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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
136/385

VS 緑ヶ原 ダブルス1 山雲・河内 対 最上・楠木 3 "あとが無い!"

「ごめんなさい。瑞稀を傷つけるつもりなんて無かったけど、結果的に辛い思いをさせちゃったよね」

「あたしこそ、ごめんなさい。咲来先輩の事だって思ったら頭がカーッとなっちゃって、先輩に迷惑かけて・・・」


 どちらかともなく頭を下げあって、謝る。

 顔を上げて、お互いの顔を見ると。


 ―――そこにはいつもと何も変わらない、瑞稀の顔があった


「ふふ」

「ははっ」


 そして、なんだかおかしくなってきてしまって、思わず笑みが零れてしまう。


「なんで最初にこうやって謝れなかったんだろ」

「意固地になって、イライラして・・・あたし達もまだまだですね」

「しょうがないよ」


 今だから、言えることだけど。


「喧嘩くらいする時だってある。それくらい、瑞稀のこと、好きだから」


 好きすぎて、周りが見えなくなっちゃったり、寂しくなっちゃったり。

 そんな日だってあるよね。


「先輩っ・・・」


 すると瑞稀はいつものように顔をぽっと赤くして、目を瞑りほっぺに手を当てながら。


「あ、あたしの方が先輩のこと好きなんですからねっ!」

「うん」


 くねくねと身体をくねらせながら、ツンデレっぽい台詞を言う瑞稀。

 かわいいなあ、もう。

 この試合が終わったら、仲直りの続き、しようね。


「あ、あんたら、もう大丈夫なの?」


 そこでようやく、真緒が恐る恐ると言った様子で声をかけてくる。


「うん。私たちはもう大丈夫だよ」

「ご心配かけてすみませんでした!」


 2人で揃ってそう言うと。


「よ、よかったー! 本当によかった」


 真緒は少しだけ安堵した。


「でも、さ・・・」


 しかし、すぐに声色を変えて。


「0-5だよ、今」


 その現実を突きつける。

 あの最上さんペア相手に、1ゲームでも落としたら試合終了(まけ)

 かなり厳しい状況にあるのは間違いないと思う。


「だそうだけど、どう? 瑞稀」


 ―――でも


「まあ丁度いいハンデなんじゃないですか、あたし達にとっては」

「ふふ、頑張ろうね」

「はい!」


 言って、コートへと向かって歩く。


 ―――瑞稀と一緒なら、関係ない


 さっきまでとは全然違う、まったく真新しい気分で。


 ―――どんな状況でも、どんな子が相手でも


 私たちの戦場(コート)へと、足を踏み入れた。





(敵の戦術はパワーのある最上さんを前面に出して、小回りの利く八重ちゃんが守備に徹するのが基本・・・)


 サービス権は相手側、サーバーは八重ちゃん。

 左手を背中に回し、瑞稀にサインを送る。

 私たちはサインのやり取りすらあまりしないんだけれど、この場面はやっておいた方が良い。

 今が試合開始だと考えて、慎重に、そして念入りにサインを送る。


 八重ちゃんが小さな身体を目いっぱい使ってサーブを打つ。

 それを瑞稀が悠々とレシーブする。さすが瑞稀、八重ちゃんのサーブに力負けすることはない。


(速いッ!)


 八重ちゃんのスピード、それは驚異的なものだった。

 コートの端から端まで、あっという間に到達してしまう。瑞稀のレシーブを、余裕をもって打ち返す。


(並の瞬発力じゃない)


 1年生にして緑ヶ原のレギュラーを獲れた要因は"あれ"だと、はっきり分かる。


「だけど!」


 深い位置に抜けていこうとするボールを、ボレーで打ち返す。

 狙いは最上さんと八重ちゃんの間―――クロスショット。


(ダブルスなら、負けない!)


 しかし、八重ちゃんはこれも拾ってしまう。

 ロブショット気味に山なりに、コートの後ろの方へとボールが飛んでいく。


 振り返ると。

 瑞稀がボールに狙いを定め、ラケットを両手で握って、大きな構えをしていた。


(いけ、瑞稀!)


