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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
139/385

VS 緑ヶ原 ダブルス2 熊原・仁科 対 小嶺切・小嶺榛 2 "かく乱"

「先輩」


 ちょいちょい、と肩を叩かれる。

 条件反射で身体をビクッと震わせながら、振り返るとそこに居たのは杏。


(そりゃそうか)


 この味方コートには私たち2人しか、居ないんだから。


「このゲーム大事にいきましょう。4ゲーム目を取れば完全に主導権を握れますわ」


 杏の言葉に、黙って頷く。


「あのですわね」


 すると、彼女は人差し指を立てた手で小さくこちらを差しながら。


「返事は、声でって言いましたわよね?」

「あ、ご、ごめん・・・」


 なんか暑くてしんどかったし、思わず返事をする手間を省いてしまった。


「試合中盤が1番キツいのは経験豊富な先輩の方がご存知かと思いましたが。あと、いちいち謝らなくても大丈夫ですから」

「うん、ごm」


 喉から飛び出しかけてきた言葉を、ばっと急いで口元を塞いでお腹の中に押し戻す。

 飛び出しかけてきたどころか、半分出ちゃってたような気もするけど・・・。


「さぁ、このゲーム取ってさっさと勝っちゃいましょう。(わたくし)も暑いのは嫌いですし」

「好きな人なんて居るのかな」


 まあ杏がそう言うなら、それでいいか。


「サーブ、厳しめに攻めてください」


 彼女はそれだけ言うと、前陣の定位置へと駆けて行った。


(厳しめ、か)


 安定重視ではなく、威力とコースを重視したサーブを打てってこと・・・だよね。

 杏がこうやって言ってくれるんだから、私はやるだけだ。彼女は出来ない事を要求するような無茶はしない。私なら出来るって、思ってくれてるんだ。


(まかせて・・・)


 私は―――


 杏の期待に、応えたい!


 思い切り腕を振ってサーブを放つ。

 シビアに、かつ威力は殺さず。フォルト打つまでは恐れず攻めていく!


 放ったサーブがネットの上を超えていく。ラインも超えていない。

 少しだけスピンをかけたのが効いたのかも知れない。


「ちいっ!」


 双子の―――どっちかは分からないけど、レシーバーが苦々しい顔でそれをレシーブする。


(あれを返すんだもんな)


 やっぱり、強豪校のレギュラー。そう簡単には取らせてくれない。

 反対側に走り込んで、レシーブを返す。狙いは・・・前衛の、彼女の方!


(ダメか)


 しかし、彼女も力負けしない。

 私のショットをボレーで返して、またボールが回ってくる。


 ―――その時


「切ちゃん下がって! 交代!」

「ばっ、名前呼んじゃダメだってッ」


 そんなやり取りが、聞こえてきた。


(掴んだ!)


 暑さのせいか、相手にミスが出た。致命的なミスだ。

 どっちが双子か、今ので分かった。さっきまで前衛を打っていて、今後ろに下がったのが切。今、前に居るのが榛。小嶺姉妹は切がフラット使い、榛がスライス使いだったはず。つまり―――


(パワータイプが後衛に下がった、守りの布陣だ!)


 私はそこでラケットを少し上に向け、ロブショットを放つ。

 ボールは榛の頭を超え、切の正面に落ちる。ここでパワー勝負に出てくるなら私が拾えるし、無難に返してくるなら杏が打ち落してくれるはず。


 後衛―――切の放ったショットは、低い弾道で逆クロスへ。私に狙いをつけてきた、守りの一打―――


 そのはずだったのに。


「!? ボールが曲がっ・・・」


 クロスへ放たれた長いストローク、それが大きく外側へと逃げていく。

 これはフラットショットなんかじゃない。紛れも無く、回転(スピン)のかかった―――


(スライスショット!)


