VS 緑ヶ原 ダブルス1 山雲・河内 対 最上・楠木 5 "場外"
「ふう」
ため息を一つ、吐く。
(ゲームカウント、5-3)
3ゲーム連取された。
しかし、私たちに焦りは無かった。
なぜなら。
(私のサービスゲームを確実に取れるからだ)
これで試合終了。
だから立て続けにゲームを失っても焦ることや、動揺することは無い。
元々、相手は都内最強のダブルスペア。これくらい手強い相手だということは分かりきっていた。だから最初に5ゲーム連取出来たのは非常に"ラッキー"だったのだ。
(何があったか知らないが向こうの2人、お互い険悪なムードになって自滅していた)
あれは恐らく、喧嘩か何かでもしていたのだろう。
それが土壇場になって自分たちの愚かしさに気づいて・・・いや、そんなものじゃないな。
先ほどの光景を思い出してみれば分かる。
―――『仲直り』、かな。
(その後のプレーを見るに、あのペアは更に一段階上の何かを掴んだ)
怪我の功名、雨降って地固まるとでも言うべきか。
だったら、尚更試合中に喧嘩をしてくれて助かった。あの仲直り後の2人と最初から試合はやりたくない。
だから―――
(ここで!!)
大きくトスをする。
この、私が最も得意とするサーブで―――
(終わらせてやる!)
真芯にボールが当たったのが分かった。
そのままボールを放り出すような感覚でラケットを振り抜く。なるべく強く、速く、重く!
―――敵コートにボールが跳ねた時には
もう、分かった。
「15-0」
"返されない"ってコトが―――
◆
思わずシャッターを切るのが、遅かったんじゃないかと錯覚するほど、そのサーブは速かった。
(撮れてっかなあ)
そんな心配が湧き上がってくるほど。
「相変わらず速いわね、最上さんの高速サーブ」
「あれが最上選手を最上選手たらしめた、必殺のサーブ・・・」
「彼女が"東京四天王"と呼ばれるまでのシングルスプレイヤーだった、最大の理由」
サーブ1本で四天王にまで成り上がった選手―――ある意味、浪漫だ。
勿論、それだけではなく高身長と自前の馬力を活かしたパワープレイヤーで、他の面でも凄かったのは言うまでもない。
「あのスピードのサーブが身長と手の長さを含めて・・・2m以上の高さから降ってくるわけっしょ? そりゃJCには無理ゲーですって」
「確かにレシーブ力の高いプレイヤーでなければ完全に対応するのは難しかった。ただ、それはシングルスの話よ」
ヘロヘロのレシーブを返してもそれを更に力の籠ったショットで押されてしまうから、彼女のサービスゲームをブレイクするのは本当に難しかった。
「でも、ダブルスは2人でやるもの。2人がかりなら、対応できるかもしれない。速さと角度さえ何とか乗り越えれば」
まあ、確かに敵は都内最強のダブルスペアだ。
山雲さんの技術力、河内さんのパワーをもってすれば返せないことはない。
そう、"速さと角度さえ"、乗り越えれば―――
「いやいやいや、その速さと角度がいっちゃんキツいんですよ」
アンタなに言ってんの。
直の先輩にそんな事を言いそうになってしまった。
だって、実際―――
「40-0」
これでもう、本当の崖っぷちに、追い込まれたよ。
◆
「わっかんないなあ」
五十鈴がぶすっとした表情で、頬を膨らませる。
「なんで、もがちゃんにダブルスやらせるかね」
その視線は一点、高速サーブを次々と叩き込む最上さんに向けられていた。
「身長と速いサーブを打てるのって、神様から貰った分かりやすい才能だよ。"東京四天王"の中では異色のプレイヤーだったけど、だから面白かったのに」
五十鈴はずっと、最上さんがダブルスをやってることを納得していなかったのだ。
そりゃそうか。ダブルスやられちゃったら、五十鈴と戦うことはなくなるもんね。
「最上さんをダブルスに回したのは、あの神宮寺って子の戦略らしいけど」
「緑ヶ原はダブルスが課題だった。それを解消するには最上をまわすしかなかったんだろう」
「それでシングルスが1年と2年だけになっちゃったら世話無いよ!」
美憂の言葉を聞いても、五十鈴のご機嫌は鋭角に斜め下へどんどん突き抜けていく。
(まあ、この子は自分と戦う相手にしか興味が無い子だから、こうなっちゃうのも分かるけど)
