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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
132/385

契約(はじまり)

 それは夏休みのこと。

 3年生の先輩たちが引退し、白桜ダブルスにはぽっかりと穴が2つ空いていた。


 それを埋めるために新ペアを選定しようと、1軍でメンバーを代わる代わるしながらダブルスの練習をしていたのだけれど―――


「うわ、すごい何いまの連携」


 自分でも、驚いた。


「咲来、河内と練習してたの?」

「ううん」


 それは本当に偶然、私と河内さんがペアになった時に起こった事。


「同じコートに入ったのも、今が初めてで・・・」

「それにしちゃ今のプレーすごくなかった?」

「うんうん。息ピッタリだったし、狙っても出来ないよあんなの」


 言われれば確かにそうだ。

 私が何も言わなくても河内さんは反対側に回り込んでいたし、私自身、彼女が何も言わなくてもあの子をフォローして逆に走らなきゃならないことを、まるで本能で感じ取ったかのように理解していた。


 ―――なんだろう


 河内さんと2人で、点を取った時。

 ドクン、と。

 自分の胸が、今まで生きてきて、一度たりともしたことの無い"鳴り方"をしたんだ。


 ―――あの心臓の高鳴りは、何なんだろう


「河内さん」


 気になって気になって気になって。

 練習後、勇気を振り絞って彼女に話しかけていたのだ。


「・・・なんですか?」

「あの、さっきのダブルスの練習なんだけど、ね。すごく上手くいったじゃない?」


 興奮気味に話す私を、彼女は。


 ―――つまらなさそうに、見遣っていた


「すみません」


 私がしゃべり終わる前に、河内さんはそう言って目を半目に細めた。


「あたし、シングルス希望なんで。今日は練習メニューだからダブルスやったけど・・・、それだけだし」

「あ、そ、そうなんだ・・・」


 まるで全てをシャットアウトするような、明確な拒絶。


「じゃあ、仕方ないね」


 どうしてこの子を触ろうとすると、いつもこうなんだろう。

 こちらから攻撃しているわけじゃないと思う。それなのに、いつも噛み付かれるというか、触ろうとした瞬間に引っ掻かれるような感覚に遭う。

 他の子にも、他の人すべてにも―――彼女はこんなような接し方をしているのだろうか。





 夏休みもどんどんその日程を消化していく。

 そんな時、白桜テニス部は暗中模索していた。


 3年生が引退して、部の中核を担っていた人たちが居なくなって、まるでチームの柱が折れてしまったよう。

 今まで同じ方向を見て頑張っていた選手たちが、どこを見て良いのか分からないような状態になり、チームはチームとして機能しなくなっていた。

 監督は練習試合を頻繁に組んでくれるのだけど、当然―――


「3-0で、鷹野浦の勝利。礼」

「「ありがとうございました」」


 ダブルスが全く上手く機能しない今の白桜では、シングルス2の新倉さん、シングルス1のまりかにまで試合が回らない。

 3年生が居た頃は勝てていたようなチームと試合をしても上手くいかず、結果が出ない事に対してチーム内に苛立ちすら起き始めていた。


「このままじゃまずいわ、まりか。私たちが何とかしなきゃ」

「何とかって言われても、私は自分に出来ることを精一杯やってるつもりだよ。私にまで出番が回れば、負けない自信はある」

「うん、それはそうなんだけど・・・」

「話はそれだけ? 私、新しいサーブを試そうと思ってるんだ。練習してきていいかな」


 ―――待って


 その一言が、言えなかった。

 私なんかがまりかが練習をする時間を奪っていいのかという後ろめたさも、あったから。

 まりかは既にもう全国でも名前が通るスーパーエースだ。まりかが今の白桜を支えているのはどう見たって明らか。まりかに何かがあったら、このチームは終わる。


(でも・・・)


 少しは部長だってこと、考えてくれてるのかな。

 そんな考えが、頭を掠める。

 貴女は自分のことだけを考えてちゃダメだって、そう思う。だって、3年生からチームを任された部長は、まりか。貴女なのに―――


「智景はどう思う?」


 私は、相談する人数を増やすことにした。

 まずは2年生でまりかの次に実力がある、智景から。


「どうもこうも・・・、別にやりたいようにやればいいんじゃ」

「でもそれじゃいけないと思うの」

「まりかも咲来も分からないことを、私が決めるのってどうなのかな」


 しかし、最初から分かっていた。

 智景は他の誰かのことを積極的に考えたりするタイプじゃないって。

 それどころか、最近は自分の事ですら本気で考えているのか、怪しいと思えることすら。


「真緒、貴女の意見を聞かせて欲しいんだけど」

「んんー、ごめん。そういうのはまりかと咲来が考えてよ。私、秋大のレギュラー本気で取りにいきたいんだ。少しでも練習したいから、さ」

「あ、うん・・・」


 真緒は切羽詰まった様子で言って、あっさりと流されてしまう。

 この子こそ、あまり他人に自分の意見を発信するタイプじゃない。どちらかというとまりかに近い一匹狼タイプだ。

 チームのことを考えてないわけじゃないんだろうけど・・・、真緒だって3年生が引退してレギュラーが懸かってるんだ。必死になるのも分かる。

 分かるけど。


(どうしてみんな、チームのことを考えてくれないの・・・?)


