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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
143/385

VS 緑ヶ原 ダブルス1 山雲・河内 対 最上・楠木 4 "いくら追い上げられても"

 ああ、終わったんだ。

 その瞬間にはそれしか頭に無かった。


 散々走らされ、暑さと日光に体力は残らずもっていかれ、試合終盤は満足に走れもしなかった。


「「ありがとうございました」」


 こんな時でも、声が重なる。


 ―――やっぱり、双子なんだな


 そう痛感した。


 相手選手と握手した時も、まだどこか浮き足立っていて、まるで目の前の現実を受け入れることを頭が嫌がっているようだった。

 白桜の選手を見ると、向こうも疲れ切った表情をしていた。ただ、私たちと違っていたのは。

 どこか晴れ晴れとした、達成感―――


「負けたね」


 ベンチへ下がっていく途中、榛ちゃんにそんな声をかけられた。

 あと数秒遅かったら、私が言おうとした言葉。


「やりきったよ」

「でも、負けた」

「うん」


 いつも通り、相手の言いたいことがなんとなくわかる。

 声色だけで、この雰囲気だけで、なんとなく。


「「ぐやじいね゛・・・」」


 気づくと、両目から大粒の涙が溢れてきていた。

 なんだよ。なんで負けたんだよ。途中まで勝ってたじゃん。なんで勝てなかったんだ。


 ―――ただひたすらに、悔しい


 それ以外何も無かった。

 私たちは3年生―――中学生活3年間の集大成を見せなきゃならなかったのに、他の仲間たちに合わせる顔が無い。

 まだ何もかも終わったわけじゃないけれど・・・それでもやっぱり、悔しかった。





 抜けた!

 そう確信したくらいのショットが放てた。


 しかし。


「えいっ!」


 コートの後方を、素早い何かが駆ける。

 八重ちゃんだ。

 その小さな身体が猛スピードで足を動かす姿は、小動物が超高速で駆けまわるさまを彷彿とさせた。


 彼女は抜けていきかけていたショットを広い、長いストロークでそれを後衛の私の前に返してくる。


(クロスは・・・)


 ダメだ。最上さんが立ち位置で防いでいる。

 だったら正面に返すしかない。一瞬の判断でそれを即決する。


 しかし、正面に返せば当然八重ちゃんが居るのだ。


「ひゃいッ!」


 今度はそれをクロスに返される。

 私が走らされる格好になったのだ。


(瑞稀っ)


 彼女を視界に捉えながら、前衛と後衛の中間へ、小さめのロブを上げる。


「八重、ここは私が返す!」


 最上さんが八重ちゃんを制し、それを力任せのようなショットで無理矢理打ち返す。

 しかし―――


(パワーなら)


 それを瑞稀が両手でラケットを握り、思い切り貯めを作って全身の力を乗せ。


(瑞稀だって負けない!)


 振り抜いたそのショットは、高速で最上さんと八重ちゃんの間を抜けて行った。


「ゲーム、山雲・河内ペア。5-2!」


 審判のコールと同時に、歓声がコートを包む。


「完全に息を吹き返した!」

「最強ペア復活だー」

「この調子で追いつきましょう!」


 でもまだ、あと3ゲーム差あるけどね。

 それでも応援のみんなが活気づいてくれるのは嬉しい。さっきまでしんとさせちゃってたもんね、ごめんね。


「瑞稀、ナイスショット」


 ベンチへ引き上げる途中、小さめの声でそう呟く。


「えへへ・・・、それほどでも、ありますね」


 瑞稀はいつもの調子で顔を赤くして、はにかんでくれた。

 分かるよ。私に褒めて欲しいんだよね、瑞稀は。だから褒めちゃう。この反応がかわいくて、好きだから。


「調子取り戻してきたねー・・・、って、河内顔真っ赤じゃん。熱中症!?」

「違う違う。いつものやつだよ」


 ベンチで拍手しながら迎えてくれた真緒の顔色が一瞬真っ青になったけれど。


「なんだ、いつものか」


 すぐにそう言って、彼女もいつものように淡々とペットボトルを手渡してくれた。


「強いペアだね」


 水を飲みながら、そんな話を瑞稀に切り出す。


「"東京四天王"と言われる最上さんを前面に置いて、その後ろをスピードと小回りの利く選手で守る・・・。確かに理にはかなってますけど」


 瑞稀は口元に手を当て何かを考えながら。


「ダブルスとしての技量は、ぜんぜん勝ってます」


 はっきりと、そう言い放った。


「あの5ゲームさえなかったら、もっと楽な展開に持っていけていたかもしれません」

「うん。そうだね」


 それだけに、5ゲームというのが重くのしかかってくる。

 何故なら―――


(次の次のゲームが、最上さんのサービスゲーム―――)


 いくら追い上げても、そこを取られたら試合終了だ。

 ダブルスプレイヤーとしては未熟でも、彼女のテニスプレイヤーとしての腕は疑いようがないほど高い。

 特に、あの長身から振り下ろされる、角度のついた高速サーブ。あれはかなり厳しい。


(上手くはまったら、サービスエースすら狙われる可能性がある)


 そのゲームを取らない限り、この試合に突破口は無い。

 敵ペアが2ゲーム連取されても全く慌てていないのは、恐らくそのゲームで確実に試合を終わらせられる算段が付いているからだ。


(試合の山場、だね)


 でもまずは、確実にこのゲームを取ってから。

 目の前の課題をクリアしないことには、次なんてない。しかし、それでも。

 どうやって山を越えるか、あらかじめ考えておく必要はあるだろう―――





「部長さんごめんなさいっ! 八重、迷惑かけてますよねっ」


 八重はそう言ってがばっと頭を下げた。

 ただでさえ小さな身長が、上半身を下げたことでもっと小さくなる。


「八重のせいじゃない。私たちはペアだ。カバーできていない私に責任がある」

「でもっ」


 食い下がる彼女の頭に手を乗せて。


「ありがとう」


 ゆっくりと、撫でてあげる。


「八重は優しいね」


 すると彼女は謝るのをやめて、私の手に自らを預けてくれた。


(この子はまだこんなに小さい。しかもレギュラーとはいえまだ1年生・・・。出来ない事の方が多いのが普通だ)


 だが、敵ペアはその出来ない事を見逃してはくれない。

 私たちの連携が"向こうに比べれば"未熟なのをすぐに見抜いて、そこを攻撃してくる。


(厄介な相手だよ、あれは)


 だが、私と八重の往く道を邪魔するのなら―――


(―――容赦はしない)


 まだ試合の流れはこちらにある。

 私たちは山の上から、下から進んでくる敵軍に矢の雨を降らせてやればいいだけのこと。


 ―――あの時、誓ったんだ


(この子に悲しい思いは決してさせない)


 この不退転の意志を邪魔するすべての者と戦うと決めた。

 八重は、彼女は、私の1番大切なもの。ようやく見つけた、私の天使。


「部長さん?」


 気づくと彼女が、小首を傾けながらこちらを見上げていた。


「なんでもない。行こうか」


 頭に乗せていた手を、差し出して。


「うんっ」


 八重がそれを握ってくれる。


 さあ、いこう。

 やっと手に入れたこの"幸せ"を邪魔する者たちを、倒しに。

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