普段、他校の采配やダブルスの選手にはほとんど興味を示さない五十鈴にしては珍しい言動。
それほどまでに最上さんのダブルス転向にはお腹に抱えてるものがあるって事なんだろう。
「でも確かに、五十鈴の言うことにも一理あると思うわ。今は1,2年生のシングルスで通用しているけれど、久我さんや五十鈴レベルのエース相手には、どうしても劣っちゃうんじゃないかしら」
「"そこ"じゃ」
今まで黙っていた銀華が、話に割り込んできたのには驚いた。
「そこが緑ヶ原の戦略じゃ。中学テニスは3つ先に取った方が勝ち。ダブルスの2試合とシングルス3を取り続ければ、後ろのシングルス2つは"死に枠"になる。つまり」
「試合機会の少ないシングルス1に絶対的エースを置く戦法より、ダブルス1にまわして毎回試合に出続け敵チームの最強ダブルスを倒すことで、チームに貢献する。多分あの神宮寺って子は、役割は変わっても最上さんがチームの中軸だって、その考えは私たちと大きくズレてはないんじゃないかな」
普段はあまり出さないようにしているエセ広島弁が出ちゃってる銀華に続いて、弥生が矢継ぎ早にしゃべり始める。
「おお~、さすがダブルス関係は語るね」
「専門分野じゃけぇ」
「ある程度は、ね」
五十鈴も関心した様子でぱちぱちと拍手をするように手のひらを軽く叩く。
(でも、もしそうだとしたら―――)
神宮寺珠姫、あの子は。
中学テニスをまったく違う観点から見て、制覇しようとしているってことになる。
そう、まるで。
(『改革』―――)
従来のエースをシングルス1に、いわば大将的に置くやり方は非効率的だと考え、必ず試合がまわってくるダブルスにまわした。
敵エースを迎撃することではなく、毎試合出場することが"エース"の役割だと、彼女はそう考えたのだ。
「相当な食わせ者だな、あれは」
そして最後に、美憂が不機嫌そうに眉にしわを寄せてそう言った。
あれというのは勿論、神宮寺さんのことだろう。
「ねー。ハニーもそう思うでしょー?」
「私はお前とは違った理由で怒っているぞ」
「理由なんてどうでもいいよ。ハニーと同じ気持ちになれて私、嬉しいよ☆」
「おいイチャつくなアホ共がぁ」
五十鈴と美憂のやり取りにすかさず割って入る銀華。
「お、みんな揃ってんじゃーん」
そこに更に、未希未希がふらーっと、どこからともなくやってきて、しれっと輪の中に入る。
「ここ居たんだねぇ。シングルス3の1年生対決にはきょーみ無いの?」
「1年なぞ、遅るるに足りん。どんなに強くても程度は知れてる」
美憂の言葉に、うんうんと頷く五十鈴。
そりゃあんたらレベルの選手から見たら"遅るるに足りん"だろうけど。
「もうっ、やられるフラグ立てないでっ」
私は引きつった笑いを浮かべながら、立ちかけたフラグを『フラグ立てないで』とあえて言うことで折る。
1年生で即強豪校のレギュラーになるって、相当な強さってことだからね。
「志麻っち、弥生っちは、フラグとかジンクス気にし過ぎ。負ける時は負けるんだからさぁ」
「お前はもう少し気にしろ。ルーティーンを作って身体と心をコントロールすることも大切だと何度言えば」
「あー、私そーゆーのやらないタイプなんでダイジョーブ!!」
ぐっと、美憂に向かって親指を立てる未希未希。
「やらんじゃのうて出来んのじゃろがドアホ」
それを真正面から切って捨てる銀華。
「あー、アホって言ったー。アホって言う方がアホだってせんせー言ってたよー?」
「こんな分かりやすいアホもおらんわ」
「銀華も未希ちゃんもやめて! 争いは同じレベルのもの同士でしか起きないんだから!」
未希、銀華、弥生の間で更に打ち合いが始まった。
「はあ」
思わず、ため息が出る。
レギュラー陣がみんな集まると、相変わらずうるさ・・・姦しい。
個性的っていうのも、度が過ぎると闇鍋のような状態になってしまうのだ。この面子をまとめあげてる美憂は本当に凄いと思う。
しかし、3年間ずっと苦楽を共にしてきた仲間たちだ。他の誰よりも仲が良くて、誰よりもつながりが強くて、関係性が太いみんなだから。喋ることなんていくらでも湧き出てくるんだけどさ―――
やれやれ。
一度、私が仲裁しないと―
この場は落ち着きそうにないかしら・・・。




