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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
142/385

VS 緑ヶ原 ダブルス2 熊原・仁科 対 小嶺切・小嶺榛 5 "杏と智景"

 売り言葉に買い言葉、という(ことわざ)がある。

 乱暴な言葉に対し、それと同じように押収すると言う意味だ。

 小嶺姉妹の戦術は、ある意味でこれに準ずるものだったのだと思う。

 つまり、本来のプレー以外のところで神経をすり減らして相手の体力や集中力を奪うと言うものだ。


 これへの対処法で、(わたくし)が思いついたのが"真逆の戦法で対抗する"と言うものだった。


 相手が言葉を巧みに使って自分たちを有利にしようとするのなら、私たちは言葉をまったく使わないことで、自分たちを有利にしようというのだ。

 しかし、それは難しい。いくらサインを使っても、どうしても掛け声を使わなければ相手との意思疎通が出来ない場合がある。


 そう、これは。

 ―――私と先輩だから、使える戦法


 そして、こんな中途半端な作戦は本来なら勝負においてさほど有効でもない。


(私たちのコレは、山雲先輩と河内さんのような信頼関係を積み上げていった『結果』として出来たものじゃない)


 熊原先輩は普段から物静かな人だ。

 照れ屋で、恥ずかしがりやで、いつも何かに脅えているような人で、他人と話すのが苦手。

 だけど、私に対しては少なからず心を開いてくれている。


 だから、私が執った彼女とのコミュニケーション方法が、なるべく先輩がしゃべらなくて良いようにするというものだった。

 私の方から促す形で意思疎通をする。例えば視線や仕草、顔の色と言ったもので『なんとなく』先輩が何が言いたいのかを推察すると言うもの。

 そんな事を、数か月間だけど続けてきた。だから。


(それにサインを組み合わせれば、言葉を交わさなくても私が先輩の"行動(いいたいこと)"を『ある程度』理解することは、出来る!)


 たとえば丁度いま、先輩は前に上がりたがっている。

 "なんとなく"、それが分かるのだ。


 ―――私が後ろに下がる素振りを見せれば、自然に交代が出来るはず


 しかし、無敵の作戦では無い。

 この作戦、私が先輩の意志を読み取ることは出来ても、熊原先輩の方から私の考えていることを読み取るのは不可能だ。

 サインである程度の指示は出せるとはいえ―――私たちのダブルスペアの主導権を握っているのが私の方で幸いしたけれど―――それはただのサイン交換の域を出ない。


 だから。


(そこに、準々決勝前から練習してきた必殺の連携を組み合わせる!)


 監督に言われて特訓したダブルス連携が、いくつかある。

 例えば、相手の強いボレーに対して前衛の私がしゃがみこんで避け、そこに先輩が走り込んで打ち返す、と言ったいわば"必殺"の派手な連携。

 これは通常のサインとは違う、特別なサインで一発で使用することが出来る。


 『仁科(わたくし)が熊原先輩の意図を一方的に読み取る』『指や手を使ったサイン』『事前に示し合わせておいたいくつかの必殺連携』


 これを効果的に使って、『疑似山雲・河内ペア状態』を作り出し、一切声を出さずにプレーする。

 小嶺姉妹に対抗するにはこれが1番だと思う。なぜなら。

 声を一切使わなければ、向こうの土俵に上がることなく、戦うことができるから。


 だが、これは諸刃の剣だ。

 この戦法、長いこと使い続ければ"先輩の側から私の意図が読めていないこと"が露呈してしまう。

 そうなったら崩されるのは容易いだろう。


 ―――短期決戦


 使い始めたら最後、早く試合を終わらせることだけを考える。

 これこそが、この作戦最大の肝だ。

 恐らくもって―――4ゲーム、と言ったところだろう。サーブ権が1巡したくらいには、バレてしまうと考えた方が良い。


(タイブレークに入る前に、なんとしても決着をつけないと!)


 私は内心焦りながら、しかしそれを表情に努めて出さないようにし。

 渾身のサーブを、相手コートへと叩き込んだ。





(凄いな)


 白桜側のコートに居る2人を見て、素直にそう思う。


(全然息が上がってない、パフォーマンスが落ちてない)


 普通、この暑い中、6-5までゲーム数重ねていったらどちらかヘタっても全くおかしくはないのに。

 よっぽど、練習をやり込んだんだ。そんな、普段からの下積みがプレーに表れている。


(向こうのちっちゃい子、2年生か)


 同い年―――

 しかも身長というハンデを抱えながら、このプレーが出来ている。身長が小さいことを認め、それでも自分に出来ることを模索し続けて、今がある。彼女の熱い思いが伝わってくるようだった。

 それに比べて。


(あたしは)


