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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
130/385

VS 緑ヶ原 ダブルス1 山雲・河内 対 最上・楠木 1 "亀裂"

「瑞稀」


 一度へそを曲げた彼女のご機嫌を戻すには、相当のことをしてあげなきゃならない。

 そこが気分屋である瑞稀の、1番厄介なところでもある。


 彼女は睨むように私の方を見遣ると、無言で「何?」という視線を送ってきた。


「あの、おまじない・・・」


 試合前にいつもしている、あれをしておかないと。


「・・・」


 ぷいっ。

 瑞稀はそっぽを向くように顔を背けると、私の方を一切見ず、コートの中へと入っていく。


(どうしよう・・・)


 まずい。

 このままじゃ、間違いなくプレーにまで支障が出る。

 そんな不完全な状態で勝てるほど―――


 対戦ペアの顔を見る。


「やあ。良い試合にしよう」


 "東京四天王"と謳われる実力者、最上さんと。


「咲来ちゃん? 顔色悪くない? 大丈夫?」


 無邪気に、何も知らないといった表情でこちらを見上げる八重ちゃん。

 ちっちゃくて純粋無垢な彼女が、意図して私と瑞稀を仲たがいさせようとしたとは思えない。


(誰か・・・)


 "誰かが居る"。

 この、私たちを険悪なムードにさせて不利な状況に追い込んだ、"誰か"。

 その人物が、この出来事の裏で糸を引いているとしか―――


「アンタ、咲来先輩に気安く話しかけないでくれる?」

「え・・・」


 迂闊だった。

 今の瑞稀は、誰の言うことも聞かない。

 誰にでも牙を剥ける、猛獣のようなものだ。


「ムカつくんだけど」


 言って、瑞稀は八重ちゃんをギロリと睨みつける。


「ひっ・・・」


 突然そんな事をされた八重ちゃんは、思わず悲鳴が出てしまうほどに顔を真っ青にして脅えていた。

 それはそうだ。これから試合開始の挨拶をしようとしていたところで、対戦相手が難癖をつけるようなやり方で厳しい言葉を浴びせてきたのだから。


「おい、なんだそれは。他校の選手に向かって、いきなりそれはあまりに失礼なんじゃないのか?」


 八重ちゃんの前にばっと手を差し出して、瑞稀から守るように遮ったのは最上さんだった。

 大きな体格で見おろすように、その垂れ目から厳しい視線で瑞稀を睨みつけている。

 当然だ。非礼をしたのは、こちら側。


「瑞稀、今のは瑞稀が悪いよ。謝っ」

「先輩は黙っててください。あたしはあの女と話をしてるんです」


 驚いた。

 瑞稀が、私の言葉を無理矢理遮るなんて―――


「こら貴女たち、やめなさい」


 そこで、さすがに大人の制止が入った。


「これは審判としての警告です。次、同じことがあったら両校の監督に通達しますからね」


 あの篠岡監督が雷を落とす時の声量と剣幕、そしてその恐ろしさを思い出したのか、瑞稀は苦々しい顔をするとまたぷいっと顔を背けてしまった。

 これで瑞稀の気が済むわけがないんだけど・・・とりあえず、試合を始めることは出来る。


「ごめんなさい。ウチの後輩が失礼を」

「いや、私も割り切ろう。これと試合とは別の話だ。良い試合にしよう」


 言って、最上さんと握手をする。


(大きな手・・・)


 この大きさ、指の長さ、そして手のひらだけでも感じる、マメが潰れて固くなった皮膚・・・。

 体格の大きさだけなら智景と同じかそれ以上、指の長さと太さは智景より上だ。そして努力の痕も、最近になって本気を出すという事を覚えた智景とは比較にならない―――


(この子、飄々とした斜に構えた印象だったけど)


 ガチガチの努力家だったんだ。

 でも、それはそうか。そうでなきゃ、この大きな東京都いう荒野の中で"四天王"なんて呼ばれるまでに上り詰められるわけがない。都内屈指の強豪校とも呼べる緑ヶ原で、部長なんてやれるわけがない。


(なんとかサービス権は獲れた)


 早く試合にのめり込んで、この嫌な感じを忘れたい。

 1度試合モードになってしまえば、この雰囲気だって打破できるはずなんだ。


(瑞稀、わかってるよね)


 今はいろいろあると思うけど、それを試合に持ち込まないで・・・なんて事は、言わなくても。


 ―――軽くトスをして、サーブを相手コートに打ち込む

 それを最上さんは強い威力のレシーブで返してくる。さすが、四天王の一角―――その威力も、やはり準々決勝までの対戦相手とは比べものにならない。


 瑞稀がそれを返して―――


「!?」


 八重ちゃんが既にネット際に上がってきていた。

 瑞稀の長めに放ったであろうストロークを強いボレーで返して、それが見事に決まる。


「0-15」


 審判のコールに、呆然とした。


(最上さんに気を取られ過ぎてた・・・。八重ちゃんの姿が、見えなかったんだ)


