VS 緑ヶ原 シングルス3 新倉雛 1 "サード・サーブ"
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「第1のサーブ。小さなトスを上げ、大きなテイクバックから素早いタイミングで放つクイックサーブ。お前の妙な打ち方を存分に活かしたトリックサーブ」
あれはもう、いつの事だっただろう。
このみ先輩と一緒にぺたんと座り込んで、練習の作戦会議をしていた時のこと。先輩はそんな事を言いながら、練習場の砂をぐりぐりと指で撫でてて円を作っていた。
「第2のサーブ。特徴的なテイクバックを残しながらもタイミングをなるべく普通のサーブと同じにした、ファーストサーブの応用版。オーソドックスなサーブですが、藍原の大きな武器である『ブレ球』を最大限に活かせる、ブレ球サーブ」
確かに、ちゃんとしたタイミングで打つことでボールがいつもより揺れる感覚はある。
多分、もっと教科書通りのフォームや構えを考慮したやり方でやれば今より更によくなるんだろうけど・・・さすがに、そこまで全面改良している時間も余裕も、私たちには無い。
「そして、第3のサーブ」
このみ先輩は手のひらで指を3つ立てて、その話を始めた。
「ただ"純粋にパワーだけを求めた"、ほとんどボールを揺らさないフラットサーブ」
その言葉に、少しだけ引っかかるものがある。
「わたしのショットって常に揺れてるからフラットは無理って話じゃありませんでしたっけ?」
フラットに限らずスピンショットがほとんど上手くいかないのだ。
するとこのみ先輩はにやりと笑みを浮かべて。
「それがそうでもないんですよ。一緒にプレーしてて見つけたんですが、ほとんどボールがブレないフラットなショットを打つこがごくたまにある。だから全てのボールが揺れちゃうわけじゃないんですよ」
それって・・・。
「どんな時にそうなるんですか!?」
もしそのメカニズムみたいなものが分かったら、戦術の幅が広がるどころの話じゃないよね!?
「それは私にもわからんです」
しかしそんな淡い期待は、その一言で一蹴された。
「わ、分かんない、ですか・・・」
あまりにも真正面からバッサリと切られ過ぎて、がくんと項垂れる。
―――でも、このみ先輩は
「だから、分かるように練習するんでしょうが」
―――まだ浮かべた笑みを、消してはいなかった
「・・・!」
ただ闇雲に走るだけじゃダメ。
いくらボールを打っても、サーブ練習をしても。
『目的意識』の伴わない練習では、これから上のレベルでは通用しない。
出来ないから、やれるようになるまで。
分からないから、分かるようになるまで―――"練習"は自分から行うものなんだ。
その先輩の言葉は、そんな"真実"をわたしに自覚させるには十分なものだった。
「はい!」
それはわたしの中にすっと入ってきて、お腹の奥底へと落ちて行く。
「恐らく、このサーブ開発は一朝一夕で上手くいくようなもんじゃない」
「はい」
「根気との勝負ですよ」
「望むところです!」
先輩。
どうせ出来るまで付き合ってくれるんでしょ?
このみ先輩が一緒なら、何も怖くない。きっとこのサーブだって、上手くいく。わたしの中にはそういう確信が、しっかりとあるんだ―――
◆
(ここでわたしが見せるのは・・・)
練習に練習、改良に改良を重ねた―――
(第3のサーブ!!)
高すぎるくらい高く、右手でトスを上げる。
これくらいで丁度いい。大きなテイクバックをして、なるべく打点を高く。
高め高めを意識。引き付けるというよりは、高さに重きを置いて。
(今―――)
落ちてくるボールに合わせ、腕を振る。
ギリッギリのギリギリまで引き付けて、可能な限り、1番高い打点で―――
しかし。
(ジャンプしないと届かな―――)
タイミングがまだ早い、引き付けが甘かった。
ボールが落ちてくるより早く腕を振ってしまったのだ。
―――この感覚だ
ジャンプしちゃダメだ。絶対にダメ。
姿勢制御やコントロールがムチャクチャになって、絶対に決まらない。
足は、コートに付けたままで。
軸足になる右足。そこだけは絶対に浮かせちゃいけない。思い切り踏ん張れ。
踏ん張れ、踏ん張れ、踏ん張れ踏ん張れ―――
「だらっしゃああぁ!!」
気持ちの良い、感覚がした。
ボールをラケットの真芯で捉えたのが左腕を通して全身に伝わってくる。
サーブはネットの上を通過し、相手コートに突き刺さって、そのまま直進―――
気づくと、弱く鈍い音とともにボールはふらふらと舞い上がり、雛の後方にある金網フェンスへとぶつかっていった。
「15-0」
一瞬の、静寂の後。
『わああああ』
という歓声が、会場から湧き上がっていた。
「・・・上手く、いった」
自分の左手のひらを見つめながら、息を吐き出すようにつぶやく。
イメージしたのは、弓矢の弦。
引き付けて引き付けて引き付けて、これ以上伸びないと言うところまで伸ばして、一気に矢を放つ感覚。
イメージはそれで固まったけど、実際どうしていいのか分からなかった。
そんな時、明確な映像としてお手本にしたのが、宮本葵のジャンピングサーブだ。
(わたしにジャンプしてボールを叩く天性のセンスは無いし、落ちてくるボールのタイミング取り、姿勢制御は無理だ)
だから、それを"参考"にした。
ギリギリまで引き付ける視覚的な指標として宮本葵のジャンピングサーブを参考にし、"ジャンプ"するのではなく、"背伸び"をする感覚で、高く高く上げたトスを高い位置で叩くことのしたのだ。
わたしの特殊なフォームには、このやり方が1番合っている―――彼女のジャンピングサーブを見ていて、偶然思いついたこの方法。それこそ、偶然が何個も重なって見つけ出した方法と言ってもいいかもしれない。
(わたしだって―――)
一瞬目を瞑って、思い出す。
あの夕陽の道で宮本葵のサーブを受け止めた日。
そして文香が自分の全ての力を使って彼女を打倒した日。
(ただ文香のプレーをぼうっと見ていたわけじゃない!)
他人の試合から学ぶことや盗むところはたくさんある。
その事に気付けたのが、このサーブ習得のキッカケになった、宮本葵のプレーだった。
「姉御ー! この調子でいっちゃってください! サービスエースだけでこのゲーム取りましょうー!」
一発で声の主が分かるゲキが飛んでくる。
(言われなくたって)
次のサーブは、どれにしようか。
わたしには3つの選択肢がある。どのサーブも、血と涙と絆の結晶、1つ1つが必殺のサーブ―――
(選択肢がこれだけあるって、こんなに頼もしいものなんだ)
トスを上げ、腕を振る。
―――みんなにお前の武器はサーブだって言われても、いまいちピンと来なかったけれど
―――今なら分かる
左腕から繰り出されたサーブには、確かな自信が乗っていた。
(これが、わたしの―――長所だ!!)




