VS 長谷川万理
「てええええいっ!」
思い切りボールを叩いて相手のコートへ打ち込み。
「ゲーム藍原」
「よっし!」
流れてくる汗の中、拳を握りしめて叫ぶ。
「これで18人抜き!!」
「藍原すごい! この状況で足が止まってない!」
「あの子ホントにスカウト組じゃないの?」
歓声とざわめきの中、19人目がコートに入ってきた。
「あはは。正直ウチじゃ役者が不足してるッスね」
苦笑いの万理だ。
「それじゃあっさり負けてくれると助かるんだけど」
「八百長いくないッス。やるからには全力で勝ちにいくッスよ」
その時万理は、いつもニコニコ笑みを浮かべている糸目を少し開けると。
「脇役には脇役の戦い方があるんで」
言って、監督からボールを受け取ると、ゆっくりとサーブ位置に立った。
万理がトスを上げる。
何という事はない、きちんとしたフォームからくるきちんとしたサーブ。
速くは無い、そして力自体も強くない。でも。
(コースがッ・・・)
ギリギリのところにサーブを着地させると、スライスがかかってコートの外側へと逃げていく。
目で追うことは出来たけれど。ここまでもう19ゲーム目・・・、さすがに息が切れてきた。足が重く、上手く前へ進まない。
「負けるかあ!」
それでも追い付き、レシーブをする。
しかし打球は大きく浮き、ラインを越えて明後日の方向へ飛んでいった。
「はあ、はあ・・・」
自然と手が膝に置かれてしまう。息が乱れ、汗がにじみ出てくる。
(集中を切らしちゃダメだ。ちゃんとサーブを決めて・・・)
しかし、こんな時に限ってコントロールがつかない。ダブルフォルトを叩いてしまった。
「ああ~」
そして自然と、まわりからため息が聞こえてくる。
「藍原さん頑張って!」
「無理もないよここまで18人を相手にしてきたのに・・・」
いつの間にかコートの外に居るみんなが、わたしを応援してくれていたのに、今気がづいた。
「こりゃあ完全にウチが悪役ッスよねえ」
万理がサーブを打ってくる。
今度はそれをレシーブするが完全に体勢を崩されてしまった。
真逆の方向へボレーを決められ、それを見送ることしかできない。
(万理、アンタって・・・)
なんていうか、落ち着いている。今までに戦った子の中では抜群に冷静だ。
わたしが疲れてきたのも勿論あるだろうけど、それを見逃さずに確実に決めるテニスをしてくる、いやらしさがある。
(思ってたより・・・全然強い!)
正直、印象と違った。ここまでちゃんとしたプレーが出来るのなら、どうして最初から言ってくれなかったんだろう。一緒に練習とかできたかもしれないのに。
「万理!」
「お、なんスか?」
彼女はこちらを見ながら笑う。
「絶対に負けないからねっ!!」
だから万理に負けないように、わたしも思いっきり笑った。
それを見てしばらく呆けていた万理は。
「はは・・・。器の大きさが違うなあ」
よく聞き取れないような大きさで何かを呟くと。
「OK姉御! どんとこいッス!」
そう言って、レシーブの構えに入った。
(負けないよ万理・・・、だってわたしは!)
―――このチームの誰より強くなるんだから!
思い切りサーブを叩く。良い感触がした。
そして。
「っ!!」
万理がそのサーブを、思い切り空振りする。
「―――」
一瞬。場が静まり返った。
今まで地に足が着いているテニスをしていた万理が、打球に追いつけないとかではなく、捕捉したボールを空振りしたのだから。
「40-15」
監督のコールが静かに響く。
「・・・なるほど。今のが姉御の必殺サーブッスか」
万理はぎゅっと、ラケットのガットに指を入れ、掴むように力を入れる。
「こりゃあ、骨が折れるシロモノッスね」
彼女は不敵に笑う。
しかし。
「姉御! こっからはウチも本気ッスよ」
「今まで本気じゃなかったの?」
万理は少し申し訳なさそうに頷く。
「・・・でも。本気にさせたのは、姉御の本気の気持ちッス」
そしてわたしはこの時、初めて万理が真面目な顔をしているのを見た。
「ウチもそれに応えたい。本気になりたいって思ったから」
その言葉からは"それが嘘偽りではない気持ち"だという事が溢れていて。
(・・・ああいう顔もするんだ)
なんて事を、反射的に思ってしまう。
そんな本気モードの万理が放ったサーブは、またも厳しいコースへ。
わたしはそれをどうにかレシーブする。万理はそれを返してくる。
(・・・なんだろう)
コースも厳しくないのに、打ちづらい。
わたしは一歩下がって、正面にまわりこんでからボールを返した。
しかし、次も同じようなコースに飛んでくる。
バウンドが合わせづらく、すくい上げるようにラケットを合わせてしまう。
「あっ」
その甘い球を、近い位置のボレーでコート上に落とされてしまい・・・。
「ゲーム長谷川」
なんだか自分でもよく分からないうちに、負けていた。
「はあ・・・はあ・・・」
終わった、と思うと足が止まる。
わたしはどうしていいか分からず、思わず下を向いてしまった。
―――負けた。
その言葉が脳裏によぎる。やってしまった、と。
でも。
「お疲れ藍原さん!」
「すごかったよ~」
「私たちじゃ全然相手にならなかったし」
聞こえてきたのは励ましの声と、暖かい拍手だった。
「え、わ、わたし?」
状況が呑み込めず、何が起こっていたのかが分からないでいると。
「姉御、褒められてんスよ! 何かコメントコメント!」
万理が向かいのコートから、そう大声で言ってくれたから。
「ありがとうございます! 不肖藍原、精一杯やらせていただきましたっ!!」
そう言って、ぺこぺこ全方向に頭を下げた。
「藍原さん、お疲れ~」
拍手の余韻に浸ろうと思っていた、その時。
―――あれ
驚きの言葉が、口から出てこずそのまま戻っていく。
かと思うと身体中から力が抜けていって、視界が大きく揺れた。
わたしは自分の身体がコートに叩きつけられたのを感じたと同時に。
「姉御っ!?」
「藍原!!」
たくさんの人の真剣な叫び声が遠くなり―――
わたしの意識は、そこで途切れることになった。