 自分だけじゃダメなんだよ。

 みんなで全体のことを考えなきゃ、チームが上手くいくわけがない。


 なのにどうして、誰も私の話を聞いてくれようともしないんだろう。


(やっぱり、)


 私が。


(私じゃ、無理なのかな。副部長なんて・・・)


 頼りないから、頼るに値しないからなのかな―――


 自分で自分が情けなくて、下を俯いた、その時。


「先輩」


 後ろから誰かが私を呼び止めた。

 振り返ると、そこに居たのは。


「河内さん・・・」


 赤いリボンが特徴的な、かわいらしい後輩。

 河内さんはその大きな胸を持ち上げるように胸の下で腕を組んで、夜の闇が支配する寮の廊下、その階段近くの踊場で佇んでいた。


「どうして、何も言わないんですか」


 河内さんはそう言うと、ずいっと間合いを詰めるように歩いてきて。


「最近の先輩の行動、ずっと見てました。他の先輩たちと何か話してたみたいですけど」


 そして私の目と鼻の先で、じっと私の目を上目遣いで睨みながら。


「どうして何か言い返されると黙っちゃうんですか」

「・・・!」


 彼女に指摘された"それ"は、私の問題の核心、それをズバリと突いていたのだ。

 驚いた。

 この子、どうしてそんな事が分かったのだろう。


「山雲先輩は間違ってません。ううん、先輩の言ってることの方が正しい。それなのに、どうして否定されると黙ってそれを受け入れちゃうんですか」

「だ、だって。私なんかが・・・」

「それです」


 彼女は私の瞳の奥を覗き込むように、視線を強くした。


「私なんかがとか、そんな事ばっかり言ってるから話が前に進まないんです」

「で、でも」

「『だって』や『でも』じゃありません。すぐに言い訳ばっかりして。情けないと思わないんですか」


 こんなことを言われたのは、初めてだ。

 昔から他人の意見に同調したり、顔色を窺ったり、空気を読むことだけには長けていた。だから、大人に怒られることもほとんど無くて。

 気づけば私は、今の山雲咲来(わたし)になっていた。


「自分の意見を伝えたいんですよね? だったら多少強引でも、他人に嫌だと思われれも、我を通すべきじゃないんですか」

「そんなことっ」


 だから私は。


「出来ないよ・・・」


 1人じゃ、何もできないんだ。


 彼女の視線から逃れたくて、顔を伏せて俯く。

 嫌な沈黙が流れた。

 長い時間、経っていたと思う。あわよくば河内さんが私に愛想を尽かしてこの場から居なくなってくれることを願っていた。その道が、1番楽だから。


「先輩」


 私の淡い願いは砕かれた。

 彼女は、どこにも行ってくれはしなかったのだ。


「あたしと、ダブルス組んでもらえませんか」


 その言葉に。

 ハッと顔を上げて、彼女の瞳を覗き込む。


 ―――河内さんは、決して私から離れようとはしてくれなかった


「でも、貴女、シングルス希望って・・・」


 ふと、先日のことを思い出す。

 シングルス希望だという彼女の顔は至極真剣で、こんなにも簡単に翻意するようには見えなかった。


 それが、明確な理由も言わずに、こんな―――


「気が変わったんです」


 そう言う彼女の目は、相変わらずこの世の中、面白いことなんて何もないと思っているような濁った瞳で。

 まるで目の前のこの光景すら、流れ作業であるような淡々とした雰囲気を感じた。


「ダメですか? 他の先輩の言うことは黙って聞く癖に」

「っ・・・!」


 先ほどのやり取りを思い出す。

 これは、河内さんなりの意趣返し? 私が気に入らないから?


(・・・違う)


 たとえ私が死ぬほど気に入らなくても、自分の時間や労力を犠牲にしてまでこんな提案をするわけがない。

 河内さんは確かに言葉遣いは悪いけど、言っていること自体は決して間違えていない。


 この子が何を考えているか、そんな事は私には分からないけれど。


 ―――あの時の感覚


 河内さんとダブルスを組んだあの時、私はテニスをしている気がしなかった。

 まるで全く違う何かをしているような高揚感・・・気持ちの良さ、みたいなもの。

 あんなものを味わったのは、生まれて初めてだった。


 あの胸の高鳴りが、もし。


「分かった。組もう、ダブルス。河内さん」


 "ドキドキ"や"ワクワク"といった種類のものだと言うのなら。


「契約成立、ですね。よろしくお願いします、山雲先輩」


 私はもう少し、その先へ行ってみたい。

 今まで知らなかった景色が、そこにはあるのかもしれないから―――

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