 大きな相手に目線がいっていたから、小さな八重ちゃんが視界から外れたとでも言うのだろうか。

 ううん、それだけじゃない。いつもなら、いつも通りなら、見逃すわけがない。


 ―――私の方が、動揺してる


(瑞稀が機嫌を損ねたこと・・・、違う。瑞稀に拒絶されてることに)


 そう思ったら最後、胸がずきんと痛んだ。

 私、瑞稀に失望されるようなことしちゃったんだと、この時初めて、変な罪悪感のようなものがお腹の奥から込み上げてくる。


「瑞稀」


 動揺をかき消すために、彼女に話しかけるけれど。


「・・・っ!!」


 瑞稀は私を無視して、自分の定位置へと戻っていった。


(やめてよ)


 ずきん、また胸が痛む。


(いやだよ、瑞稀。私を否定しないで)


 胸の痛みはやがて全身へと広がっていき。


「ダブルフォルト。0-30」


 遂には身体が思うように動かなくなっていった。


(瑞稀に見捨てられたら、私・・・!)


 ―――何もできないよ


 今までダブルスで一応実績を残せてきたのは、瑞稀が居たから。

 瑞稀が支えてくれてたから、ぜんぶ上手くいってたのに。

 どうして私の方を向いてくれないの。そっぽを向いちゃうの。いつもみたいに「咲来先輩」って言って、私の近くにすり寄ってきてよ。嬉しそうに笑ってよ。


(ダメだ、集中しなきゃ・・・)


 なんとか自分に言い聞かせて、サーブを打ち込むけれど。


 ―――ものすごい威力のレシーブが、ラケットの先を抜けていく


 こんな心理状態で打ったサーブが、最上さんに通用するわけがなかった。


「0-40」


 どうしよう。

 ダメだ、このままじゃ―――


「ゲーム、最上・楠木ペア。0-1」


 ―――なんにも出来ないまま、負ける


 知らなかった。

 瑞稀に拒絶されることが、こんなに怖くて耐え難いことだったなんて。


(瑞稀。瑞稀瑞稀瑞稀・・・!!)


 知っていたつもりだった。

 貴女がどれだけ私にとって大切な存在なのかって、そんなこと、とっくの昔に。


 私の認識が、間違っていたんだ。

 私にとっての瑞稀は、そんなもんじゃない。

 自分の全てだと仮定しても、まだ足りない。


 瑞稀への想いは―――





「次の部長は久我、副部長を山雲に任せようと思う」


 3年生が引退した翌日。

 監督室に呼び出された私とまりかは、次期部長副部長に任命された。


「これは3年生全員の総意でもある。お前たち2人に、新チームを引っ張っていってもらいたいと」


 まりかが新部長になるのはなんとなく予想出来ていたのだ。

 でも、私の中には大きな疑問が渦巻いていた。


「私が副部長、ですか・・・?」


 何故、私が選ばれたのか。

 私はまりかと違ってレギュラーでもなければ、大会メンバーにも選ばれたことが無い。


「そうだ。お前が久我を支えてやって欲しい」

「私が・・・」


 そんなの―――


「わかり、ました」


 ―――無理だよ


 3年生が引退しても、1,2年生だけで部員は50人以上。

 そんな大所帯をまとめるまりかを、私が支えるなんて、そんな大仕事できるわけがない。


(先輩たちは、どうして私なんかを・・・)


 ぐるぐる、変な考えが頭の中を行ったり来たり。

 先輩たちのことだ。本当に私が副部長に相応しいと思って選んでくれたんだろう。

 それはあの人たちの人柄を誰よりも分かってる2年生の私たちだから、十分に理解できる。


 でも、それでも。

 私は俯いて、考えごとをしながら寮の廊下を歩いていた―――


 その時。


「痛っ」


 誰かと、肩がぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさいっ」


 思わず条件反射で、相手の顔も確認しないままがばっと頭を下げてしまう。


「・・・」


 返事が無いので、顔を上げて相手の顔を確認すると―――


(おおきい)


 頭を下げて、上げながら見たので、身体を下から覗き込む格好になってしまっていた。

 丁度見えてきたのが、Tシャツを内側から押し上げている大きな胸の膨らみだった。


 ―――この大きさ


 見覚えがあった。


「・・・気を付けてください」


 ぴょこっと兎の耳が生えているように見える、片方はくたっと萎れていてもう片方はピンと伸びている赤いリボン。

 そのリボンが少しだけ子供っぽく見えてしまうほど彼女の表情は冷め切っていた。

 半目で、やる気が無さそうで、まるで・・・"世の中の奴全員死ねばいいのに"とでも思っていそうな、暗い表情と目の奥。


「山雲先輩」


 ―――私と瑞稀の"はじまり"は、最悪だった

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