 何も出来ちゃいない。

 さっきの試合だって、負けた。これじゃあダメだって分かってるのに、どうにもできない。


「君ぃ、いつまで落ち込んでる気?」


 ―――その時


「まあた、"私は才能が無いー、死ぬ~"とか考えてたでしょ?」


 後ろから、ぎゅっと包み込むように抱きしめられた。


未希(みき)ちゃん先輩」

「顔にそう書いてある」

「・・・そんなに浮かない顔、してましたか」

「してたしてた。こっちまで沈んでくる表情」


 言って、顎を頭の上に乗せてくる未希ちゃん先輩。


「私だってさぁ、思うよ。あの熊ちゃん見て、あのプレー。デカさと手足の長さに加えて、パワーとスピードもパネェでしょ?」


 先輩が差したのは、白桜コートでプレーするもう1人の選手。


「どんな才能してんだって話じゃん? しかもアレがダブルスやってんのよ。ありえねーって思わない?」

「確かに、シングルスでもぜんぜん勝負できそうな人ですよね」

「だーかーらー、才能の差とか考えてもしゃーないのよ。結局自分は自分なんだから」


 言って、先輩はぱちんと指を鳴らした。


「ね? だからお姉さんと楽しい話しようよ」

「先輩」


 あたしは、少しだけ眉を潜めると。


「もっかい抱きしめてくれたら、します」


 少しだけ息を吐き出して、そう言った。


「はいぎゅー」


 そして先輩はそれを言い終えるか負えないかのうちにあたしを抱きしめ。


「これで良いっしょ?」


 満点の笑顔で、にかっと笑いながら、そう言うのだ。


(仕方ないなあ)


 後輩として、約束を破るわけにはいかない。

 このお姉さんと楽しい話をしなければ。

 ・・・こんないい加減さで黒永学院不動のレギュラーなんだから、いろんなことを深く考えることの意味を、また考え直さなきゃならないな。





 ―――ダブルスは良い


 プレーに没頭することが出来るから。


 シングルスの時は常に次どうするか、とか。なんなら今どうするかを考えていなければならなかった。

 何の気もなしに、プランも無しに、ただガムシャラにプレーして勝てるほど、都大会の準決勝ともなってくる舞台は甘くない。

 私はシングルス時代、そこを考える力が無かったんだと思う。

 よく、監督やまりか、咲来から無気力みたいだと怒られてたけど、多分その指摘は正しかったんだ。


 他の人へ"やる気"や"感情"を発信する『表現力』が、私には無かった。


 ―――でも


(今は違う!)


 相手のフラットショットを右手一本で打ち返す。

 敵コート内を斜めに直進していく私のショット。それは深い位置で跳ねて、相手はそれに追いつけない。


(考えることは、杏がやってくれる)


 次の指示を、常にとは言わないでも私が迷わないように、彼女は出してくれる。

 私はただ、それに沿ってプレーすれば良い。

 杏はいじわるだから、時にはちょっと無理かなって思う指示も出す。でも、それでも。


(私は、杏の期待に応えたい!)


 そう思うと、不思議と力が湧きでてくる。無理だと思ったプレーも、やってみれば出来るものもあるのだ。

 その"次の一歩"を、彼女は後押ししてくれるのだ。


 杏の為なら―――


 その一心で、私は地区(ブロック)予選決勝戦のシングルスを戦った。

 そうすれば、無限の力が出てくるような錯覚に、あの時は陥っていたから。

 でも、今の私は多分。


(あの時より、力が出せてる!)


 彼女が近くに居る。

 1番近くに居て、次にどうしたらいいかを指示してくれる。

 時にはぽんと、背中を叩いてくれる。触れられる。


 それが、どうしようもなく嬉しかった。


 ―――だから

 ―――杏が考えてくれるなら


(私はそれを実行する!!)


 相手の双子のどちらかが返してきた近めのショットを、前衛の私が片手で叩き落とす。


(杏が考えてくれる分、私がプレーで還すんだ!)


 この無言作戦だって、彼女が考えてくれた。

 私に的確な指示を出してくれるのもそう、全部杏が1人で考えてやってくれてるんだ。


 だから、せめて。

 私は思いっきりプレーすることで、杏の負担を少しでも軽くしてあげたい。


 ―――どちらかに、もたれかかる関係じゃない


(私は、杏と!)


 ―――"支え合うこと"で


(一緒にプレーして、もっと上へ行きたい)


 ―――対等に、彼女と一緒に


(『勝ちたい』!!)


 最後のショット、振り抜いたその瞬間に、分かった。

 これは決まるって。絶対に返されないって。それほどまでの感触、手ごたえ。


 そして本当に返されることなく、それは相手コートで跳ねて、後ろへと抜けていく。


「ゲームアンドマッチ」


 その瞬間、何の意識も無く。


「ウォンバイ、熊原・仁科ペア! 7-5!」


 私は大きく左手でガッツポーズを作って、それをぐっと、お腹に溜めるみたいに握りしめていた。

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