 そのことに気づいたときにはもう遅い。

 ボールは私の届かないラインギリギリのところで跳ね、尚も外側へと逃げていった。


「0-15」


 コールを聞いた瞬間、しまったと思った。


(あの呼びかけは・・・)


 フェイク―――


「「いえーい!」」


 ぱちんと手のひらを合わせて「してやったり」を表現する小嶺姉妹を見れば分かる。

 自分が完全に敵の術中に嵌ってしまっていたのだと。


「切ちゃーん、あの大きい人、まんまと騙されちゃったみたいだよー」

「榛ちゃーん、私たちがそんな致命的なミスするわけないのにねー」


 くすくすと口元をラケットで隠しながら笑う小嶺姉妹。

 もうさっき呼びかけた方の切がどっちで、榛がどっちかも見分けが付かない。

 今、呼び合っているのが正しいのかもわからない。


 まるで考えれば考えるほど、アリジゴクに飲みこまれていくよう―――


「先輩!」


 そこで、私を呼ぶ声にハッと顔を上げる。


「試合前の作戦通り、ですわ。どっちがどっちかは考えない。いいですわね?」

「う、うん」


 杏に言われて、昨日のミーティングを思い出す。

 下手な詮索はしない―――それが元々の作戦だったじゃないか。

 そして、敵が意図的にお互いを混同させようとしているというのも、もう分かった。


 ―――二度目は、無い


「ふう」


 1つ、息を吐いて。もう一度サーブを放つ。厳しく、そして威力は殺さず―――


「フォルト」


 ネットにサーブが引っかかってしまった。


「あら~、どうしたのかなあの大きい人」

「手元が狂っちゃったのかにゃ~」


 小嶺姉妹の声が、妙に大きく聞こえてくる。

 まずい。リズムを乱されてる。ここは攻めるべきか、コントロール重視に切り替えるべきか―――


 前衛に居る、杏の背中を見ると。


(コントロール重視、か)


 作戦切り替えのサインがそこには示されていた。

 確かに、0-30になると一気に余裕がなくなってくる。ここはサーブだけでも確実に決めて、気持ちをリセットしよう。


 サーブを打ち込み、敵がそれをレシーブする。


「榛! 後ろ下がって!」

「OK、切!」


 気にするな気にするな。

 どっちがどっちでも関係ない。来た球を相手コートに返す。それだけだ。


 レシーブを、長いストロークで後衛の方へ返す。

 これを試金石にする。今のポジションなら、フラットとスライス、どっちが来ても対応できるから。


 返ってきたのは―――


(フラットだ!)


 これで確信がついた。

 今、後ろに居るのが切、前に居るのが榛。これは放たれたショットから明らかな事実。


 返ってきたフラットショットにも、確かな重みがあった。これほどのショットを打てるのは、フラットショットを切り札にしている切だけ。それを前衛の頭を超えるように―――


「!?」


 一瞬、錯覚を見たのかと思った。

 前衛に居た榛が、飛び上がって頭を超えていこうかというショットに手を出してきたのだ。威力の弱いショットが、ネット際へ。

 杏がそれをボレーで返す。しかし―――


「でええい!!」


 前衛の榛が、全身を使ったジャンピングボレーで、それを後衛の深い位置に叩き込んだのだ。


「0-40」


 手も足も出なかった。

 あのスピード、球足、威力―――間違いない。


「フラット・・・ショット・・・?」


 ウソだ。

 さっき、確かに後衛の方がフラットショットを打ってきて、それを返したのだ。

 勿論、前後の交代は行われていない。行われているのなら、見逃すわけがないから。


(どういうこと・・・!?)


 フラット使いが2人居る、つまり。


「小嶺切が、2人居る―――」


 としか、思えない。


「んなわけないでしょうが」


 その時、俯いていた頭に、痛めのチョップが突き刺さった。


「あいたっ」

「冷静になってください。同じ人間が2人居るわけないでしょう?」

「で、でも」


 そうでもなきゃ、今のは説明がつかないじゃないか。

 食って掛かろうとした私を、杏が左手を前に突き出して制す。


「―――事前の情報が間違っていた」


 そして、苦々しい顔をしながら呟くのだ。


「私たちはフラット使いが切、スライス使いが榛だと思い込んでいましたわ。が、それがそうではなかった」

「どういうこと・・・?」

「考えうる可能性はひとつだけですわ」


 杏はふう、とため息半分、呼吸半分の息を吐いて。


「小嶺姉妹は姉の方も妹の方も"両方"、強力なフラットショットとスライスショットを"両方"扱うことが出来る―――」


 そして後頭部をがりがりとかきむしりながら。


「それを状況に応じて、使い分けていたということですわ。切がフラット使いで、榛がスライス使いだという風潮を広めるために」


 曇った杏の表情を見る。

 がくん、と。心臓が嫌な高鳴り方をしたのを、確かに感じた。

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