VS 緑ヶ原 ダブルス1 山雲・河内 対 最上・楠木 3 "あとが無い!"
「ごめんなさい。瑞稀を傷つけるつもりなんて無かったけど、結果的に辛い思いをさせちゃったよね」
「あたしこそ、ごめんなさい。咲来先輩の事だって思ったら頭がカーッとなっちゃって、先輩に迷惑かけて・・・」
どちらかともなく頭を下げあって、謝る。
顔を上げて、お互いの顔を見ると。
―――そこにはいつもと何も変わらない、瑞稀の顔があった
「ふふ」
「ははっ」
そして、なんだかおかしくなってきてしまって、思わず笑みが零れてしまう。
「なんで最初にこうやって謝れなかったんだろ」
「意固地になって、イライラして・・・あたし達もまだまだですね」
「しょうがないよ」
今だから、言えることだけど。
「喧嘩くらいする時だってある。それくらい、瑞稀のこと、好きだから」
好きすぎて、周りが見えなくなっちゃったり、寂しくなっちゃったり。
そんな日だってあるよね。
「先輩っ・・・」
すると瑞稀はいつものように顔をぽっと赤くして、目を瞑りほっぺに手を当てながら。
「あ、あたしの方が先輩のこと好きなんですからねっ!」
「うん」
くねくねと身体をくねらせながら、ツンデレっぽい台詞を言う瑞稀。
かわいいなあ、もう。
この試合が終わったら、仲直りの続き、しようね。
「あ、あんたら、もう大丈夫なの?」
そこでようやく、真緒が恐る恐ると言った様子で声をかけてくる。
「うん。私たちはもう大丈夫だよ」
「ご心配かけてすみませんでした!」
2人で揃ってそう言うと。
「よ、よかったー! 本当によかった」
真緒は少しだけ安堵した。
「でも、さ・・・」
しかし、すぐに声色を変えて。
「0-5だよ、今」
その現実を突きつける。
あの最上さんペア相手に、1ゲームでも落としたら試合終了。
かなり厳しい状況にあるのは間違いないと思う。
「だそうだけど、どう? 瑞稀」
―――でも
「まあ丁度いいハンデなんじゃないですか、あたし達にとっては」
「ふふ、頑張ろうね」
「はい!」
言って、コートへと向かって歩く。
―――瑞稀と一緒なら、関係ない
さっきまでとは全然違う、まったく真新しい気分で。
―――どんな状況でも、どんな子が相手でも
私たちの戦場へと、足を踏み入れた。
◆
(敵の戦術はパワーのある最上さんを前面に出して、小回りの利く八重ちゃんが守備に徹するのが基本・・・)
サービス権は相手側、サーバーは八重ちゃん。
左手を背中に回し、瑞稀にサインを送る。
私たちはサインのやり取りすらあまりしないんだけれど、この場面はやっておいた方が良い。
今が試合開始だと考えて、慎重に、そして念入りにサインを送る。
八重ちゃんが小さな身体を目いっぱい使ってサーブを打つ。
それを瑞稀が悠々とレシーブする。さすが瑞稀、八重ちゃんのサーブに力負けすることはない。
(速いッ!)
八重ちゃんのスピード、それは驚異的なものだった。
コートの端から端まで、あっという間に到達してしまう。瑞稀のレシーブを、余裕をもって打ち返す。
(並の瞬発力じゃない)
1年生にして緑ヶ原のレギュラーを獲れた要因は"あれ"だと、はっきり分かる。
「だけど!」
深い位置に抜けていこうとするボールを、ボレーで打ち返す。
狙いは最上さんと八重ちゃんの間―――クロスショット。
(ダブルスなら、負けない!)
しかし、八重ちゃんはこれも拾ってしまう。
ロブショット気味に山なりに、コートの後ろの方へとボールが飛んでいく。
振り返ると。
瑞稀がボールに狙いを定め、ラケットを両手で握って、大きな構えをしていた。
(いけ、瑞稀!)
貴女の最大の武器―――
『パワー』を!
左足で思い切り踏ん張って、全身のエネルギーをラケットに乗せ、そのまま振り切る。
後衛のライン上、深い位置から放たれたショットなのにも関わらず、その一撃はスマッシュにも匹敵するスピードを持って、私のすぐ横を通過した。
「ッ!」
敵の前衛、最上さんは手を出そうとしたが、ラケットをひっこめる。
彼女のテニスプレイヤーとしての勘が、前衛のネット際で今のボールに触れるのは危険だと判断したのだろう。
そうなると、八重ちゃん―――
「っぇい!」
彼女の細腕では、到底それをまともに返すのは無理だった。
チャンスボール―――大きく舞い上がったそれを。
私が、ネット際の近い位置へスマッシュして。
「15-0」
この試合、私たちは初めて点を取ることに成功する。
「先輩」
「瑞稀っ」
私たちはどちらかともなく互いに近づくと、ぎゅっと相手を正面から抱きしめた。
「やっぱり瑞稀のパワーはすごいね」
「はい! もっと褒めてくださいっ!」
「次のポイント取ったらね」
いつも通りの、やり取り。
連携も上手くいった。私たちの間に、もう不安は何もない。
問題は―――0-5という点差、それのみ。
(でも、私たちなら・・・それだって、ひっくり返せる)
そうだよね、瑞稀!
◆
「くっ」
強力なフラットショットに力負けしそうになる。
ライン際だったからよかったものの、熊原先輩の位置だったら確実に上げてしまっていただろう。
(どっちがどっちか、考えるなっておっしゃられましたが・・・!)
それはそれで辛い。
打ってくるまでフラットショットかスライスショットか、せめて分かればやれることにも幅が出てくるだろうに。
そして今度、打たれたのは―――
(またフラット!)
私は急いで逆コートへと回り込む。
しかし、その必要は無かった。
「ゲーム!」
熊原先輩が―――そのフラットショットを打ち落して、相手コートに跳ね返していたからだ。
「熊原・仁科ペア。3-2」
一進一退の攻防は、いよいよ後半戦に突入しようとしていた。
◆
―――遡ること、数十分前
(咲来先輩と瑞稀先輩、大丈夫かな・・・)
監督の顔、すごく怖かったし、深刻なことになってないと良いけど。
って。
(他人の心配してる場合か、藍原有紀!)
わたしはわたしの事で手いっぱいのはずでしょ!
今からわたしは、ここ数週間の努力を発表する場に入るんだから。
今のわたしには、3つの手札がある。
1つ、普通のサーブ。2つ、普通のサーブよりタイミングの速い、クイックサーブ。
3つ・・・とうとう完成した、『第三のサーブ』。
完成するのにかなり手を焼いたけど・・・苦労した分、良いものは出来たと思ってる。
(宮本葵のジャンピングサーブに、ヒントを得たんだ)
彼女のサーブを見てなかったら、"あの感覚"は掴めなかっただろう。
さあ、どれから打とう。
どれから打つのが、1番効果的か。
ううん、違う。
(どれから打ちたいか、だよね)
変に考えちゃダメだ。ここには指示を出してくれるこのみ先輩は居ない。
わたし1人で全部やらなきゃならない。それなら、変に考えるより、どれから打った方が楽しいか、それを考えた方が良いような気がする。
―――それなら
(一択しかないでしょ・・・!)
ここまで苦労して編み出した、新サーブ。
それを打たないで何を打つと言うのか。
最初にバーンとこれを出して、相手をビビらす! これしかないでしょ!
(見ててください、先輩方―――)
みなさんが一緒に作ってくれたこのサーブで・・・このゲーム、獲りますよ。