 貴女の最大の武器―――


 『パワー』を!


 左足で思い切り踏ん張って、全身のエネルギーをラケットに乗せ、そのまま振り切る。

 後衛のライン上、深い位置から放たれたショットなのにも関わらず、その一撃はスマッシュにも匹敵するスピードを持って、私のすぐ横を通過した。


「ッ!」


 敵の前衛、最上さんは手を出そうとしたが、ラケットをひっこめる。

 彼女のテニスプレイヤーとしての勘が、前衛のネット際で今のボールに触れるのは危険だと判断したのだろう。

 そうなると、八重ちゃん―――


「っぇい!」


 彼女の細腕では、到底それをまともに返すのは無理だった。

 チャンスボール―――大きく舞い上がったそれを。


 私が、ネット際の近い位置へスマッシュして。


「15-0」


 この試合、私たちは初めて点を取ることに成功する。


「先輩」

「瑞稀っ」


 私たちはどちらかともなく互いに近づくと、ぎゅっと相手を正面から抱きしめた。


「やっぱり瑞稀のパワーはすごいね」

「はい! もっと褒めてくださいっ!」

「次のポイント取ったらね」


 いつも通りの、やり取り。

 連携も上手くいった。私たちの間に、もう不安は何もない。


 問題は―――0-5という点差、それのみ。


(でも、私たちなら・・・それだって、ひっくり返せる)


 そうだよね、瑞稀!





「くっ」


 強力なフラットショットに力負けしそうになる。

 ライン際だったからよかったものの、熊原先輩(ぜんえい)の位置だったら確実に上げてしまっていただろう。


(どっちがどっちか、考えるなっておっしゃられましたが・・・!)


 それはそれで辛い。

 打ってくるまでフラットショットかスライスショットか、せめて分かればやれることにも幅が出てくるだろうに。


 そして今度、打たれたのは―――


(またフラット!)


 私は急いで逆コートへと回り込む。

 しかし、その必要は無かった。


「ゲーム!」


 熊原先輩が―――そのフラットショットを打ち落して、相手コートに跳ね返していたからだ。


「熊原・仁科ペア。3-2」


 一進一退の攻防は、いよいよ後半戦に突入しようとしていた。





 ―――遡ること、数十分前


(咲来先輩と瑞稀先輩、大丈夫かな・・・)


 監督の顔、すごく怖かったし、深刻なことになってないと良いけど。

 って。


(他人の心配してる場合か、藍原有紀!)


 わたしはわたしの事で手いっぱいのはずでしょ!

 今からわたしは、ここ数週間の努力を発表する場に入るんだから。


 今のわたしには、3つの手札がある。

 1つ、普通のサーブ。2つ、普通のサーブよりタイミングの速い、クイックサーブ。

 3つ・・・とうとう完成した、『第三のサーブ』。


 完成するのにかなり手を焼いたけど・・・苦労した分、良いものは出来たと思ってる。


(宮本葵のジャンピングサーブに、ヒントを得たんだ)


 彼女のサーブを見てなかったら、"あの感覚"は掴めなかっただろう。


 さあ、どれから打とう。

 どれから打つのが、1番効果的か。


 ううん、違う。


(どれから打ちたいか、だよね)


 変に考えちゃダメだ。ここには指示を出してくれるこのみ先輩は居ない。

 わたし1人で全部やらなきゃならない。それなら、変に考えるより、どれから打った方が楽しいか、それを考えた方が良いような気がする。


 ―――それなら


(一択しかないでしょ・・・!)


 ここまで苦労して編み出した、新サーブ。

 それを打たないで何を打つと言うのか。


 最初にバーンとこれを出して、相手をビビらす! これしかないでしょ!


(見ててください、先輩方―――)


 みなさんが一緒に作ってくれたこのサーブで・・・このゲーム、獲りますよ。

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