今日の終わりに
「・・・んあ?」
目を開けると、そこには真っ白な天井。
身体を見ればベッドのようなところに寝かされて、布団を被っていた。
―――なんでこんなところで寝てたんだっけ。
寝起きのよくまわらない頭で考えても全く結論が出そうにない。
そんな風に混乱していると。
「目が覚めたか、藍原」
黒髪のショートカット、切れ長の目が美しい女の人が読んでいた本をその場に伏せると、わたしの方を見つめていた。
「か、監督・・・!?」
この人の顔を見た途端、わたしは自分がどうしたのかを少しだけ思い出した。
「わたし、確か・・・その。万理に負けて!」
それから・・・なんだっけ?
「落ち着け。どこか、身体に異常はないか?」
「あ・・・えっと・・・」
身体中をぺたぺたと触ってみるが。
「特に何ともないです」
驚くくらい何もなくて。
「そうだ、わたし! 練習中に倒れたんですよねっ? 気絶して」
そこでようやく、意識が途切れる前に何が起こったのかを思い出した。
「気絶したと言うよりは、眠っていたらしい」
「・・・はい?」
「ここにお前を運び込んで保健の先生に診ていただいたら、疲れて寝ているだけだとおっしゃって驚かれていた」
え、じゃあ。
寝不足で倒れたってこと・・・?
「そ、そういえば今日、目が冴えちゃって全然眠れなかったんでした・・・」
加えて言うなら昨日も早朝から新幹線で全然寝てないし。
「睡眠はしっかり摂れ。まだ熱中症の時期じゃないから心配はしていなかったが、真夏の練習では本当に危険な場合もある」
監督は半分呆れ、そして半分本気のような口調でそう零す。
「・・・はい。すみませんでした」
せっかく結果を残したのに・・・最後の最後でヘマやっちゃったな。
「そ、そういえば練習は!? 監督がここに居るって事は・・・」
「ん。ああ、お前をここに運んだのは私だ。それ以降の練習は小椋コーチに見ていただいている」
「監督が・・・?」
少しというか、かなり意外でビックリする。
「で、でも! よかったんですか、わたし、練習の邪魔しちゃったんじゃ・・・」
「バカを言うな。お前たちは親御さんから白桜が責任をもってお預かりしている生徒だ。テニス部活動中の場合、全責任は私にある。寝ているだけとはいえ、倒れた部員を放っておくわけにはいかない」
その言葉を聞いて、すとんと胸につっかえていた何かが落ちた気がする。
「もう少し寝ていくか?」
そして監督は、すぐに話をわたしの方へと戻した。
「いえ、大丈夫です。それに・・・」
「それに?」
「安心したらお腹空いちゃいました」
わたしはお腹を押さえながら、あはは、と少しだけ困ったような笑いを浮かべる。
「・・・寮まで送ろう」
監督はそれに対して、安堵のため息を少しつき。
その後、わたしの荷物を持って一緒に寮の玄関まで付き添ってくれた。
◆
「うっ、ちょっと食べ過ぎたかも・・・」
夕食後、食べ過ぎで少し気持ち悪くなった。
腹ごなしの練習でもしようかなと思ったけれど、さすがに練習中に倒れたその日のうちにそんな事したら怒られると思い、そのまま部屋へと直行した。
「あ゛~、さすがに疲れたなあ」
二段ベッドの下で横になって身体を投げ出すと、ようやく本当に楽になった気がする。
その時。
「バカみたいな声が部屋の中からすると思ったら、帰ってきてたのね」
ドアを開けて、文香が部屋の中へ入ってきた。
「バカみたいな、は余計だよ」
相変わらず一言多い子。
「・・・アンタ、大丈夫なの?」
「え?」
今、なんて?
「もう身体は大丈夫かって聞いてんのよ」
「・・・うん、大丈夫、だけど」
昨日、わたしを足で踏みつけた子とは思えないような言葉に驚きを隠せなかった。
「心配・・・してくれてるの?」
「は、はあ? 別にそんなんじゃないし。ルームメイトとして、ただの確認よ、確認」
文香はそう言うと、そっぽを向いてベッドの横にある丸テーブルへと座り。
「・・・でも、アンタのこと、少し勘違いしてたわ」
と、こちらに顔を向けないまま話を始めた。
「アンタ、思ってたより強いのね」
「ああ、今日の練習のこと」
「それ以外に何があるって言うの」
文香は寮の自販機で買ってきたであろうスポーツドリンクを取り出すと、封を開けて一口、口に運ぶ。
「正直、態度が大きいだけの奴かと思ってたわ」
「・・・文香に態度が大きいって言われると、ちょっと複雑」
「うるさい、バカ。今は私が大事なことをしゃべってるんだから黙って聞いてなさいよ」
頭をくしゃくしゃと掻きながら、文香は言う。
「これからはしばらく同じ部屋で過ごすわけだし、その・・・じ、自分の部屋が居づらいとか嫌だし! アンタの事はムカつくし! 認めてなんてない・・・けど」
そうして顔を真っ赤にさせながら俯いて。
「アンタと、仲良くしてあげても! 良い・・・かも」
最後の方が聞き取れないくらい尻すぼみだったけど、ちゃんと伝わった。
文香の気持ちは、しっかりと。
「ホントに!?」
「アンタにその気があるならねっ!」
「もちろん! じゃあこれからは・・・」
わたしはすっと起き上がって、ベッドから出る。
そして文香の左手を取り両手で包みながら。
「友達、だよね」
そう言って、笑いかけた。
笑顔。これが、友達の第一歩!
「は、はあ!?」
その瞬間、文香が顔を真っ赤にさせたまま叫ぶ。
「と、とと友達とかそんなんじゃないわ! 変な勘違いしないでよね!」
「うんうん。分かるよお、恥ずかしいんだよね」
だってその台詞、ツンデレのテンプレをコピペしたみたいなものじゃない。
「恥ずかしくないっ! 調子に乗るなこのバカ!」
赤い顔のまま、文香はスポーツドリンクを一気飲みする。
そして、顔をぶんぶんと横に振ってなんとか赤い顔を元に戻すと。
「・・・アンタだけ私のこと名前呼びってのも変だし、私も名前で呼ぶから」
「へ? あ、うん。全然オッケーだけど」
「じゃ、じゃあそういう事だから・・・」
そそくさと、何事も無かったように二段ベッドの上へ昇って行こうとする文香。
「今、呼んでくれないの?」
その言葉を聞いた途端、足を踏み外して梯子から転げ落ちた。
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫よ、バカ! 有紀のバカ! バーカ!!」
・・・罵倒の語彙が、著しく少なくなっている。
(でも、名前で呼んでくれたね)
尻もちをついてわたしを罵倒している彼女が、今はとてもかわいらしかった。




