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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
131/385

VS 緑ヶ原 ダブルス1 山雲・河内 対 最上・楠木 2 "踊らされている?"

 ―――おかしい


 そんな事を感じ取ったのは、緑ヶ原に1ゲーム先取されて2人がコートサイドのベンチへ戻ってきた時だった。


「・・・」


 お互い会話も無く、黙ったまま水を飲んでいる。


(おいおい、マジか)


 この2人のこんなとこ見たの、初めてだ。

 いつもならうるさいくらいに河内の方がきゃーきゃー言って咲来に抱き着く、咲来が水を飲むように言い聞かせるまでが"くだり"として1セットなのに。


 今の2人は、まるで―――


(喧嘩、とかしたんじゃないの・・・!?)


 のど元まで出てきた言葉を飲みこむ。

 ダメだ。

 私が『喧嘩でもした?』なんて言ったら、これは修復不可能になる。第三者が口を挟むべきでは絶対にない。

 だって、咲来と河内だよ? 誰がどう考えたらこの2人が喧嘩なんかするって結論に至るんだよ。


(コーチはダブルス2、監督はシングルス3のベンチに居るっ・・・)


 みんな、チームとしてこの2人を信じ切っているんだ。

 だから私がベンチに入る担当を任されている。本当なら大人が入るべき場所に、チームメイトである私が入っているのは信頼の証以外の何物でもない。


「なんですか野木先輩?」


 2人がコートに戻っていった後、すぐに2年の後輩をコート内へ呼びつけた。


「か、河内さんと山雲先輩が喧嘩っ!?」

「しーっ、声がでかい!」


 驚く後輩に人差し指を立ててすぐに黙らせる。

 彼女は口に両手を当て、声を殺すと。


(監督にこの事伝えて、指示を仰いで。私じゃどうしようもないよ、この案件は)

(は、はいっ)


 全力で駆けていく後輩を見送り、すぐに頭を抱えた。


(どうする、あの2人が喧嘩なんて・・・)


 考えもしなかった。

 だって、あの2人のプレイスタイルって。


(完全に強い信頼関係の上に成り立ってるやり方だ。阿吽の呼吸、1ミリも息が乱れてないから出来る芸当―――)


 声をかけなくても目線やサインで完全に相手の考えていることが分かる。

 だからコンビネーションに一切迷いが無く、お互いの長所と長所を合わせたような、ダブルスの理想形とも言えるプレーが出来る。

 これらは全て、相手を完全に理解し、コート外でも常に一緒に居るからこその(わざ)

 それが、今はお互いに会話することすらできないと来た。


「まずい・・・」


 今の咲来と河内は、ただ同じコートに2人のプレイヤーが居るだけ。

 シングルスプレイヤーとしてはお世辞にもまりかや新倉に勝てるとは言えないあの2人じゃ―――


(最上に勝てるわけがない)


 信頼関係が少しでも狂えば本来の力を発揮できない相手の信頼関係を崩し。

 しかも対戦相手はシングルスからダブルスに転向した、東京四天王と呼ばれるシングルスの猛者。


 最悪の相手が敵の時に、1番崩れちゃいけないものが崩れた。


(なんだこれ)


 その時。


(出来過ぎじゃないの・・・!?)


 変な違和感がした。

 あまりに、こちらに都合が悪くないだろうか。


 ・・・もしかして、これは趣味の悪い仮定の話だけれど。


 ―――"誰かが裏で糸を引いているんじゃないのか"


 そんな邪推すら、頭に浮かんでくるほどだった。


(早く戻ってこい、早く早く・・・)


 気づくと私は、ぶつぶつとそんな事を小さな声で呟いていた。

 監督の意見を聞きに行くといった後輩―――彼女に対してイラつきすら覚えている自分が嫌になる。


 外からコート内に入れるのは、エンドチェンジの間だけ。

 つまり、シングルス3のエンドチェンジのタイミングが合わなければ、彼女はコート外でずっと足止めを食らっていることになる。そうなれば監督に指示など仰げるわけがない。


 ―――これは時間との勝負だ


「早くしないと」


 最上の放ったショットが、無人のクロスに突き刺さる。


「ゲーム、最上・楠木ペア。2-0!」


 審判のコールと共に、俄かにざわめき始めるダブルス1のコート外。


「このままじゃ、無抵抗のまま負けるッ・・・!」





 返したレシーブが、より角度をもって押し返される。


(威力は死んでるのに・・・ッ!)


