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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
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山雲咲来 / 河内瑞稀

 それからというもの。


「瑞稀ちゃん、おはよう」


 朝は瑞稀ちゃんを起こすことに始まり。


「瑞稀ちゃん、今日も頑張ろうね」


 一緒に朝練、そのまま登校して学校の昇降口で別れるまでずっと一緒。


「瑞稀ちゃん、お昼一緒に食べよう」


 お昼休みには彼女と一緒に購買へ向かい、中庭で一緒にご飯。


「放課後だよ。練習だよ、瑞稀ちゃん」


 授業が終わるや否やすぐに彼女の下へいって一緒に部室へ―――


「先輩」

「なぁに?」


 瑞稀ちゃんは何か言いたそうに少しだけ唇を尖らせたけれど。


「・・・なんでもないです」


 私が笑って答えると、苦笑しながら首を振って、それ以上は何も言わない。


 気づくと私は、授業中以外のほとんどの時間を瑞稀ちゃんと過ごすようになっていた。

 白桜ではレギュラーに部屋割りを決める権限がある・・・、実際、レギュラーになるまで本当にこの権利を使えるなんて思わなかったし、使おうと考えることもなかった。

 でも、今は。

 この権利をフル活用して瑞稀ちゃんと同じ部屋になった今となっては。

 レギュラーになって1番よかったと思える権利だと、しみじみ感じる。


(瑞稀ちゃんと1日ずっと一緒なんて)


 今日もまた、彼女と同じコートに入れる悦び―――


(幸せだなぁ)


 ずっと一緒にいられる、毎日会えるこの楽しさは、何物にも代えがたい。

 少なくとも私は、強く強くそう想っていた。


 でも。


 ―瑞稀ちゃん(あなた)は?―――





 白桜女子テニス部は大きな選択を迫られていた。

 10月の下旬に開催される、小さな大会に出場するか、しないか。


 この大会は規模が小さく、黒永をはじめ強豪校はほとんど出場しない。

 しかし実戦で経験を積めるチャンスであり、規模は小さくても都大会を突破すれば関東大会まで行われることになっている。

 もう1つの選択肢として、この大会には出場せず冬用のメニューを早くからこなして練習漬けの日々を送るという方に舵を切ることもできるのだ。


(小さな大会に出場して経験を積むか、納得いくまで練習をするか・・・)


