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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
13/385

VS 長谷川万理

「てええええいっ!」


 思い切りボールを叩いて相手のコートへ打ち込み。


「ゲーム藍原」

「よっし!」


 流れてくる汗の中、拳を握りしめて叫ぶ。


「これで18人抜き!!」

「藍原すごい! この状況で足が止まってない!」

「あの子ホントにスカウト組じゃないの?」


 歓声とざわめきの中、19人目がコートに入ってきた。


「あはは。正直ウチじゃ役者が不足してるッスね」


 苦笑いの万理だ。


「それじゃあっさり負けてくれると助かるんだけど」

「八百長いくないッス。やるからには全力で勝ちにいくッスよ」


 その時万理は、いつもニコニコ笑みを浮かべている糸目を少し開けると。


「脇役には脇役の戦い方があるんで」


 言って、監督からボールを受け取ると、ゆっくりとサーブ位置に立った。


 万理がトスを上げる。

 何という事はない、きちんとしたフォームからくるきちんとしたサーブ。

 速くは無い、そして力自体も強くない。でも。


(コースがッ・・・)


 ギリギリのところにサーブを着地させると、スライスがかかってコートの外側へと逃げていく。

 目で追うことは出来たけれど。ここまでもう19ゲーム目・・・、さすがに息が切れてきた。足が重く、上手く前へ進まない。


「負けるかあ!」


 それでも追い付き、レシーブをする。

 しかし打球は大きく浮き、ラインを越えて明後日の方向へ飛んでいった。


「はあ、はあ・・・」


 自然と手が膝に置かれてしまう。息が乱れ、汗がにじみ出てくる。


(集中を切らしちゃダメだ。ちゃんとサーブを決めて・・・)


 しかし、こんな時に限ってコントロールがつかない。ダブルフォルトを叩いてしまった。


「ああ~」


 そして自然と、まわりからため息が聞こえてくる。


「藍原さん頑張って!」

「無理もないよここまで18人を相手にしてきたのに・・・」


 いつの間にかコートの外に居るみんなが、わたしを応援してくれていたのに、今気がづいた。


「こりゃあ完全にウチが悪役(ヒール)ッスよねえ」


 万理がサーブを打ってくる。

 今度はそれをレシーブするが完全に体勢を崩されてしまった。

 真逆の方向へボレーを決められ、それを見送ることしかできない。


(万理、アンタって・・・)


 なんていうか、落ち着いている。今までに戦った子の中では抜群に冷静だ。

 わたしが疲れてきたのも勿論あるだろうけど、それを見逃さずに確実に決めるテニスをしてくる、いやらしさがある。


(思ってたより・・・全然強い!)


 正直、印象と違った。ここまでちゃんとしたプレーが出来るのなら、どうして最初から言ってくれなかったんだろう。一緒に練習とかできたかもしれないのに。


「万理!」

「お、なんスか?」


 彼女はこちらを見ながら笑う。


「絶対に負けないからねっ!!」


 だから万理に負けないように、わたしも思いっきり笑った。

 それを見てしばらく呆けていた万理は。


「はは・・・。器の大きさが違うなあ」


 よく聞き取れないような大きさで何かを呟くと。


「OK姉御! どんとこいッス!」


 そう言って、レシーブの構えに入った。


(負けないよ万理・・・、だってわたしは!)


 ―――このチームの誰より強くなるんだから!


 思い切りサーブを叩く。良い感触がした。

 そして。


「っ!!」


 万理がそのサーブを、思い切り空振りする。


「―――」


 一瞬。場が静まり返った。

 今まで地に足が着いているテニスをしていた万理が、打球に追いつけないとかではなく、捕捉したボールを空振りしたのだから。


「40-15」


 監督のコールが静かに響く。


「・・・なるほど。今のが姉御の必殺サーブッスか」


 万理はぎゅっと、ラケットのガットに指を入れ、掴むように力を入れる。


「こりゃあ、骨が折れるシロモノッスね」


 彼女は不敵に笑う。

 しかし。


「姉御! こっからはウチも本気ッスよ」

「今まで本気じゃなかったの?」


 万理は少し申し訳なさそうに頷く。


「・・・でも。本気にさせたのは、姉御の本気(マジ)の気持ちッス」


 そしてわたしはこの時、初めて万理が真面目な顔をしているのを見た。


「ウチもそれに応えたい。本気になりたいって思ったから」


 その言葉からは"それが嘘偽りではない気持ち"だという事が溢れていて。


(・・・ああいう顔もするんだ)


 なんて事を、反射的に思ってしまう。


 そんな本気モードの万理が放ったサーブは、またも厳しいコースへ。

 わたしはそれをどうにかレシーブする。万理はそれを返してくる。


(・・・なんだろう)


 コースも厳しくないのに、打ちづらい。

 わたしは一歩下がって、正面にまわりこんでからボールを返した。


 しかし、次も同じようなコースに飛んでくる。

 バウンドが合わせづらく、すくい上げるようにラケットを合わせてしまう。


「あっ」


 その甘い球を、近い位置のボレーでコート上に落とされてしまい・・・。


「ゲーム長谷川」


 なんだか自分でもよく分からないうちに、負けていた。


「はあ・・・はあ・・・」


 終わった、と思うと足が止まる。

 わたしはどうしていいか分からず、思わず下を向いてしまった。


 ―――負けた。


 その言葉が脳裏によぎる。やってしまった、と。

 でも。


「お疲れ藍原さん!」

「すごかったよ~」

「私たちじゃ全然相手にならなかったし」


 聞こえてきたのは励ましの声と、暖かい拍手だった。


「え、わ、わたし?」


 状況が呑み込めず、何が起こっていたのかが分からないでいると。


「姉御、褒められてんスよ! 何かコメントコメント!」


 万理が向かいのコートから、そう大声で言ってくれたから。


「ありがとうございます! 不肖藍原、精一杯やらせていただきましたっ!!」


 そう言って、ぺこぺこ全方向に頭を下げた。


「藍原さん、お疲れ~」


 拍手の余韻に浸ろうと思っていた、その時。


 ―――あれ


 驚きの言葉が、口から出てこずそのまま戻っていく。

 かと思うと身体中から力が抜けていって、視界が大きく揺れた。


 わたしは自分の身体がコートに叩きつけられたのを感じたと同時に。


「姉御っ!?」

「藍原!!」


 たくさんの人の真剣な叫び声が遠くなり―――

 わたしの意識は、そこで途切れることになった。

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