 球足は遅い。

 明らかに力の籠っていないボールだけれど、横に角度が付いて、このままじゃ追いつけない。


「させるかあああ!!」


 わたしは叫んで気合一発、一か八かラケットを伸ばしてみた。


『追いついたぁ!』


 誰かがそんな事を言ったのはわたしの腕に確かなボールの手ごたえがした、ほんの少し後。

 ぽーんと大きく上がったチャンスボールだけど、何とか相手コート・・・雛のコートへとボールを打ち返す。


 しかし。


 今まで後ろで粘っていた雛が、前に出てきた。

 そしてラケットを縦にするようにガットをほぼ地面と垂直にすると。


 ぽん、と。

 軽ーくボールをラケットに当て、無人の前陣コートに完全に力の死んだボールを落とした。


「ゲーム、新倉雛。1-0」


 審判のコールがした瞬間。


「っしゃあ!」


 という、大きな声が飛んでくる。

 見ると新倉雛が、大きくガッツポーズをして、そのあと拳を突き上げてきた。


「威勢の良い選手だなあ」

「気合が伝わってくるっていうか」

「ちょっとうるさいけどね」


 この観客の反応といい。


(絶対、キャラ被ってる・・・!)


 その思いが沸々と込み上げてきて、なんだか頭の中がかーっと熱くなる。

 今日の気温のせいだけじゃない。ムキになっちゃってるのが、自分でもわかった。


「ひゃー、疲れた」


 まだ1ゲーム終わっただけなのに、かなり走ったような気がする。

 ダブルスだったらこのみ先輩が拾ってくれるようなコースも、全部自分で拾わなきゃならない。

 攻めるときは前に上がって、守るときは後ろに下がって・・・。レシーブも、全部1人でやらなきゃならない。


 そして1番思ったのが・・・

 プレー中、指示してくれる人は、ここには誰も居ないってこと。


(独りって・・・こういう事なのかな)


 これがずっと続くとなると、確かに寂しくなる気持ちは分かる。

 そんな事を思いながら水を喉に流し込んだ。


「向こうの方がペースを掴むのが上手かったな」


 コートサイドのベンチで監督はいつものように堂々と座って、こちらを見上げるような格好で。


「今のゲームは完全に乗せられていた」

「・・・はい」

「だが気にするな」

「え?」


 怒られるかと思っていたのに、予想外の言葉に不意を突かれる。


「向こうの方が経験値が上だと言うだけだ。新倉雛はここに来るまで緑ヶ原のエース格としてかなりの場数を踏んでいる。初めてのお前が面食らうのは仕方がない」


 そして監督は続ける。


「だから、お前のペースを掴んで来い。藍原有紀が最も得意とするサーブで、だ」


 自信満々に、一切の迷いなく。


(なんだろう)


 これだけ大丈夫感を出せれると、まだまだ全然試合始まったばっかりだし、1ゲーム取られたくらいで悩んでいるのがバカらしくなってくる。


「わかりました」


 だったら。


「この不肖藍原! やれる事をやってきます!!」


 わたしも迷うことなく、まっすぐ突き進むだけ。

 大きく声を出して、コートに出ようとした瞬間。


「藍原ちゃんちょっと待って待って! タイムタイムッ」

「へえぇ~!?」


 急に後ろから腰を折られるような声が聞こえてきて、すっ転びそうになるのを何とか堪える。


「もーっ! なんなんですか気合入れて行こうとしてたのに!!」

「ごめんごめん。ちょっと監督と話があるからもう少しベンチに居てくれないかな」


 顔を見ると、2年生の先輩だった。

 大会メンバー入りもしていない人だったけど、1軍で・・・確か、野木先輩と仲のよかった人じゃなかったっけ。


 先輩は監督にこそこそと口元を隠して何かを囁くように伝える。

 その様子を見て。


(焦ってる・・・?)


 口調の早さとか、顔の色とか表情とか。

 なんか、普通じゃない感じがするんだけど・・・気のせいだろうか。


「状況はわかった」


 監督は話を聞いた後、そう言って少しだけ何かを考えた風に目を閉じた。

 しかし、ほんの数秒ですぐに目を開けると。


「山雲に伝えておけ」


 わたしに言葉を投げかけてくれた時のように、また一切の迷いも疑問も無く。


「―――"お前が言わないことには何も変わらない"」


 まるで元々用意されていた台詞をしゃべるように。


「"どうして副部長を任せれたのか、今もう1度考えてみろ"、と」


 淡々とした監督の口調に、わたしは不思議な違和感を覚えていた。

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