 難しいところではあった。

 去年もそうだったけれど、監督はこの大会への出場を2年生による話し合いによって決めさせていたのをはっきりと覚えている。

 今年もそう。2年生による話し合いが、夕食後の食堂で行われていた。一応、1年生も立ち会ってはもらっているけれど、発言権があるのは基本的に2年生だけ。


「まりかの意見はどうなの?」


 私が作戦用のホワイトボードの前に立って、同じくホワイトボードの反対側に立っているまりかに尋ねる。


「私は部長だから・・・みんなが決めた意見なら、それでいいと思う」

「みんなが決めた事がまりかの意見ってこと?」


 確認すると、彼女はこくりと頷いた。


「智景は、どう?」


 次に智景に意見を求める。

 一応、レギュラーの子から順番に・・・、そう思っていた。


「私は・・・、別に、どっちでも」

「そっか」


 彼女に最初に意見を聞いたのは間違いだったかもしれない。

 感情表現が苦手な智景が、ここで1番乗りで意見を言えるとは思えない。


「真緒は、どっちがいいと思う?」

「ふむ・・・」


 真緒は顎に手を当てて少しだけ考えると。


「咲来が決めればいいんじゃない?」

「えっ」


 ごにょごにょと言っていた智景とは全く違うハッキリした口調で、そう言った。


「私はどっちでも良いし、まりかもみんなの意見に乗るって言ってるんだから、咲来が決めればそれが答えでしょ」

「そ、それじゃあ話し合いの意味が・・・」

「話し合いに、なるかな。私たちで」


 そこで、まりかが会話に割り込んでくる。


「まりか?」

「今までもそうだったけど、私たち2年生が話し合ってロクなことになった覚えが無い。それなら立場ある代表者が決めた答えの方が納得できるよ」

「それが、私の意見・・・!?」

「この意見に反対がある子、居る?」


 まりかが聞き返すが、勿論誰も異を唱える子なんて居なかった。

 そりゃそうだ。こんな風に聞かれて、反対意見なんて言えるわけがない。


「ちょっと待って。こんなの話し合いじゃないよ」

「話し合ってもどうせ結果、出ないでしょ?」

「ううん、違う。違うよまりか。話し合って結果が出なかったことと、話し合いもせずに決めることは全然違う」


 必死に弁論するが、今日のまりかは引いてくれなかった。


 ―――部長として、しっかりしなきゃ


 そんな思いが、彼女の中にもあったのだと思う。

 副部長としてしっかりしなきゃという思いが、私の中にあるように。


「みんなだってこんな風に決めたら納得できないよね?」


 私は、食堂の長椅子に座っている部員たちに同意を求める。

 が、しかし。


「・・・」


 みんな俯いてしまって、誰もまともに私の目を見てくれる子は居なかった。


 ―――どうして


 私、空回りしてる? めんどくさい? うざい?

 でも、こんな無理矢理決めた結果じゃ、大会に出るにしても練習するにしてもきっといいことにはならない。みんなでしっかり話し合って決めなきゃいけない時に、誰も自分の意見を言おうとしない。


 ―――どうしてみんな

 ―――変わろうとしないの


 何も言ってくれないみんなと、口を開けたまま固まってしまった私。

 痛いほどの沈黙が、しばらく流れようとしていた。

 誰か何か言えよ、そんな雰囲気すらしてきた、その時。


「なんで」


 後ろの方で、誰かの声が聞こえた。


「なんでみんな何も言ってくれないんですか!!」


 2年生の後ろ・・・1年生が座っている位置から、そんな大きな声が聞こえた。

 私は対面になるけれど、座っているみんなからすれば後ろから大声が聞こえた格好になる。ほとんどの選手が、みんな振り返った。


「先輩は・・・咲来先輩はずっと、頑張ってましたよ!」


 そこに居たのは―――


「瑞稀、ちゃん」


 泣きながら大声で叫ぶ、愛しい後輩だった。


「自分を変えようって、もがいて・・・先輩は変わったんです。1番近くで同じ時間を過ごしてきたあたしが保障します、咲来先輩は自分が白桜の副部長だって胸を張って言えるような人です!」


 大粒の涙を流しながら、彼女は。


「それなのに、どうして何も言ってあげないの!? この話し合いだって、先輩がほとんど話して、みんな黙っちゃって・・・言わなきゃ、何も分かんないのに!」


 ここに居る30人近い先輩に、真正面から喧嘩を売るような真似を―――


「ッ!」


 それだけ言うと、


「瑞稀っ!!」


 瑞稀は、まるで居た堪れなくなったように顔を真っ赤にして、目を伏せて。

 食堂から逃げるように出て行った。


 ―――雰囲気は最悪だった


 もともと良くなかったのが、瑞稀の割り込みによって、尚悪くなったと言っても良い。

 少なくとも最悪になった直接的な原因があの子なのは、間違いなかった。


「咲来」


 その瑞稀と、2年生の間で宙ぶらりんになった私を。


「追いかけてあげて」


 まりかが、救ってくれた―――


「え、でも」

「この場は私を信じて。部長の名にかけて、責任を持って話し合いするから」

「大丈夫、なの?」

「ごめん、咲来。君に全部押し付けて、解決した気になるところだった」


 嬉しかった。

 まりかがこんな事を言ってくれるようになるなんて、思わなかったから。


「だから、あの子を・・・追いかけてあげて」


 まりかはそう言うと。

 バツが悪そうに頬をかきながら。


「悪者の役、押し付けちゃったの・・・ごめんって、伝えて欲しい」

「・・・うん」


 そう言ってくれたまりかに背中を押されて、私は食堂の扉を開け、閉めて。

 本当は走っちゃいけない寮の廊下を、走り出した。


(瑞稀ッ)


 待ってて。

 今、行くからね―――

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