分が。


「私、やります」


 テニスを始めれば、何かが変わるかもしれない―――

 そんな何の確証もない希望に、すがりたかったのかもしれない。

 何より、この人は、この緑ヶ原という学校は、こんな私に声をかけてくれた。テニスなんかしたことない、ただデカイだけの私に可能性を見出してくれた。


 それを、信じてみたい。


 そんな淡くてあいまいで、実体のないものを無理矢理自信に変えて、私は緑ヶ原の校門をくぐった。


「すっごい。あれ、1年生?」

「でけー」


 入学前にテニスの基礎くらいは覚えたけれど―――

 実際に先輩たちとプレーしてみて、気づいたことがある。


(この身長は、武器になる―――)


 手を伸ばせば、先輩たちでも拾えないようなボールを打ち落すことが出来る。

 長い手足はリーチを長くして、瞬発力がそれほど優れていなくても、コートの隅から隅まで駆けまわることが出来た。

 何より―――


「っえい!!」


 角度鋭く、上から振り下ろすサーブは、私の最大の武器になった。


「最上は良いなあ、身長高くて」

「羨ましいよホント」


 ある日、1つ上の先輩にぽろりとそんな事を言われたことがある。


「そう、ですか・・・?」


 私はその言葉に、心を鷲掴みにされたような気分になった。


「本当に、そう思いますか・・・?」


 今までただのコンプレックスだった身長が―――


「当たり前でしょ」

「そんだけデカかったらなんでもできるじゃん」


 他の人から羨ましがられるような、"才能"になった瞬間だった。

 それが嬉しくて、私はテニスにのめり込むように没頭していく。ただひたすら、テニスをやるのが楽しかった。やればやれるだけ結果がついて、どんどん強くなっていく。その実感が確かにあったから。


 ただひたすら走り続けて―――

 気づけば私は。


「"東京四天王"―――最上乃絵!」


 東京都の頂点に限りなく近い位置にまで、到達していた。

 テニスを始めて、この間、約2年。

 私にはテニスの才能があった。結果的に言えば、そういうことになるのだろう。


 チームを預かる、部長にもなった。

 たくさんの同級生や後輩を1人で統率する力は私には無かったけど、副部長の本多含め、切や榛、たくさんのみんなのお陰で、緑ヶ原中テニス部は大きな問題にぶつかることも無く。

 私は最終学年―――3年生になる。


「今年の新入生は以上か。緑ヶ原は特別な申請をした者以外は、寮に入ってもらうことになる。申請書は顧問の―――」


 1年生たちを見渡しながら、入部の説明をする。

 たくさんの1年生の中には、スカウト部が口説き落としたと言う、新倉雛―――白桜の新倉燐の妹、その彼女の姿もあった。


 そんな、1年生が次々と挨拶をしていく中。


「はい!」


 私は、彼女を見つけた―――


「港小学校から来ました! 楠木八重です。えっと、塾ではダブルスをやってました。よ、よろしくお願いしますっ」


 そう言って、思わず目を瞑ってしまう彼女。


 ―――かわいい


 心臓が、今まで一度たりともしたことの無い高鳴り方をした。


(な、なに今の・・・)


 楠木さん。彼女を見た途端、心臓が高鳴って、バクバク言って、収まらない。

 今でもまだ、ずっと同じ鼓動で私の胸を叩いている。


(こ、こんなの、試合中でも経験したことない!)


 ―――初めてっ


 どんな緊張した場面でも、チームを背負って試合に出た時でも、こんな心臓の鳴り方なんてしたことなかった。

 私はよく、メンタルが強い、何事にも動じないなんて言われていたくらいだ。

 実際、緊張にはものすごく強い方だった。その私が、こんな―――


 思わず、腰が砕けてその場にぺたんとへたり込んでしまった。


「部長!?」

「もがみん、どした!?」


 みんなは相当驚いていた。

 そりゃそうだ、自分でもこんなに驚いているんだから、他の人が心配するの無理はない。


「部長さん」


 気づけば。


「だいじょうぶ?」


 その原因―――これ以外になんと表現したらわからない―――である彼女が、へたり込んだ私を、見おろしていた。

 声は鈴の音のように幼く、身長も中学生にしてはだいぶ低い。顔の幼さはまるでまだ小学校低学年と言っても信じてしまうほどだった。

 その彼女が、私の方を覗き込んで、手を差し伸ばしてくれている。


(触って、良いの・・・?)


 この小さな手に、触れて良いのか。

 私なんかが触って、壊れてしまわないのか。

 そんな幻想さえ抱かされる、細くて綺麗な指―――


 それに―――


「す、すまなぃ・・・」


 まるで砂糖菓子に触れるように、壊さないように、慎重に慎重に、手で包み込み、力を入れないように―――


 触れて、みた。


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